第27話 またお仕事もらえるかもね。

 成人式の前後は実家に泊まった。母と姉も塾のポスターのモデルと言ってもピンと来ないようで、「どうせ誰でもよかったんでしょ」、「ボロが出る前に帰ってきたら?」、「来年は仕送り減らすわよ」と、家計が苦しい中、私が東京に出ているのを我儘だという態度に変わりはなく、やはり「実家に帰って働け」と言われ、逃げるように実家から東京へ戻って来た。

 年が明けて世の中が通常営業に戻っても、私は相変わらずワンショットだけとか“その他大勢”の細々した仕事しか無く、大きな仕事のオーディションには落ちまくった。ホノカも、大型契約がないものの継続的に色々な仕事が入り、私が代わりに「ホワイトフレーム」のシフトに入ることが多い。原因が原因だけに一人でタオルをたたんでいると余計に虚しくなる。


 2月にやっと1つお仕事をいただけた。オーディションで勝ち残れたのだ。大手高速バス会社「wishes express」さんの公式動画で、高速バスを利用する女性客を演じる。バス会社は「女性一人では危険」とか、「乗っても疲れる」とか、「うるさくて眠れない」等の偏見を払拭し、女性客の利用を増やす狙いで動画を作り、4月の人の動きが増える時期に販売促進を仕掛けたいらしい。「明るくて健康的な雰囲気」、「田舎から東京に出てきているリアリティがあって良い」等の理由で私を選んでくださったようだ。久しぶりのお仕事だ、期待に応えたい。

 コンテによると、進学編は新潟から新宿路線で、旅行編は新宿から京都路線で撮り、短時間ではあるが実際に新潟駅、京都駅で乗車シーン、バスの乗車中のシーン、到着後のシーンを撮る内容になっている。2月が終わらない内から撮影が始まり、東京、新潟、京都と日にちを変え、場所を変え撮影することになった。

 進学編では、私が東京への進学が決まり新潟から東京へ出発する設定だ。夜の乗車シーンでは両親役の二人に「気を付けてね」、「学校頑張ってね」とそれぞれ声をかけられ、私は「もー、分かってるよ。て言うか何が入ってるのよコレ」と照れくさそうに塩対応をし、大きくて重いスーツケースを運転手さんに預けてバスに乗り込む。車内ではフード付きのシートで眠り、朝、新宿駅でバスを降りて、一人暮らしの部屋でスーツケースを開けると、「旨いもの食って頑張れ!」という紙片と一緒にたくさんの食べ物が詰め込まれていた。私はその場で「パパ、ママ、ありがとう。」と笑顔でメールを送り終了である。

 旅行編は、女友達3人組が東京から京都へ旅行する設定。夜間新宿駅からそれぞれの荷物を運転手さんへ預けて乗り込み、車内ではカーテンで区切ることができる3列シートに並んで座り、私と両隣の他のモデルさんとお菓子の受け渡し等をしながら楽しそうに車内でくつろぐシーンを撮った。早朝、京都駅に到着して駅のロッカーに荷物を預け、某お寺で3人並んで座禅体験をしているシーンで終了。

 それぞれの動画の最後、運転手さんが「しゅっぱーつ」と前方へ指さしをしてバスが走り出し、引きで道路を走るバスの映像が流れている時に、「このバスは『想い』も運ぶ」というナレーションが入るのだが、それも私がすることになって、落ち着いたトーンで声を入れた。


 撮影する各都市の間は当然「wishes express」バスで移動したのだが、車中シーンの撮影時以外はフリーだ。私とユリエさんはもちろん、他のモデルさんやスタッフさんも寝たり、イヤホンを付けてスマホで何かを見ていたり、思い思いに過ごしている。

 「エリカ、初めての映像はどうだった?」

 「緊張しましたけど、すごく楽しかったです。撮影ってカメラマンだけじゃなくて、あんなにたくさんのスタッフさんがいるんですね。」

 「そうだね。しかも室内じゃなくて交通機関だったからスタッフさんは大変だったんじゃないかな。」

 「しかも、場所も時間も分けて撮りましたもんね。」

 「エリカもよく頑張ったじゃない。ほぼNG無しで演技できてた。」

 「へへへ、久しぶりのお仕事が嬉しくて、読み込みや一人リハーサルをめっちゃしてきました。」

 「そうだったの。仕事の大小や内容に関わらず真面目に仕事と向かい合うのは良い事よ。」

 「まぁ、残念ながら暇だったのもあるんですけどね。」自嘲気味に笑う。

 「初めてとは思えないくらいイキイキとしていたわよ。スタッフさんも褒めてくれていたから、またお仕事もらえるかもね。」

 「やっぱり現場は楽しかったし、また頑張ります。」

 「頑張ってる。…エリカは頑張っているよ。きっと光が当たる日がくるから。」ユリエさんがしみじみと言ってくれた。


 完成した動画は3月上旬から公開が始まり、ちょうど本格的に予約が入り始める時期だったのもあっただろうが、動画はたくさんの人に見てもらえて「リアルの乗客?それともモデル?」、「センターの子がかわいい」等、バスとは無関係のコメントもあったが、「綺麗な車内」、「高速バスって昔とは違うんだな」、「おっさんじゃなくても乗っていいんだね」という狙い通りの感想もあり、「wishes express」さんは喜んでくれているらしい。


 また4月が来て3年生になった。「大学4年間やれるだけやってみる」と宣言した期間の半分が過ぎてしまったが、見通しはあまり良くない。相変わらず仕事のスケジュールがスカスカだからだ。大学生活の方はクマちゃんや皆のおかげで3年生の内に全ての単位が取れそうだし、頻繁に会えないのが玉にキズだがコウジとの関係も順調だ。エステバイトとクラブ活動は生活の一部として根付いて、大学生活やレッスンを続ける資金源となっている。足りないのはお仕事だけだ。

 GW明け。社交辞令だったかもしれない「また一緒にお仕事しましょう」という言葉が現実になった。「wishes express」さんのプロモーション動画の続編である。就活編と遠距離恋愛編の2つを新たに撮ることになり、そのモデルにまた私を起用してくださった。就活編では名古屋から新宿路線。遠距離恋愛編は梅田から新宿路線。前回と同様に東京、名古屋、梅田と日にちを変え、場所を変え撮影することになった。

 就活編は、最終面接を東京本社で受ける女子大学生が名古屋から東京へ移動する設定。名古屋駅からリクルートスーツと手荷物だけ持って緊張した表情でバスに乗り込み、個室感があるシェル型のシートで想定質疑を小声で口ずさみながら移動。新宿駅に到着後、提携の休憩施設でスーツに着替え、化粧直しをして「よし!バッチリ」。ロッカーに荷物を入れて面接会場に向かうシーンで終了。

 遠距離恋愛編は、私が梅田から東京へ住む彼氏に会いに行く設定。カジュアルな格好の私が夜の梅田駅でスーツケースを運転手さんに預けて乗車。就活編と同じシェル型シートで彼氏とメッセージアプリでやり取りをしながら移動。新宿駅に到着して運転手さんからスーツケースを受け取ると早起きした彼氏が停留所で待ってくれていて、「お待たせ」と私が彼に敬礼のポーズをとると、彼はあくびしながら時計を見て「むしろ早いくらいだよ」と笑ってくれて、二人で改札の方へ歩いて行くシーンで終了だ。


 6月上旬から動画が公開されて、今回も好評だった。「あの子なら我が社は即採用」、「あんな健気な彼女がほしい」とモデルに関するコメントもたくさんあったが、それ以上に夏期のバス予約が前年比で15%伸びた他、バス会社のページ閲覧数や4編の動画再生回数も順調に伸びて「wishes express」さんもご満足いただけたようだ。

 しかし、私がキービジュアルやメインキャストの仕事は、また一旦途絶える。夏が来て周りが水着や露出が多い演出を好むようになり、メリハリが少ない私をあえて選ぼうという奇特な媒体など無いからだ。無いと言うのは大袈裟としてもごく限られている。そして、私は私で水着や裸といった男に何をされるか分からないような仕事はしたくないと明言していて、ユリエさんも「無理強いはしない」と理解してくれている。だから夏はただでさえ少ない仕事が極端に減ってしまう。清涼飲料水、化粧品、住宅等のメーカーの大型案件オーディションを受けたりもしたが、全国レベルでの実績も知名度も無い私の結果は“お察し”だ。


 レッスン帰りコウジの部屋に寄っている。コウジに八つ当たりをしたり、甘えたりするためだ。

私はコウジの部屋に入るなり、「疲れたー」と言いながらフローリング床にひかれたラグの上に倒れ込み、コウジも私の横に「よっこいしょ」と寝転がった。

 「ねえ、男ってなんで女の水着や薄着がそんなに好きなの?」

 「そりゃあ、エッチな事を想像しやすいから…。」コウジの返答の歯切れが悪い。

 「彼女でも何でもない雑誌のグラビアで、実際に会った事もない女の人だよ。」

 「それでもいいのさ。もしもこんな彼女と付き合えたら、あんな事やこんな事をって想像するだけでも興奮するんだ。それに、もっと酷いのになると女を言いなりにして滅茶苦茶にしてやるってのもある。」

 「エッチな動画とか?」

 「動画も雑誌も風俗も、…色々ある。」

 「私は見ず知らずの男達のおもちゃになりたくないし、媚びたくもない。」

 「……」コウジは無言だ。またいつもの愚痴が始まったと思われているのかもしれない。

 「…でも、それじゃ仕事が無いんだ。…ひどいよ。」悔しくて涙声になる。実際鼻水も出てきた。

 「……」コウジは私にもっと近づいて無言で私の頭や背中を撫でてくれる。

 「私、汗かいてるよ。…ベタベタするし、臭いよ。」

 「そんなことない。今日も真面目に頑張ってレッスンしてきた証拠じゃん。」

 「…ぜんぜん成果が出ないけどね。」

 「またダメだったら何度でも俺の所へ来い。」

 「かっこつけるなバカ。」言葉とは裏腹にコウジにしがみついてまた泣いてしまった。涙も鼻水も汗もコウジのTシャツに擦りつけながら「終電に間に合わなくなるぞ。」とコウジが言ってくれるまで、しばらくの間泣いた。私の情緒不安定は夏の風物詩みたいなものになってしまったが、コウジは嫌がらずに相手をしてくれて、後日私がメールや電話で「この前はゴメン」と謝るのが夏の間何度か繰り返される。

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