第23話 遅くまでどこに行ってたのかな~?
「またオーディションに落ちちゃった。」
9月も終わりかけ薄着では肌寒い日、アポ無しでレッスン終わりにコウジの部屋に寄った。部屋の入口でリュックも下ろさずに立ったまま悲しい報告をすると、コウジも立ち上がり「残念だったな」とだけ言って軽いハグをしてくれた。コウジの腕の中で「私って綺麗?」と聞いてみる。コウジが私に向かって「中の上」とか、「大したこと無い」とか言うはずがないのが分かっているのに、自分でも面倒くさい女だと思う。案の定、「綺麗だよ」と答えてくれた。
「今日はしないの?」
「俺が泣いてる女を押し倒すような男だと思うか?」
「そっか、私、泣いているんだ…。」自分ではそんなつもりは無かったが、涙が頬をつたっているらしい。「私、頑張っているつもりなんだよ、…レッスンもサボらずに続けてる、…でも何でだろう、結果に繋がらない」。私が涙声でボソボソ愚痴をこぼしている間、コウジは何も言わず頭を撫でたり背中を撫でたりしてくれた。
私が30分以上気持ちを吐露した後、コウジが「もう遅いから泊っていきなよ。」と言ってくれて、この晩初めてコウジの部屋に泊まった。「なんだ、結局ヤルんじゃん」と最初は思ったがシャワー後も、ベッドで寝る時も、朝起きてからも私の服を剥ぐことは無かった。いつもなら夜に一通りお互いのバイトやレッスンの労いをして、話が途切れたらコウジから私に手を出してくる。グランドプリンセスホテルの後、コウジの部屋でもセックスをするようになったが、ホテルで念押ししたことを守ってくれて、部屋やベッドを清潔に保ち、私用のタオルを複数買い揃えてくれていた。ただし、『女の城』の門限があるので、今までコウジの部屋では泊ったことが無く、いつも終電の時間を気にしながら逆算して撃ち止めにしてきた。そんなコウジが全く手を出してこない。シャワー後、着替えを持っていないので下着を着けずにコウジに借りたスエットの上下を着て、シングルベッドで彼に密着して寝た。コウジの股間は膨らんでいたから、男にとっては十分すぎるくらいの誘惑だっただろうが、弱っている私を抱くことを我慢してくれた。
朝、トースターで焼いた食パンとコウジが淹れてくれたコーヒーで一緒に朝食を済ませ、私は自分の部屋に帰る準備ができた。
「朝まで置いてくれて、ありがとう。」
「気を付けて帰れよ。」頭をポンポンしてくれた。
「うん。…って言うか、1回くらいする?」少し可哀想になってきた。
「しねえよ。」
「カッコつけるなバカ。…膨らんでいるのがバレバレだぞ。」
「え、いや、ほら、辛そうなエリカのそばにいてあげたかっただけだから。」コウジが照れ笑いする。
「ふーん、まあいいけど。」リュックを背負って玄関へ向かう。
コウジは女に困るような男ではないから、最初は2~3度抱いたら私を捨てて、もっと頻繁に会えて、いつでもセックスできる他の女の所に行くのではないかと思っていた。だから捨てられるのが怖くて体の関係を勿体ぶったのもあったのに、たまにしか会えない私をまだ彼女にしてくれている。学生時代、島の女友達との幼い情報交換では、男は女を見ればセックスする事ばかり考えていて、告白をする前からその女でオナニーをしている。男の告白はヤリたいという意思表示であり、「デート=セックス」で、一度セックスをした後は断ったら捨てられると聞いていた。現に男達は私の写真を回し読みみたいにして「オカズ」にしていたらしいし、地元では男から告白された事は無かったが、男達の想像の中では何度も抱かれていたのだろう、ねっとりとした視線で私を見てきた。近江さんも体の関係だからこそたくさんのお手当をくれる事を思えば、セックスをしなくても私を甘やかしてくれるコウジは私が知っている男達とは違う。本当に私の事を好きでいてくれて、一緒にいるだけでも楽しいと言ってくれる。
「ねえ、私のこと好き?」部屋の玄関扉を開ける前、くたびれたスニーカーを履きながら聞いてみる。
「どうしたんだよ、改まって。」
「いいから答えて。」靴を履いて向き合う。
「好きだよ。」優しい表情で私の目を見て言ってくれた。
「私も好きだよ。」唐突に聞こえたかもしれないが彼に気持ちを伝えた。
「ん?…初めて「好き」って言ってくれた。」
「今まで自分の気持ちに自信がなかったんだ。…ゴメンだけど、最初は愚痴を聞いてくれたり、甘えられる人が欲しいだけだった。でも、コウジはずっと私の事を好きだって言ってくれて、昨日も大事にしてくれて嬉しかった。…コウジは私の気持ちが分からなくて不安だった?」
「エリカの本音は分からなかったけど、楽しそうだから大丈夫だろうって思ってた。」
「そっか。…私、コウジの事が好きだよ。…好きになったよ。」私が目を閉じて少し上を向くとコウジが軽くキスをしてくれた。
『女の城』の自室に上がる前に管理人室へ寄って無断外泊を詫びた。パパ活の時はいつも事前に外泊届を出しているから、うっかり忘れたと思われたのだろう。ガミガミ怒られること無く「次からは気を付けるように」と言われただけで、事務所へ告げ口をされることも無かった。ユリエさんに朝帰りがバレたら「あれれぇ、電車が終わっちゃうくらい遅くまでどこに行ってたのかな~?」と馬鹿にされる。
私の仕事が無い凪の期間を止めてくれたのは「東通塾」冬期講習の撮影もあった。これは夏期講習の時にお約束していた仕事だったが、今回もしっかりとキービジュアルを務めさせていただいた。これまでは教壇のシーンだったが、初の試みで教室を使わないイメージ画像にするらしい。撮影日にはブレザー姿の私がグリーンバックに立ち、正面に身体を開いて顔は左を向いた横顔、左手を伸ばして左方向を指さし、右手には塾のテキストを2冊抱えている。真剣な表情で指さした方を見て欲しいという指示だった。このポーズを正面から撮った。
もう1カットは、おなじみの英語虫食い問題を解いているところだ。今回の問題はYour success in passing the exam is attributed [ ] your efforts. 塾長先生が撮影を見守もってくださる中、問題を解く。今回の回答はtoだ。私が黒板に赤チョークで書き込むところをカメラ2台が連写で押さえてくれた。残念だが東通塾さんのお仕事はこれが最後になった。東通塾のメインビジュアルは毎年変えることにしているらしく、また来年は違う男女のモデルが選ばれるようだ。毎年変えてきたからこそ私にもチャンスが回って来たのだが、貴重なお仕事だった上、楽しい撮影だったので残念だ。「本当にお世話になりました」と感謝しかない。
後日完成版を見せていただくと、黒バックの中、センターで指さししている私の前後を色々な制服姿の男女が左方向へ走っている画像が合成されて「『トウツゥ』で駆け抜けろ」とキャッチが入っていた。私以外の制服の子は、ただの走っている画像ではなく微妙にブレて疾走感があるように工夫されていた。裏面にも私が英語の問題を解いている画像が使われていた。11月初旬からポスターが電車内等で張り出され、夏と同様「この子は誰だ?」、「この子はおたくの塾生か?」、「何高校の学生ですか?」という問い合わせがあったらしい。さらに、この広告は数枚だけだが電車内で盗まれて転売されるという事件にもなった。しかし、この広告で冬期講習に定員を超える申し込みを集めた効果もあったようで、しっかりと東通塾さんのお役に立てたようだ。
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