第22話 夢見る人間を使い捨てにしてこの世界は続いてきた。

 コウジとの関係も、近江さんとの関係も良好に続いている。エステのバイトは相変わらず大変で、お仕事の方は小さな案件をパラパラ頂ける程度でスケジュールはスカスカだ。大まかにこのような状態で時間は進んでいくが、大きな出来事だけ書いてみる。


 大学の定期試験。今回も私とコウジでメガネ君や真面目ちゃんからノートを借りて、クマちゃんがコピーし、八瀬君が模範解答を作ってくれた。私には近江さんの特別講義もあり、論文試験やレポート提出でも手ごたえを感じた。実際、試験結果はすべての講義で単位が取れていたし、経済の専門科目でもA評価をたくさん得ることができた。このペースで単位が取れれば、3年生の終わりには卒業に必要な単位を全部取り終えることができる。


 東通塾の夏期講習用の撮影以降、私のスケジュールは空白だ。もちろんオーディションや営業活動もしているが、成果が無い。この間ホノカは着実に出演を増やしている。事務所のトップ女優の一人であるカスミさんの妹分として、色々な作品に抱き合わせで使ってもらっているのが大きな要因だが、それに驕らず真面目にレッスンや演技の勉強を続けていて、「これから伸びる子」としてプロデューサーや脚本家等からの注目を集めつつある。ホノカが撮影のためにエステのバイトをごっそり2週間空けた時に、「ホワイトフレームは私に任せて、撮影頑張ってね」と送り出したものの、一人でタオルを畳みながら複雑な心境だった。


 もう一つ仕事関係で辛い経験をした。ユリエさんに事務所のイベントの手伝いを頼まれて安請け合いした。イベントは「フレームズ」子会社が主催するジュニアアイドルグループのファンイベントで、一泊二日のキャンプをするのだが、そのお手伝いだった。ユリエさんの担当している娘はいないが、子会社の職員だけではスタッフの数が足りず、本社のフレームズや一部の暇なタレントにも手伝ってもらっているとのことだ。「動きやすい服装で、メイクも最低限で良いから」と言われていたので軽い恰好で待ち合わせ場所へ行き、ユリエさんの車に乗り込む。高尾山方面のキャンプ場への道中、「エリカはこれが最初で最後だから」とか、「来年はホノカに手伝ってもらう」とか、「芸能界にはこういう世界もあるって勉強になるわよ」とやたら予防線を張られた。「そんなにハードなお手伝いなんですか?」と仕事内容を聞くと、「行けば分かる」としか答えてもらえず、代わりに教えてくれたのはそのアイドルグループの成り立ちや経歴だった。

 そのジュニアアイドルは小・中学生の女の子たちで、元々は一人一人マネージャーが付いてアイドルや子役でマネージメントしていたが、いまいちパッとしないので、ユニットを組ませて「ナナイロレインボー」という適当な名前をつけて売り出すことにしたらしい。4年前に7人でグループを組んだが、途中、メンバーが抜けたり入ったりで入れ替わり、今は4人である。それでもお歌を一生懸命に歌い、お遊戯のようなダンス?振付け?も頑張った。必死の彼女たちの姿に魅かれたファンが徐々に増え、うちわや缶バッチといった少額のグッズから売れ出し、オリジナルのTシャツやタオルも作ってもらえるようになった。固定のファンが付いてからはお歌のDVDまで売り出した。もちろん、作詞作曲したオリジナル曲ではなく、既存アーティストのカバーというかカラオケである。それでも徐々に売り上げを伸ばして行った。キャンプイベントは結成2年目からするようになり、今回が3度目である。まだ多くはないファンと触れ合うファンサービスのイベントだ。


 キャンプ場に到着。20人ほどの男達が既に到着していて、アイドルたちが入口で一人一人握手をして出迎えている。最初は、アイドルの親や親戚達だと思ったが、30代~40代と思しきその男達はまったく関係が無いファンの“おっさん”だった。年齢の割には童顔で、人畜無害の大人しそうなおっさん達が順番に並び、ジュニアアイドルと嬉しそうに握手をしてキャンプ場へ入って行く。

 私とユリエさんもスタッフ本部的なコテージでグリーンのスタッフジャンパーを着て、キャップをかぶる。私達は物販テントで商品の品出しを手伝った。その間、アイドルとファン20人ほどが4つのグループに分かれてバーベキューの準備を始めた。アイドル1人とその子のファンが数人で作られたグループで、野菜を切ったり、火を起こしたりと分業して作業をするのだが、女の子の前でいいところを見せようとおっさん達が張り切っている。

 夕食にバーベキューを食べた後は、キャンプ場併設の体育館みたいな建物で「ナナイロレインボー」のミニコンサートだ。コンサート前のグッズ販売では、グッズがどんどん売れていき素直に驚いた。物販で買ったグッズを持ってファン達は、90分程アイドルと一緒に歌ったり踊ったりして、異様な熱気に包まれた。コンサートの後は全員で集合写真を撮り、さらにアイドル一人一人とその推しファンに分かれて個別に撮影会も続く。簡易のパーティションで区切られた中でファン一人当たり3分間の時間が与えられ、アイドルの子と1対1で自由に写真を撮ることが出来る。アイドルをずっと撮るおっさんもいるし、アイドルとのツーショットを撮りたい場合は、私達スタッフがシャッターボタンを押してあげた。しかし、この個別撮影会が闇だった。小中学生の女の子に親族でもないおっさんが夢中になっているのがそもそも異様だが、体育座りをさせて股間を撮ったり、前屈みのポーズをさせて小さな胸のふくらみを撮ったりするのだ。もちろんコンサートのステージ衣装を着たアイドルを撮っているが、明らかに別目的でも写真を撮っている。さらに驚いたのが、ツーショット写真だ。おっさん達は座っている女の子の隣に座って平然と肩や腰を抱き、中にはほぼ無理やり“お姫様だっこ”や肩車をするようなおっさんもいた。おっさん達が何に使うのか分からない写真を真剣に撮り、不必要に幼い女の子の身体に触れて喜んでいるのを目の当たりにして吐き気がする。「ファンだったらアイドルが嫌がる事をしてはダメだろう」と平手打ちをしてやろうかと思ったが、ユリエさんに止められた。私なら絶対に耐えられないが、当の女の子たちは健気に笑顔を作って写真に撮られていた。おっさんの行動の意味が分かっていないのかもしれないし、悲しい事に慣れているのかもしれない。

 個別撮影会の後は、アイドルもファンもスタッフも宿泊棟のそれぞれ割り振られた個室で眠る。その晩私はユリエさんの部屋を訪ね「女の子たちがあまりにも可哀想だ」と涙ながらに訴えた。ユリエさんは「おっさんの行動を正当化するつもりはないけど、みんな売れるためにギリギリの我慢をしているの。耐えられなくなって辞めていく子もいる。でも、去年のエリカ達のように新しく芸能界を目指す子がまた入ってくる。その残った中のほんの一握りだけが俳優やモデルや歌手として売れるけど、それでも数年したら消えていく。こうやって夢見る人間を使い捨てにしてこの世界は続いてきたの。たぶんこれからも変わらないわね。」と教えてくれた。

 翌朝、洋食の朝食ボックスをみんなで食べて解散。おっさん達は来た時と同じように大きなバス1台に乗り込んで帰って行った。後日キャンプ場の管理会社から主催の「フレームズ」の子会社にクレームが入ったらしい。宿泊棟の部屋を出た後があまりにも汚かったからだ。ゴミ箱には大量のティッシュが捨てられ、布団も臭い唾液や精液で汚され、最もひどいのは姿見鏡に精液をぶっかけて拭き取りもせずにそのまま部屋を出た奴もいたらしい。おっさん達が個人撮影の時間にゲットした写真や女の子の感触を思い出して、深夜に何をしていたか容易に想像がつく。私は被害を受けた当事者ではないが、このイベントの手伝いで久しぶりに男のいやらしい視線と妄想への怒りを思い出した。私はユリエさんに勧められたオーディションや仕事は基本的に何でもチャレンジしてきたが、水着や下着等での撮影だけは拒否してきた。今回の事でこれからも拒否しようと固く誓った。しかし、夏のモデルやアイドルの仕事と言えば水着の人気が高いので、これを避ける事は簡単ではない。人によっては1シーズン仕事を見送ることにもなる。私の場合、胸が大きいわけではないので元々そんなに水着の需要は無いようだが、それでも少年誌や週刊誌等からのオファーを数件いただいた。まだ仕事を選べるような立場じゃない事は分かっている。でも、男達が何をするか考えただけで虫唾が走り、「お断りしたいです」とユリエさんに伝えた。ユリエさんは「あんたが嫌なら無理強いはしない。崖っぷちって状態でもないしね。」と理解を示してくれた。「考えようによってはクリーンなイメージを守ることになる」とも言ってくれた。でも現実は、水着拒否だけが原因ではないが、ユリエさんのお手伝い以外は9週連続で仕事が無い期間が続いた。その後も、複数モデルの内の一人とか、ごく限られた界隈でしか使われない広告のモデルとか、ユリエさんの営業でいただいたお仕事がパラパラとあるだけだった。

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