第19話 男に夢中になってレッスンやバイトをサボるんじゃないよ

 たぶん今晩、私はコウジに抱かれる。

 花見デートの後も「ヴァンデミエール」や「ラス・カーズ」で一緒にランチやお茶をしたり、流行りの映画を見に行ったりもした。少しずつ打ち解けていって、彼は私の事をエリカと呼ぶようになり、私も彼をコウジと呼ぶようにした。手をつないで歩き、電車の中では彼に背中を守られ、スマホには二人で写った画像も増えた。コウジは私の事を好きでいてくれて、私も彼と一緒にいると楽しいしリラックスできる。時々甘えたいし、弱音を聞いてほしい事もある。居心地が良くて関係を切られたくない。だからこの間キスも許した。しかしまだ好きという気持ちにはなっていない。もっとも私はコウジが初めての彼氏で、好きという感情が分かっていないだけかもしれないが、コウジが囁いてくれるような「ずっと一緒にいたい」とか、「離れたくない」とまで思ったことはない。コウジの気持ちに私が追い付いていないのだ。


 ゴールデンウィーク中のある日、コウジの部屋に初めてお邪魔した。その日の夜にレッスンの予定があるにも関わらずだ。私も子供じゃない。一人暮らしの男性の部屋に上がるという事は、それなりの覚悟が必要なのも分かっている。でも、コウジの誘いを断れなかった。

 「他の人の一人暮らしの部屋って初めて見た。意外と綺麗にしているんだね。」私の素直な感想だ。

 「狭い所だから、物も少ないし、掃除も簡単だから。」

 「ふーん。」私は白々しく洗面所や浴室、トイレを覗いて部屋の奥に中々入ろうとしなかった。確かに狭い部屋だ。パッと見回せてしまう。

 「エリカ、こっちにおいでよ。」

 「うん。」部屋にはシングルベッドと小さなテーブル。あとは小さな棚に雑誌や物が色々と詰め込まれている。さすがに私を呼ぶ前に掃除をしたのだろう、クローゼットの中は分からないが、見回せる範囲はキチンと整理されていた。彼はパソコンの電源を入れて準備している。今日ここに呼ばれた口実は「セックスしよう」ではない。「一緒に見た映画の前作が「プレミアムビデオ」で見れるんだ。家においでよ」だ。テーブルの上にあるパソコンで動画サイトにログインして、二人横に並んで座って観た。


 作品はハッピーエンドで終わって、エンドロールが流れ始めると、コウジが私にもたれかかり、ゆっくり上から体重をかけてきた。

 「エリカ、好きだ。」コウジはそう言うと私に覆いかぶさり軽いキスをしてくれた。

 「ありがとう。でも、…今日はゴメン。」夜に予定があるだけじゃない。コンドームがあるか?清潔なタオルがあるか?コウジとのセックスはどのくらい時間がかかる?一度自分の部屋に戻ってシャワーを浴びる時間があるか?とにかく不安要素が多い。おまけに「男に夢中になってレッスンやバイトをサボるんじゃないよ。」というユリエさんの言葉も頭をよぎる。今日はダメだ。申し訳ない気持ちはあるが、毅然とした態度を示すためにコウジの目を真っ直ぐに見て答える。

 「そっか、俺達もう3ヶ月経つんだけどな。」コウジにしては珍しく棘がある言い方だ。

 「うん。分かってる。…だから“今日は”ゴメン。…今夜レッスンがあって落ち着かないし、二人で初めてだから、ちゃんと準備してからにしたい。」

 「いつならいいんだよ。」コウジは怒ってる。

 「次、どこかホテルに泊まろうよ。近場で良いからさ。時間を気にせず、周りを気にせず、リラックスして臨みたい。…我儘に聞こえたかもしれないけど、ほとんど経験が無いから怖いんだよ。…分かってほしい。」

 「…わかった。」コウジはガッカリとして気まずい雰囲気になったが、私も条件を満たせばその気だと分かってくれたのだろう。すんなりと私を帰してくれた。その日の夜、レッスン終わりにコウジからのメールに気付いた。

 「コウジ:今日はキツく当たってゴメン。」


 ゴールデンウィークが明けた数日後の夜、私にバイトやレッスンの予定が無い日で、コウジのバイト上がりの時間でデートの日程が合った。ロビーで21時に待ち合わせ。私の思い上がりかもしれないが、コウジは私と会いたくて、自分がバイトの日でも私の予定が無い日に無理やり合わせてくれたのだろう。コウジは「バイト時間が読めないから、先にご飯を食べてきて。遅れる時はメールする」とのことだった。

 日中、久しぶりに大学の講義を聞いて、夕方帰る途中でバーガーショップのバリューセットをテイクアウトして部屋へ帰った。キスの時にバーガー独特の匂いがしたら興ざめかなと思い、念入りに歯磨きをしてから外出の支度をする。今晩コウジとセックスをするのに妙に落ち着いている自分が不思議だ。初彼氏との初体験なのにあまり恐怖も興奮も無い。これは村野マミコとして既に他の男に抱かれたからだろう。とは言え、朽木エリカとしてどう振舞えば良いのか頭でシミュレーションしておく。始めに変な設定をしてしまうと後で取り繕うのが面倒だからだ。「ほとんど経験がないが無いから怖い」とコウジに言っているので、処女ではない事は驚かれないだろう。私も大学生だ、経験を済ませていてもおかしくはない。しかし、あまり慣れている素振りを見せるわけにはいかない。たぶんコウジなら乱暴な事はしないはずだから、身を委ね、恥じらい、切ない表情を作っていればいいだろう。ふと、「入らないって事は無いわよね?」と不安になる。コウジが近江さんよりものすごく大きかったり、そもそもコンドームを着けての行為は初めてだから、受け入れ出来るかも分からない(この時はゴムにローションが塗られているのを知らなかった。)。どうなるか分からないが、いずれにせよ痛そうな素振りをしておこう。こんな感じかな。もう外堀は埋まっているし、私からも宣戦をしている。コンドームを使用してセックスという初めてのチャレンジをコウジとしてみよう。

 自分からホテルを取ってとお願いしたのだ、デニムにトップスでは失礼か。大学やバイトとかの普段使いと近江さんとホテルで会う時用の服を明確に使い分けているが、今回はマミコ寄りの服装にしよう。クローゼットを眺めて、東京に出てきた当初一張羅的に使い倒したワンピースを取り出す。鞄もリュックではなく肩掛け鞄にした。


 私が「グランドプリンセスホテル品川」に着くとスーツ姿のコウジがロビーで待っていてくれた。彼のバイトは時間どおりに終って、途中で軽く食べてホテルに来たらしい。チェックイン手続きを済ませて客室に入る。

 コウジが普段に比べて緊張しているのが分かる。口数が少ない。「俺が先にシャワーを浴びてくるから」と言って、鞄をライティングデスクに置くと早々に浴室に入った。私も鞄を窓際の小さなテーブルに置いて、夜景を見ながら待つ。窓ガラスに光が反射するから部屋の明かりを消してしまった。

 交代で私もシャワーを済ませると、コウジも明かりを消したままバスローブ姿で夜景を見て待っていた。

 「綺麗だね。ありがとう。」横に立ってコウジに声をかける。

 「うん。」

 「グランドプリンセスって高いんでしょ?島には無かったけど、広島にはあるんだよ。行ったこと無いけど。へへへ。」

 「たしか京都にもあるんだ。国際会議場の近くだったかな。俺も泊まるのは初めて。」コウジも自嘲気味に笑ったが、さすがに「高かった」とは言わない。

 「いい思い出になりそうだね。」少し背の高い彼の肩へ横からコツンと軽い頭突きをする。

 「エリカ、…綺麗だったよ。今日のワンピース。」

 「ワンピース?普段と違い過ぎてビックリした?」

 「普段のゆるい恰好も可愛いけど、ちゃんとするとやっぱり綺麗なんだな。」

 「ははは、「やっぱり」って何よ。なんか普段の私が手を抜きすぎって言われてるみたい。」

 「そんなことないよ。普段も可愛い。」

 「ははは、冗談だよ。」中々手を出してこないからこちらから仕掛けてみる。彼の方へ向きながらゆるく結んでいる腰ひもを解き、肩からゆっくりバスローブを滑らせ脱ぎ、デスクの上に置く。あとは上目遣いで恥ずかしそうにはにかむ。実際、カーテンを開けた窓際で裸になったのだから恥ずかしい。しかし、これで私を我慢できる男などいないはずだ。案の定、コウジは片手で乱暴にカーテンを閉めた後、「エリカ、好きだ。」と言いながらベッドに優しく押し倒してくれた。2度ゆっくりキスをして、コウジは「ベッドに上がろう」と言うと、立ち上がり、ベッドに上るとバスローブを脱ぎ捨てた。私も一旦体を起こして全身をベッドに横たえながらコウジを見ると、股間にそり立つペニスがある。近江さんのように体から垂直にこちらに伸びているのではなく、お腹の方にそり立っているのだ。そのせいか、コウジが覆いかぶさってきても余程近づかなければ私の太腿やお腹にペニスが当たることが無い。コウジは恥じらう私に気遣いをしながらも、力加減が少し強めの愛撫をたくさんしてくれた。最初だからかもしれないがしつこく舐めまわすようなことはされなかった。胸周りを中心に私の上半身や顔にキスをした後、コウジはサイドテーブルに置いてあった銀色の箱に手を伸ばす。ちゃんと着けていることをアピールするためか、自慢のペニスを見せつけるためか、こちらに向いたまま手際よく装着した。暗くてはっきりとは分からないが、近江さんのよりも大きいように見えた。

 「エリカ、入れるよ。」

 「うん。」私の穴に先端を付けて、角度を確かめながらゆっくりと入れてくる。

 「痛っ、ちょっと待って。」演技ではなく本当に痛い。久しぶりにメリメリっと筋肉を押し広げられる感じがした。慣れているペニスよりもコウジの方が大きいのだ。

 「大丈夫か。」途中で止まったペニスを抜いてくれた。

 「たぶんね。…もう1回やってみて。」初めての時の様な激痛ではなく、体が強張ったりしていないから「いつもより大きいのが入ってくる」と心の準備さえ出来れば大丈夫なはずだ。

 「ああ、痛かったら遠慮なく言えよ。」

 私が無言で頷いて答えると、コンドームのローションにも助けられ、コウジは途中でつっかえながらも入ってきた。やっとペニスの感覚に慣れて痛くなくなったと思ったのに、2人目でより大きい男を引き当ててしまった。「これが動くのか」と暗澹たる思いになるが、驚くことがまだ続く。

 「エリカ、気持ち良いよ。」コウジは私の切ない表情を心配しながらゆっくりと出し入れをしてくれて、コウジも気持ちよさそうな表情をしていたかと思うと急に行為が止まり、私の体内でペニスが脈打つ感覚がした。男がイった時のあの感覚だ。

 「えっ!もう終わり?」もちろん声に出すことはしなかったが、ペニスが抜けた後、心配する風にゆっくり体を起こしてコウジを見るとペニスからコンドームを外してティッシュペーパーに包んでいる。こんなに早く終わるならコウジの部屋で求められた時にやってしまっても良かった。

 「エリカ。」コウジは処理を終えるとばつが悪そうに笑いながら抱き着いてきた。呼吸が少し荒いコウジに促され二人並んで寝転ぶ。

 「すごく気持ち良かった。…こんなの初めてだ。」

 「そうなの?」例の名器ってやつはコンドームを着けていても気持ち良いらしい。コウジは呼吸を整えながら、私をふんわり抱き、髪や背中を撫でてくれている。

 「もうちょっとで続きができるから、待ってね。」ほんの2~3分の二人の沈黙をコウジが破る。

 「つづき?」

 「うん。」というとコウジは体を起こし、またサイドテーブルのコンドームに手を伸ばした。確かにまたそり立っている。一旦ぐったりとしたはずのペニスが何もなかったように復活しているのだ。コウジのはそり立っているせいか生命力と言うか、活力を強く感じた。コウジはコンドームを着け終わると私の足の間へポジションを取り、正常位の構えだ。私も今さら出し惜しみすることはない。脚を開き2回目に同意の意思を示した。コウジは指で私の股間がまだ乾いていない事を確認してから入れてきた。大きさも硬さも1回目と変わっていない。思わず「すごい。」と声に出してしまった。コウジはまた気持ち良さそうに行為を始める。1回目よりも動きがスムーズだし、今回は途中に私の頬にキスをしたり、胸や乳首を触ったりする余裕もあるようだった。5分程度続いてしだいに興奮が高まってきたのか、腰の突きが力強くなり、穴の奥に鈍痛を感じる。

 「コウジ、…痛いよぉ…。」弱々しい声で伝えると、はぁはぁ息を切らせながら行為を止めてくれた。というか止まった。またイったのだ。激しい動きはラストスパートだった。

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