第13話 せっかく美人に生まれたんだから、『女性』を思う存分楽しみなさい。

 大学の定期試験が終わって講義が無い期間でも私が東京でバイトをしながら生活をしているのと同じように、若狭君やクマちゃんも東京でバイトやサークル活動をしている(八瀬君はよく分からない。)。珍しく二人からメールがあり、「新宿でランチをしよう」とお誘いがあった。講義が無い日に待ち合わせをしてご飯を食べに行くのは初めてだ。もちろんOKであり、日時と場所を確認した。なぜ新宿かと言うと、若狭君のバイト先が新宿伊予丹だからである。彼のお姉さんが伊予丹の社員で、その引きもあり伊予丹でバイトすることになったらしい。ちなみに、クマちゃんは全然別の居酒屋でホールスタッフをしている。男女や年齢に関係なく上手にお話ができるのは生まれ持った才能だろうが、バイトで一層磨かれているのかもしれない。

 バレンタインが終わっても賑やかな新宿駅を出ると、島では見たことが無いくらいたくさんの人がそれぞれの目的地へ行き交い、私も「ラス・カーズ」という待ち合わせのカフェへ急ぐ。14時の待ち合わせだったが、5分前に到着した私よりも先にクマちゃんは座っていて、スーツ姿の若狭君は謝りながら10分遅刻した。大学で定期試験の結果をお互いに見せ合って、単位が取れたのを喜んだ日から約1ヶ月が経っている。奥まったテーブル席で口々にお互いのバイトの話をして、笑い合い慰め合い、楽しい時間を過ごした。

 「じゃあ、私はバイトがあるから先に失礼するね。」クマちゃんが強引に話を止める。

 「ええ、もう行っちゃうの。」まだ15時前で1時間しか経ってない。

 「ゴメンな、仕込みがあんねん。」と慌ただしくクマちゃんは席を立った。

 「頑張れよ~。」若狭君が手を振って送り出す。

 「本当に行っちゃったよ。」私も手を振って見送った。

 「なあ、朽木さん。」若狭君が一口コーヒーを飲んだ後、一転して緊張の表情になった。

 「なに~?」私も冷めてしまったコーヒーを飲みながら視線を送る。

 「好きだ。」

 「へ?」間抜けな声が出た。

 「付き合ってほしい。」若狭君は私の顔を見ながら真剣な表情だ。

 「え、マジで?」

 「俺じゃダメか?」

 「いや、そんなこと無いけど…。ビックリした。」私が俯いて視線を逸らすとしばらくの間二人とも無言になってしまった。

 「俺も休憩時間が終わってしまったから、戻らなきゃ。」若狭君がガタッと席を立つ。

 「待って。あの、…私で良ければ。」若狭君を見上げて答える。

 「ありがと。またメールする。ここにクマと俺の分のお金置いておくから。バタバタしてゴメンな。」早口でそう言うと本当に急いでお店を出て、店の前を走って行くのがチラっと見えた。

 

 これが告白というやつか。友達とは言え、たまにしか合わない男性から前触れなく好意を伝えられる。私は若狭君を特別に意識したことが無かったし、私から彼をその気にさせるような、勘違いさせる言動は無かったはずだ。が、告白を受けた。

男と言えば、島では遠巻きにウジウジ見てくる男ばかりだったし、東京に来てからも胡散臭い男達から何度かナンパを受けた。私の顔や胸に失礼な視線を投げかけ、妄想の中で私を犯す気持ち悪い連中のせいで私は男を軽蔑するようになり、「何も睨みつけることないじゃない」と女友達に諫められたくらいになった。そう考えると、若狭君は嫌悪感が無い数少ない男の一人と言える。スマートだし女扱いに慣れているような気がする。だからビックリはしたが話に乗ってみようと思った。

 しかし、困ったこともある。私は大学の他はバイトが忙しいという事になっているが、私の日常の大半を占めるモデル活動の事をいずれは話す必要がある。別に後ろめたい事ではないが、大学の友達にはまだ話をしていない。逆に、パパ活の事は絶対にバレるわけにはいかない。秘密保持の約束はもちろんだが、それ以上に大事な資金源だ。これが無くなると私は夢も大学も諦めざるを得なくなる。

 ところで、私は近江さんに『独占』をしてもらっているが、彼氏を作っても良いのだろうか?ふと疑問が頭をよぎり、急に不安になってミナさんへ相談したくなった。なぜ若狭君がクマちゃんの分の食事代も合わせて二人分のお金を置いて行ったのか全く気が回らず、私もコーヒーを飲み干して店を出た。


 部屋に帰り、ミナさんへ電話をしてみる。

 「マミコさん、どうしたの?」

 「突然スイマセン。あの、私ってゼタバースに所属したまま彼氏を作ってもいいのでしょうか?大学の友達から告白されちゃって。」

 「へ~、そうなんだ。…全然問題ないわよ。」

 「本当ですか。良かった~。」

 「ふふふ、当然じゃない。パパはパパ、プライベートはプライベート。パパに本気にならないように、むしろ彼氏がいた方が良いくらいだわ。」

 「近江さんに怒られて、関係を切られるんじゃないかって心配になったんです。」

 「近江さんだって妻子持ちの既婚者よ。あっちだってやることやって子供ができてるんだし、夫婦生活も続いているだろうからね。」確かにそうだ。夫婦円満、家庭円満ぶりはよく聞かされている。

 「で、その彼とはもうやったの?」ミナさんが笑いながら聞いてくる。

 「まだ告白されたばっかりで、何もしてません。」

 「そう。でもまあ、近江さんには一応、彼氏ができますって断っておいた方が良いわね。ほら、タイミングが重なることもあるでしょ。」

 「タイミング?」

 「例えば、朝まで近江さんに抱かれた後、お昼から彼氏とデートで抱かれるとかだとマミコさんも辛いだろうし、彼氏も嫌じゃない?当然、彼氏にはパパの事は言わないと思うけど、男だってバカじゃないから何となく分かるらしいわよ。」

 「そっか、気をつけなきゃいけませんね。」

 「あとは、マミコさんが見込んだ男なら大丈夫だと思うけど、病気の心配もある。ピルを飲んでいるから妊娠はしないけど、今後セックスする時はコンドームを着けるようにしてね。近江さんは残念がるだろうけど、次に会った時に聞いてごらん。」

 「はい。わかりました。」

 「ユリエさんは何か言ってた?」

 「まだ報告していません。」

 「そう、ユリエさんにも言っておきなさい。きっと喜んでくれるわよ。」

 「はい。ありがとうございました。」

 「ふふふ、素直な子ね。じゃあ、頑張ってね。」

 ユリエさんに電話をしても繋がらなかった。急ぎではないので特にメッセージを残さなかったが、手が空いた時にコールバックをしてもらえるだろう。


 「もしもし、エリカ。どうしたの?」

 「ユリエさん、忙しいのにスイマセン。相談と言うか報告なんですが、彼氏ができそうです。OKして良いですか?」

 「ははは、わざわざそれで電話をくれたの?」

 「はい。」

 「良いも悪いも私が口をはさむ事じゃないわ。でも、マネージャーの立場から強いて言えば、良かったんじゃない?表情にもバリエーションが増えて、表現力が上がるわ。あー、でも、男に夢中になってレッスンやバイトをサボるんじゃないよ。」

 「分かっています。」

 「しっかし、エリカが気に入るくらいだから、よっぽどいい男なんでしょうね。」

 「まだ告白されただけですから、これからです。」

 「そっか。せっかく美人に生まれたんだから、『女性』を思う存分楽しみなさい。男に優しくされて、守られて、求められて。これから楽しい事をたくさん経験できるわよ。」

 私が考えすぎだったのだろうか、ミナさんもユリエさんも彼氏の存在をあっさり認めてくれた。


 バイトが終わってスマホを見ると若狭君からメールが来ていた。メトロに乗ってから返信する。

 「若狭君:今日はありがとう。ビックリされたけど、良い返事が貰えてよかった。」

 「エリカ:こちらこそよろしくお願いします。で、いいのかな?」

 「若狭君:よろしくお願いします。でも、何か硬いな。」21時過ぎくらいだから彼は一人で部屋にいるのかもしれない。すぐに返信が来た。

 「エリカ:そうだね。自然体でいいか。ところでバイトは間に合ったの?」

 「若狭君:めっちゃ走って汗かいたけど、間に合ったよ。」

 「エリカ:よかったね。今電車だけどもう駅に着きそう。」

 「若狭君:また連絡する。」

 とりあえず1回付き合ってみるかという軽い気持ちでOKしたが、若狭君との関係が今までとこれからとどう変わるのか、この時はまだ想像もできていなかった。

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