第9話 これがエリカが夢だって言っていたお仕事なのよ。

 ホノカはデビュー後もエキストラや大勢の中の一人の端役ばかりだが、再現VTR、プロモーションビデオ等に出演して少しずつ実績を増やしている。「給料なんて雀の涙、1回デートで晩御飯食べたら無くなっちゃうよ」と愚痴ってはいるものの、色々なメディアに出演できたのは嬉しそうだった。

 私はデビュー出来ないまま12月に入った頃、やっと1つお仕事が決まった。「コンバート」というシューズメーカーの「シューティングスター」という新商品のモデルだ。一応、オーディションというか面接みたいなのを経て頂いた仕事で、モデルが新商品の靴を履いてポージングした写真をカタログや販促に使うらしい。もちろんモデルは私一人ではなく他に4~5人いる。軽いことが売りのスニーカーで全年齢対象だからか、私の両親と同じくらいの歳の方と子役もいたが、10代20代前半がメインターゲットなのだろう、同年代のモデルが一番多かった。


 撮影当日、ユリエさんに連れられて現場入り。メーカーの方やカメラマン、同じモデルの方々の楽屋を回って挨拶を…と思っていたが、テレビで見聞きするこの手の話はハイクラスの芸能人の話で、私達は現場で集まって簡単な顔合わせだけしたら、粛々と撮影準備に入っていった。楽屋と呼べるような場所も無く、会議室が控室代わりで、ここで荷物を置いたり休憩をする。もちろんモデル全員の共用だ。緊張しながらユリエさんと出番を待っていた。

 いよいよ私の出番。「よろしくお願いします。」と周りに声をかけながらグリーンバックの撮影場所に立つ。緊張する。膝や指先は震えていないだろうか。まずはカメラマンの指示に従って立ちポーズだ。スニーカーに合うように柔らかい感じのスカートにノースリーブトップスといったカジュアルな衣装で、歩いているのを一時停止したようなポーズ、ボールを軽く蹴ったようなポーズ、信号待ちで左右確認しているようなポーズ等を撮った。もちろんスニーカーが主役なのでスニーカーのアップや、ひざ下、腰下の構図が多く撮られるのは理解できるが、全身は“ついで”に撮っているような感じで少し不満だった。ポーズを取りながら「このモデルって私である必要がある?」って考え事をしていると、ポーズを変える時に指示を取り違え、「違ぁーう、逆だ。逆。」とカメラマンから尖った声が上がり怖かった。私もユリエさんもカメラマンや照明さん等に平謝りである。


 次は公園にあるようなベンチが持ち込まれ、それに座って撮影。道具の持ち込みや設置等の準備をする間、私は休憩である。この間にユリエさんに汗を抑えてもらい、前髪も整え直した。

 撮影再開。ベンチに座って両足をまっすぐ伸ばして視線をつま先に送り、物思いをしているようなポーズ。脚を組んで座りスマホを操作しているポーズ等を撮った。立ちの時もそうだが、視線や表情はフレームアウトしていると思うが、真面目に視線を送り表情を作った。1枚でも私の全身写真が使われたら御の字である。何枚の写真を撮ったのかシャッターの連射音だけでは分からなかったし、何枚私がモデルを務めた商品写真が採用されるのか、それも分からないまま撮影終了である。撮影自体は2時間もかかっていないが、緊張してドッと疲れを感じた。それでも「ありがとうございました。」と努めて明るい声であいさつをしながら現場を後にした。


 撮影から2週間もしない内にカタログの初稿が上がって、事務所を通じてモデルである私にも見せてもらえた。結果は予想通りというか当たり前というか、スニーカーの画像や機能と特徴説明が大部分を占めていて、せいぜいモデルがスニーカーを履いた膝下写真が採用されているくらいで、モデルが全身で写っている写真はほとんど無かった。なお悪い事に、ランニングやバスケットボール等の運動シチュエーションのモデルの写真が多く使われ、街歩きの様なカジュアルシチュエーションのモデルだった私のスペースは比較的小さかった。

 「あんなにいっぱい写真撮ってくれたのに、ほとんど使われてないですね。」

 「まあ、こんなもんよ。」ユリエさんは冷静である。実際、商品カタログとはこのような物なのだろう。

 「初仕事だったのになぁ。」

 「1枚全身写真があったんだし、良かったじゃない。しかもソロでだよ。」そう、私が一人信号待ちで左右確認しているようなポーズしている写真が採用されていたのだ。カタログでは公園の背景が合成されて、友達か彼氏と待ち合わせをしている風に見える。

 「そうですね。でも、これだったらスポーツしている所のモデルが良かったなぁ。」

 「う~ん、それは無理ね。あなた色白だし、ガリガリってわけじゃないけど華奢でしょ。運動のイメージ無いよね。」

 「うっ。」ぐうの音も出ない。

 「そうそう、これが初めてのお給料よ。お疲れさまでした。」

 「やったぁ、ありがとうございます。」封筒を開けるとお札と明細が入っていた。金額は7,000円である。給料が5,000円で交通費が往復で2,000円という内訳のようだ。ホノカが言うとおり、おいしい晩御飯を食べに行ったら無くなるくらいの金額である。エステで一日バイトをした金額よりも低い。

 「不満?」

 「いえ。」少し嘘をついた。

 「ふふふ、ウソおっしゃい。顔に出てるわよ。…気持ちは分かるわ。半年以上時間とお金をかけてレッスンしてきて、初めてもらったお給料が5千円なんだもん。でもね、これがエリカが夢だって言っていたお仕事なのよ。」

 「すいません。」ユリエさんに指摘されたとおりだ。声が自然と小さくなる。

 「謝ることないわ。まずは上出来よ。夢だ、好きだって言ってきた事をお仕事にして、少額でもこうしてお給料がもらえたんじゃない。モデルとしてのエリカにお金を支払う価値があると認めてもらえたって事よ。」

 「はい。」

 「で、『朽木エリカ』はこれで終わりじゃないんでしょ?女性が女性に憧れるファッション誌のモデルになるんじゃなかったっけ?」そのとおりだ。まだ初仕事で、これからモデルとしてのキャリアを積み上げていくのだ。


 当然この間も近江さんとのパパ活は続いている。ただ、少し変化があったのは、月に2度3度関係を続けている内にセックスに慣れたのか、少なくとも「痛くて嫌だな~」と思うことは無くなった。

 そして、これも慣れたからなのかもしれないが、パパ活の後もホテルのベッドで眠れるようになった。これまで緊張と体の違和感でその晩はほとんど眠れずに朝を迎えたが、意識を失って寝ている時間が徐々に長くなっていき、今では自宅と変わらないくらいに眠れるようになった。こうなればしめたものである。パパ活の身体的、精神的な負担が軽くなった。


 「ホテルニューオーロラ」での朝、近江さんは目ざとく私の変化に気が付き、薄っすらと笑みを浮かべた。

 「マミコさん、おはよう。」

 「お、おはようございます。」遮光カーテンを開けて明るい朝日が入る部屋で、笑顔の近江さんに髪を撫でられている事に気が付いて目を覚ます。

 「気持ち良さそうにぐっすり眠っていたね。」

 「はい。」最近ホテルでも寝れるようになって油断していたら、近江さんの方が先に起きてしまっていたようだ。

 「ははは。少しは俺との夜にも慣れて、安心して眠れるようになったのかな。」

 「あれ?私が眠れてなかったの、バレていましたか。」

 「そうだね。朝大あくびして眠そうだなとか、股間を気にして歩きにくそうだなとか。」近江さんは気を遣って冗談ぽく言うが、バレていたのが恥ずかしい。肌触りが良い羽毛布団を手繰り寄せ、顔を隠す。

 「ごめん、ごめん。マミコさん。とりあえずお手洗いに行って、冷たい水でも飲んだらどうだい?」確かにそうだ。トイレに行きたい。


 腰ひもがどこかに行ってしまったバスローブを羽織り、トイレの後、冷蔵庫にあるミネラルウォーターを飲んだ。いつもなら近江さんは私の希望を聞いてくれながら朝食のルームサービスをオーダーするところだが、近江さんは全裸のままベッドから降りてきて、こちらに歩いてくる。男の人の裸を明るい中で見たのは初めてだ。近づいてくる間、身体から直角にこちらへ伸びるペニスに目が奪われ、あんな形や浅黒い色をしていたのだと驚いた。

 「マミコさん、もう一度しよう。」近江さんは私を軽く抱きしめ、耳元で囁かれた。

 「えっ、…はい。」もう一回するんだ…と思ったが、私に断るという選択肢は無い。言われるがまま、為されるがまま従うしかないのだ。二の腕を掴まれ、ベッドに再度上がるとバスローブを脱がしてくれて、それから夜と同じように優しい愛撫が始まる。夜と違うのは明るいことだ。既に羽毛布団はベッドの端に寄せられ、それでも余りあるクイーンサイズのベッドの上で細長くメリハリが小さい私の裸が露わになる。夜、暗さに慣れて互いの裸が見えるようになるのとは異なり、私の白い肌が自ら薄っすら発光しているかのようだ。私は恥ずかしくて両手で顔を覆うが、近江さんは「マミコさん色白だね」、「乳首のピンクが映えるよ」、「綺麗だよ」と褒めながら敏感な個所を刺激してくれた。そして、勃起していたペニスを正常位で私に入れてくる。相変わらず違和感はあるが、痛くは無い。

 「マミコさんも、気持ちいいかい?前のように足が力んだり、体が強張ることが無くなったね。」腰を動かしながら話しかけてくる。

 「まだ気持ち良いって感覚が分かりませんが、痛くはないです。」

 「そうかい。もっと回数を重ねてリラックスして出来るようになると、セックスでイケるようになるかな。」

 「うーん、分かりません。」

 「ははは、確かに、これからどうなるかなんて分からないね。…でも、俺はマミコさんとするのがすごく気持ち良いんだよ。」こう話した後、近江さんは無言になり、体勢を変えながら行為を続け、最後はバックで後ろから突かれている時に近江さんは果てたようだ。動きが止まり、しばらくするとペニスが抜かれてセックスが終わったと分かる。呼吸を整えながらベッドの上にぺたんこ座りをすると、シーツの上に白い液体が漏れ出てきた。近江さんは満足して、陽射しが明るい部屋の中でペニスを隠しもせず、ティッシュで精液を拭っていた。きっと近江さんは私が痛いのを我慢しているのを知っていて、慣れるのを待っていてくれたのだろう。この日を境に夜1回に加えて朝にも1回することが多くなった。お手当はもちろん10万円のままだ。一晩10万円は回数が1回から2回に増えても変わらない。

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