第8話 まだ有象無象の“ゆるキャラ”みたいなものよ。

 近江さんとの再会はあの日から約2週間後になった。私は近江さんの『独占』で他の男性会員からは声がかからないはずだから、近江さんから声がかかるのを待つか、自分から助けを求めるしかない。今回もそうだが基本的には近江さんから1週間か2週間おきくらいの平日夜に予定を入れてくれる。


 今回はイースタンホテル東京で待ち合わせだ。大理石の床や柱のヨーロッパ風のエントランスで大きな階段に自然と目が奪われる。やはり服や靴を新調して良かった。豪華なホテルにまだ慣れないが、フロントが見える長椅子に座って待っていると近江さんが私を見つけてくれた。

 さっそく2階の「竜宮門」へ行き店員に声をかけると、いつも通りスマートに個室へ案内された。前回のガーリックライスのように後々まで匂いが強く残るような料理はなく、アワビやホタテの炒め物、エビチリ、あんかけチャーハン等旨辛い中華料理を二人でおしゃべりしながら楽しく味わった。

 レストランの食事代は部屋に付けてもらったらしい。食後、近江さんのお誘いで客室へ上がる。今回は部屋の入口で足がすくむことなく、すんなりと部屋に入った。部屋は内装がヨーロピアンだ。青色と緑色が混ざったような色の絨毯に臙脂色の椅子や濃い琥珀色の家具類でどこか古めかしい感じがするが、重厚で豪華な感じもする。部屋をポカンと眺めていた私を近江さんが後ろから優しく抱いてくれる。

 「マミコさん、今日も可愛いね。モデル志望だけあって服もオシャレだ。」

 「実は今日の服と靴は、先日近江さんに頂いたお手当で買った物です。大学生のバイト代だけでは新しい服も買えないので、さっそく使っちゃいました。」学費をためる事が目的なのに早速お手当を消費してしまい、少し申し訳ない。

 「ははは、そうだったの。一見して分かるようなブランド服ではなく、若い子でも不自然じゃない程度の上品な服装でいいじゃないか。安心してホテルやレストランに連れて行けるよ。」

 「あの…、前回はたくさんお手当をいただいて、ありがとうございました。」私を後ろから抱いている近江さんの手を握り、少し甘えた声で感謝の言葉を伝える。

 「有効に使ってもらえて嬉しいよ。これからも学費に充てるだけではなく、自分磨きや新しい経験のために使うといい。」

 「はい。」

 「じゃあ、今日も始めよう。先にシャワーを浴びてくるね。」近江さんは洗面所へ歩いて行った。


 近江さんがバスローブで出てきた後、私も洗面所に入る。バスマットが畳まれたままでバスタブは全く使われていなかった。近江さんはシャワーブースだけ使ったのだろう。私は首から上は濡らさず、ボディーソープでサッと汗を流した。ここのも良い香りがした。

 「おっ、今晩は早いじゃないか。」バスローブを羽織って、洗面所から出ると近江さんがベッドに腰かけたまま笑った。

 「はい。」バスローブの腰ひもを解きながら近江さんの方へ歩きながら私も微笑み返すと、近江さんはリモコンでテレビのスイッチを切った。

 「どうしたの?」私が近江さん前で立ち止まると近江さんが問いかける。

 「エイッ。」自分でバスローブの前をパッと開き、すぐに閉じた。

 「ははははは。下着も着けてないって言いたいんだね。」恥ずかしくて頷くことしかできない。

 「俺は賢い女の子が大好きだよ。どんなに綺麗でも馬鹿はダメだ。何度も同じミスをするし、教えても覚えていない。マミコさんは良い子だね。さすが有名私立の大学生だ。」近江さんに手を引かれベッドの上に上がる。近江さんはベットサイドのスイッチで部屋の照明を消した後、バスローブを脱いだ。私もそれに倣って自分でバスローブを脱ぎ、全裸で布団に入った。

 近江さんが私の横に添い寝するような体制から唇へのキス、頬へのキスをしてくれながら手は胸に来ている。私の貧相なふくらみの感触を確かめた後、乳首を優しく摘まんだり、指でクルクル撫でまわして私の身体をまさぐる。

 ミナさんは「10万円のお手当に相応しい女になりなさい。」と言い、「でも、まずは慣れることね。」とも言っていた。お手当に相応しい女と言われても、私が何をすれば近江さんに喜んでもらえるのか見当もつかない。何せ今回で2回目なのだ。ただ、処女だった私にたった一晩で多額のお手当をくれたことを考えると、何も知らない、男慣れしていない私を自分の意のままにできる事が案外一番喜ばれているのかもしれない。もしそうであれば私は何か特別な事をする必要が無い。ありのままで良いのだ。しかし、慣れる必要はあるだろう。ほとんどの時間は為されるがまま寝転がっていれば良いが、最後の最後は近江さんが私の中に入って、満足してもらわなければならないのだ。

 私が考え事をしている内に近江さんの手指が私の全身を一通り駆け巡った。恥ずかしくて胸や股間を手で隠してもスッと除けられ、触られるとくすぐったくて体を捩っても近江さんの手や唇は容赦なく追いかけてくる。近江さんの手慣れた愛撫で私の股間がまた濡れているようだ、恥ずかしい音がしだした。

 「マミコさん。今日も着けなくて大丈夫かな?」近江さんが遠慮がちに聞いてくる。

 「はい。」いよいよだ。今回も入るか?緊張しながらも、努めて笑顔で答えた。

 「ありがとう。」そう言うと近江さんは私の下半身の方へ移動し、ゆっくりと私の両足を広げてペニスを当てがってきた。金属やプラスチックのような物質的な冷たい硬さではなく、折れない硬さではあるが弾力と温もりがある肉体の一部だ。

 「痛っ」近江さんが力を込めて入ってくるとやはり痛い。両足に力が入る。

 「力を抜いて、大丈夫だよ。この前のようにゆっくりでいいから。」

 「はい。」そうだ。この前と同じで良いのだ。痛かったがちゃんと入ったし、私の緊張が弛んだからか、近江さんが何度か試しているとゆっくりペニスが入ってきた。

 「ふぅ、やっぱりだ。マミコさんのは蕩けるように気持ちが良いよ。」

 「私って変なんですか?」

 「いいや。変じゃないよ。褒めているんだよ。マミコさんが若いからか、生だからかよく分からないけど、マミコさんとのセックスは特別気持ちいいんだ。」近江さんはそう褒めてくれると腰の動きが少しずつ激しくしていった。セックスが始まったのだ。出し入れされるとやはり痛い。特に入ってくる時に自分の肉体がペニスに無理やり押し広げられながら突かれるのが痛い。それも速く激しくなっていく。一度止めてもらおうかとも思ったが、薄目を開けて近江さんを見ると気持ち良さそうな表情で出し入れをしている。途中で止めたら時間がよけいに長くなるだけかもしれない。我慢しよう。近江さんもミナさんも「慣れる」とか「気持ち良くなる」と言ってくれるが、私にはまだ時間と経験が必要になりそうだ。

 何とか私の我慢が続いている内に行為が終わった。近江さんは今回も私にお褒めの言葉と労いの言葉をかけてくれながら、優しく髪や体を撫でてくれた後シャワーに送り出してくれた。この夜も緊張と股間の違和感とでぐっすり眠ることはできなかったが、翌朝お手当が入った白封筒をもらえた。家に帰って封筒の中身を検めると約束どおり10万円と交通費1万円が入っていた。


 10月も終わろうとしている。私が「フレームズ」に所属してもうすぐ半年になり、レッスンに最低限必要用とされていた期間を終えようとしているのだ。レッスンと学業の両立が難しくて大学の前期の成績は残念な結果だったし、サロンでのアルバイトだけでは大学もレッスンも続けられない境遇となってしまったが、何とかここまでレッスンを続けることができた。

 レッスンの成果はユリエさんも認めてくれて、「真面目に頑張ったじゃない」と珍しく素直に褒めてくれたくらいだ。そして私と私より1ヶ月ほど先輩のホノカも、ユリエさんが仕事を探してくれることになった。もちろんすぐにはマッチングできないだろうし、ちょっとしたワンカット、ワンシーンでさえオーディションがあり、ふるい落とされることもある。私達はレッスンを続けながらマネージャーであるユリエさんを信じて待つしかない。とは言え、夢に向かって一歩進んだのも事実だ。エステでタオルを畳みながらホノカとする会話も自然と明るい内容になる。

 「あ~、楽しみだなぁ。どんな仕事でデビューするんだろう。」

 「そんなの分からないわよ。私はユリエさんが取ってきてくれた仕事を何であれ受けるつもり。」浮かれている私に優等生のホノカが答える。

 「え~、でも記念すべき初仕事だよ。ずっと残るんだよ。」

 「まぁそうなんだけど、デビューできるだけでも儲けものだと思わない?レッスンや事務所を途中で辞めちゃった子だっているんだから。」“枕”でタウン誌デビューしたカオルさんも、仕事がすぐに少なくなり、この頃には事務所を辞めていた。

 「そうだね。ユリエさんが色々手配してくれて、ホノカとバイトも頑張って、何とか続けられたって感じだもん。違うマネージャーさんだったら続いていないかもしれない。」

 「そうそう、だから手を動かしてタオルを片付ける♪。仕事だって探してくれるだけで、まだ決まったわけじゃないよ~。ははははは。」ホノカに明るく笑われた。

 「はいはい、ホノカは真面目だな~。」私はミナさんには真面目と言われたが、ホノカの方がキチッとしている。


 1ヶ月も経たない内にホノカに初仕事が決まった。バラエティー番組の再現VTRのエキストラの一人という役だ。行列に並んでいるだけで、セリフも無く、指定される動作も無い。本当に立って並んでいるだけだったらしい。だから特に選考も無く、希望すれば出られるというお仕事だったが、それでもホノカは喜んで仕事を受けて、見事デビューを果たした。私もオンエアを見たが、ホノカはチラッとテレビ画面に映った。チラッとではあるが、ホノカ本人だと絶対に見間違えようがないくらいしっかり映っていた。

 私はユリエさんに勧められたオーディションにいくつかエントリーしてみたが落とされて、まだ何も決まっていない。厳しい世界だと分かっていたつもりだが、何も無いままレッスンを続けるのが、金銭的ではなく今度は精神的に辛くなってきた。

 「仕事を探すって言ったから変な期待をさせちゃったかもしれないけど、あなた達はまだ有象無象の“ゆるキャラ”みたいなものよ。過度な期待はしないように。」面談でユリエさんに言われたアドバイスだ。

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