第5話 青臭いガキのくせに偉そうな事を言うようになったじゃない。

 後日、ミナさんから3人の男性会員のプロフィールがメールで届いた。30代後半から50代前半の方々で、職業はIT起業家、開業弁護士、一番目を引いたのが会社員だ。金融機関勤務とは言えただのサラリーマンで、しかも一番若い。見た目は穏やかそうで優しそうだ。逆に起業家は、ジムや日焼けサロンに通ってそうな体育会系の風貌で、押しつけがましそうな感じがして抵抗がある。弁護士は3人の中で一番年齢が高く、私のお父さんより年上というのが抵抗がある。見た目も神経質そうだ。ミナさんからのメールのテキストには「あまり考えこまずに、軽い気持ちで食事だけでも行ってみたらいい」とのことなので、「会社員の近江さんと会ってみたいです」と返信した。

 ミナさんからは2時間後には返信があり「近江さんもマミコさんに会ってみたいそうなので、マッチング成立です。ついては、お二人が会うまでにもう一つ二つお願いしたい事があるので、時間がある時にクラブへ来てください」とあった。


 後日改めて一人でクラブにお伺いすると、ミナさんが応接室へ案内してくれた。   

 「レッスンやバイトでも忙しいのに呼び出してゴメンね。」

 「いえ、大丈夫です。こちらも大事ですから。」

 「ありがとう。まず報告ね。マッチングの日時が来週金曜日の夜になったわ。詳しい時間と場所はまたメールするけど、たぶんいいお店に連れて行ってくれると思うから。それなりの服装をして行ってね。」

 「はい。」いよいよ日にちが決まった。意外とトントン拍子に話が進む。

 「早速だけど、お願い事の1つ目は、私が紹介する婦人科に行って、ピルを処方してもらって、近江さんに会うまでに服用を始めてほしいの。」

 「ピルって避妊のためのですよね。」

 「そのとおり。マミコさん自身を守り、かつ相手の男性の家庭や生活も守るためにも飲んでもらいたいの。望まれない子供ができて、マミコさんや相手の男性の人生が滅茶苦茶になるのは見たくないし、長期間安全に男性から応援してもらうためにもしっかり避妊してほしいの。いい?」

 「わかりました。」

 「ピルはコンドームよりも確実だから安心よ。だからと言ってはなんだけど、もし近江さんと大人の関係になったら、初めの数回だけでも何も着けずに受け入れてあげてほしいの。完全に男のエゴなんだけど、近江さんに限らず男は生でセックスさせてあげるとすごく喜ぶし、お手当の額も弾んでもらえる。…無理にとは言わないけど、一応考えてみて。」

 「はい。」私はそもそも経験をしたことが無いので、コンドームで避妊するのとピルで避妊するのとどう違うのか分からなかったし、お手当が多くなるならピルでもいいのではないかとおぼろげに思った。

 「2つ目のお願いは、晴れてマッチングが成立したわけだけど、マミコさんも相手の男性も守秘義務を守ってほしいの。つまり〇〇会社の〇〇さんとパパ活しているとか他人に言ったりSNSに載せたりせず、クラブで知り合った男性の事やプロフィールで知ったことは秘密にするってこと。これは相手の男性も同じで、マミコさんの事は決して口外しない事になっているわ。あなたも嫌でしょ?モデルデビューできたと思ったらいきなりパパ活スキャンダルで出演NGになったら。」

 「それは絶対に嫌です。もし誰かが秘密を洩らしたらどうなるんですか?」

 「男女とも会員登録の時にしっかり審査して、秘密保持を念押ししているから基本的にはあり得ない。でもそうね~、過去には男が調子に乗って女性の事を自慢げにSNSに載せたことがあったけど、その時は報復としてその男がパパ活じゃなくて女性に無理やり乱暴をしたという情報と男の個人情報を一緒にばらまいて、社会的に抹殺してやったわ。」

 「ミナさんはそんな事もするんですか?」綺麗な顔をしてすごい事もするものだと思った。

 「違うわよ。私そんなに暇じゃないし。調査会社っていうのかな、そういう業者がいるからそこにやらせたの。少し話が逸れたけど、病院でピルを処方してもらうのと、秘密厳守。良いわね。」

 「わかりました。」


 近江さんとの初デート。後日ミナさんから来たメールには「グランドハイマウントホテル東京のロビーで19時に待ち合わせ」とのことだったので、クラブの会員登録の時と同じワンピース姿で少し早めに着くようにした。広くて綺麗なホテルのロビー。島には無いブランドだし、尾道や広島のホテルよりも大きくておしゃれな感じがする。ロビーを行きかう人達も洗練されているような印象を受けた。こういう所でも着れる服も買わなきゃと思いつつ、私は少し気後れして肩身が狭い。レセプションから離れた柱に立って待つことにした。近江さんが待ち合わせ時間になったら私のスマホに電話をしてくれる段取りになっている。

 「もしもし、近江です。今どちらにおられますか?」電話が時間どおりに鳴り、急いで取ると優しそうな声が聞こえた。

 「えっと、今、レセプションが見える柱の近くで…」私もレセプションから見える方へ出て見回してみる。

 「あ、分かりました。あのワンピースですよね。」

 「はい。」相手の通話が切れたと思うと、ゆっくりとこちらに歩いてくる男性に気が付いた。

 「村野マミコさん?初めまして、近江です。」そうだった私は今、朽木エリカではなく村野マミコだ。近江さんは私よりも少し背が高い。

 「はい、村野です。よろしくお願いします。」

 「良かった。レストランを予約しているので、行きましょう。」促されるまま近江さんへ付いて行き、アート作品がある廊下を通ってエレベーターで2階へ上がる。少し明かりが暗いが木目調の内装でエレベーターまで高級な雰囲気がある。「フレンチキュイジーヌ」へ入った。近江さんが入口の係員に名前と予約している事を伝えると奥の個室へと案内された。はっきりとは聞こえなかったが、彼が話した名前は近江ではなかったと思う。彼の「近江」というのもクラブネームなのだろう。個室には6人掛けの丸テーブルで、窓からはレストランウェディング等で使われるテラスが見える。

 「初めてで何が好きか分からなかったので、フレンチにしておきました。良かったですか?」テラス側を向いて二人並んで座る。

 「はい。こんな素敵なお店に入るが初めてで緊張しています。」

 「ははは、良かった。無口だったから怒っているのかと思ったよ。」

 「とんでもありません。すごく嬉しいです。」新しい体験ができて素直に嬉しい。笑顔がこぼれる。

 「プロフィールの画像と同じワンピースにしてくれたんだね。すぐにマミコさんだって分かったよ。画像も可愛かったけど実物はもっと可愛いね。あ、ちょっと待ってね。」レストランの係員がワインのオーダーを取りに来た。近江さんは呪文のようなカタカナのワインをオーダーし、私は未成年なのでミネラルウォーターにした。父親にしては若く、兄には見えないくらい年齢が上の近江さんと私の関係を係員はどのように見ているのだろうか。

 「えっと、どこまで話したっけ?そうだ。コーディネーターさんが「新しく入会した会員なんだけど、いい子だから会ってみて」って言うからプロフィール見てみたらマミコさんだったんだ。プロフィールの画像って普通は2~3枚なのに10枚もあって何だろうと思ったら、どれもモデルのように可愛くてビックリしたよ。」

 「ありがとうございます。大学に通いながら、一応モデル志望で頑張っているところです。写真を褒めてもらえて嬉しいです。」そういえば私のプロフィールがどんな感じで仕上がったのか見せてもらっていない。会員専用ページに掲載されていないからミナさんに言わないと分からないのだ。

 「ああ、やっぱりそうだったんだ。どおりで可愛いわけだ。」近江さんが話をしている間に前菜と飲み物がサーブされる。私は係員さんが部屋に来ると気になってしまうが、近江さんは気にする様子が無い。

 「マミコさん、大丈夫だよ。一流のホテルやレストランの従業員は口が堅い。彼らのプライドや評判に関わるからね。それに他のお客さんも気にならないようにこうして個室にしたから、安心して会話を続けて大丈夫だよ。」優しい笑顔だ。それにこちらの不安も的確に読み取ってくれている。プロフィールを見た時に感じたとおり、近江さんはやっぱりいい人だ。

 前菜の後、メイン、デザートと続いたが、その間、私がどのようにモデルを目指すようになったか、モデルになるためにどんな努力をしているか等、私の夢や現状を近江さんは真剣に聞いてくれた。私も近江さんの仕事の事や休日の過ごし方を聞いた。近江さんは損保会社の会社員で、保険金を支払う時の審査や金額査定をする仕事をしているらしい。仕事はハードだが給料は結構高いようだ。休日や平日の夜は家族サービスをする傍ら、奥さんに内緒で株式等の資産運用をしているらしい。

 色々話をしている間にデザートとコーヒーまで完食していた。レストランに入ってから2時間以上経っている。思えば男の人と1対1でこんなに長く自然に話したことがこれまで無かった。今まで彼氏も男兄弟もいなかったからだが、そもそも遠巻きに私を見ているだけの男達と近江さんは違う人種だったというのもあるだろう。しっかり私の目を見て話を聞いてくれて、自然な笑顔を見せてくれる。会話も面白いし、所作もスマートだ。仮に島にも同年代で近江さんの様な人がいたら、私は中学高校と恋愛が出来ていたかもしれない。


 「マミコさん、今日は楽しかったよ。まず今日の交通費を渡しておくね。」内ポケットから封筒を出して、テーブルにそっと置いてくれた。

 「ありがとうございます。すごく美味しかったし、私も楽しかったです。」ちゃんとお礼を言って白い封筒を受け取った。

 「よければまた会いたいけど、マミコさんはどうかな?」つまり、交際をして関係を深めようと言ってくれている。

 「……よろしくお願いします。」少しだけ躊躇ったが、元々私もこうなるつもりだったのだ。ピルの服用も始めている。むしろ今回限りで切られなくて良かった。

 「良かった。来週も金曜日の同じくらいの時間でどうかな?」

 「はい、空いています。」

 個室の中で近江さんが支払いを済ませ、ホテルを出る。近江さんは「タクシーで帰るように」と私をタクシー乗り場まで案内してくれて、見送ってくれた。自分の家に戻って封筒の中を見ると新札の1万円札が入っていた。本当に一緒に食事をしただけで1万円もらえた。しかも自腹では食べられないような高級フレンチをごちそうになってだ。嬉しかったが近江さんに少し申し訳ない気がした。


 寝る前にミナさんとユリエさんに今晩の事をメールで報告した。

 「エリカ:今日、会社員の近江さんとお食事をしてきました。交際の申し出をいただき、お受けしました。来週金曜日にまたお会いする予定です。」

 「速水ミナ:承知しました。上手く交際につながってホッとしました。ピルを忘れずに飲み続けてよ。」

 「ユリエ:青臭いガキのくせに「お受けしました」なんて、偉そうな事を言うようになったじゃない。お金を出し渋るような奴だったらすぐに逃げるのよ。レッスンや大学が疎かにならない程度に頑張りなさい。」

 ふふふ、ユリエさんの返信が面白い。

「エリカ:心配してくれているのか、冷やかしているのか分からないですよ、ユリエさん。」と送ってみたが、ユリエさんから返信はなかった。

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