第4話 文字どおりお子様だったのね。

 「ゼタバースクラブ」。東京メトロ銀座駅から徒歩圏内のオフィスビルの高層階にそのオフィスがあった。エレベーターを降りるとホテルの様に高級感があるエントランスがあり、頑丈そうな扉の前のインターホンをユリエさんが慣れた手つきで操作し、二言三言会話した後、電子音と共に扉の鍵が開いた。

 「ユリエさん、お久しぶりです。どうぞこちらへ。」扉の向こうにいた長身の美人女性が招き入れてくれて、応接室に通された。

 「ミナ、元気そうでよかったわ。ホームページ見たけどクラブは順調のようね。」

 「ありがとうございます。男性も女性も登録者が増えて、嬉しい悲鳴を上げています。」

 「忙しいなか悪いけど、もう一人面倒を見てほしいの。この子が電話で話した朽木エリカ。いい人が見つかる様に助けてあげて。」

 「朽木エリカです。よろしくお願いします。」和やかな雰囲気だが騙されてはいけない。この人の目、既に私の面接は始まっている。

 「初めまして速水ミナです。よろしく。」

 「速水さんって、ユリエさんのエステの先輩でもある速水さんですか?」

 「あら、私って有名人なのね。」

 「サロンのエステティシャンの方からお聞きしていました。アルバイトしながら勉強や施術の練習をして、エステティシャンになった方がいらっしゃるって。」

 「ふふふ、そうね。その速水ミナよ。」

 「ミナ、この子も昔のあなたと同じで、アレよ、その…、お金が必要なの。」

 「なるほど。ユリエさんが目を付けた有望な子だけど、バイトだけでは金銭的に続きそうにないって感じですか。」

 「そのとおりよ。素材として光るものがあるし、自惚れずレッスンも真面目に続けている。サロンでの勤務態度も良好よ。」

 「承知しました。私が彼女のコーディネーターとしてお手伝いさせてもらいます。」

 「ミナが一人で決めて大丈夫なの?クラブの了解は?」

 「あ~、大丈夫ですよ。「フレームズ」からの紹介は私が一手に預かることでオーナーの了解をもらっているし、私、コーディネーターの中でも結構“上の方”なんです。他のコーディネーターに文句言わせませんよ。」

 「へぇ、すごいじゃない。演技だけじゃなくて口も達者だと思ってたけど、こういう才能もあったのね。」

 「ユリエさんのおかげですよ。あまり大きな成果は出せなかったけど、女優にもエステティシャンにもなれたし、引退してからはクラブでの経験や実績を認めてもらえてコーディネーターになれました。…ありがとうございました。」ミナさんがスッと立ち上がり、ユリエさんへ礼をした。

 「やめてよ。恥ずかしいじゃない。それよりエリカの手続きを始めてよ。」ユリエさんが照れ笑いしている。ミナさんは席に座り直し説明をしてくれた。


 「そうですね。じゃあ朽木さん。ユリエさんから大まかな話は聞いていると思うけど、デートクラブについて説明するわね。まず、朽木さんにはクラブへ会員登録をしてもらって、同じく会員登録している男性の方と朽木さんをマッチングするわ。それぞれのコーディネーターからお互いに写真やプロフィールを提示するから、それを見て会ってみたいと思ったらデートね。一緒にカフェでお茶したり、レストランで食事に行ったり。それで朽木さんは男性から“交通費”として1万円前後を貰えるの。ここまでは良い?」

 「はい。でも、ご飯に行くだけで1万円貰っても男性は怒らないんですか?もう二度と会わないかもしれないんですよね。」

 「もちろんよ。会員は裕福な男性ばかりだから1万円くらい気にしないわ。さらに言えば、デートでどんな高級店に連れて行ってもらっても飲食費も全て男性持ちよ。慣れてきたら朽木さんから行ってみたいお店を“おねだり”してみるのも良いかもしれないわね。ちなみに私は昔、パパに美味しいお店をいっぱい教えてもらったわよ。」ミナさんがいたずらっぽく笑う。

 「続けるわよ。デートをしてお互いに関係を進めても良いと思ったら、ここからは二人の自由交際よ。お互いの合意で大人の関係になって、お互いが希望する限り関係が続く。関係が続く間、男性から朽木さんへ数万円のお手当が渡されるわ。金額や会う頻度とかは二人で相談して決めるんだけど、朽木さんレベルなら1晩10万円くらい提示しても良いんじゃないかしら。」

 「私なんかが1晩10万円もふっかけて大丈夫でしょうか。」全く自信がない。

 「もちろん食事だけじゃなくて大人の関係が前提だけどね。男性会員は妻子持ちや中年オヤジなんだけど、若い頃の様なドキドキや性衝動を女性会員との疑似恋愛で味わおうとしているの。だからつまらない女性だとすぐに関係を切られたり、お手当の額を下げられるわ。逆に、男性に気に入ってもらえたら定期で会ってもらえたり、もっと上手くいけば独占してもらえるかもしれない。だから答えとしては「“いい女”なら男はお金に糸目をつけない」かな。朽木さんはお金が必要なんでしょ。そのくらい貰えるように頑張りなさい。」

 「はい。やってみます。」

 「じゃあ会員登録をするわね。まずこちらの基礎資料としてフルネーム、年齢、生年月日、職業、連絡先、趣味・特技、飲酒タバコの可否とかをこの用紙に書いてもらえる。」

 「私まだ学生ですけど、職業欄はどうしましょう。」

 「大学生でいいわよ。」

 「次はプロフィールを作るのに身長、体重、スリーサイズを測るから全部脱いで。」ミナさん指示をしながら席を立ち、応接室の扉の鍵を閉めた後、窓のブラインドもすべて閉じてくれた。

 「え、ここでですか?」

 「そうよ、私が測る。それにタトゥー、火傷跡、ピアスとかが無いかも見せてもらうわ。」なるほどだ。言われたとおり全て脱いだ。

 「お願いします。」

 「じゃあ、この台に乗ってもらって、…身長167cm、体重45kg。B79、W58、H78ね。カップサイズはBでいいよね。肌に外傷等は……無しっと。OK、戻って服を着ていいわよ。」

 「クラブネームはどうする?まあ、ここで使う偽名みたいなものだけど。」

 「うーん。じゃあ、マミコ。…村野マミコでお願いします。」

 「誰よそれ?」今まで横でお茶を飲みながらスマホを見ていたユリエさんが聞いてくる。

 「嫌いだった高校時代の友達の名前です。聞いても無いのに親切なふりをして、私の写真で男達がオナニーしているとか気持ち悪い事ばかり言ってくるんです。」

 「ははは、確かに嫌な奴ね。」ユリエさんが爆笑している。

 「最後に交際タイプだけど、「初回はデートだけで、2回目以降は交際の可能性も有り」で良いわよね。…朽木さんは風俗で働いたり、他でパパ活歴は無いと思うけど、男性経験は何人なの?」

 「ゼロです。」

 「えっ…」ミナさんが驚き、

 「はぁぁ?」とユリエさんも驚く。

 「あれ?私、変な事を言いました?」二人の反応に私も驚いてしまった。

 「エリカ、ミナの話を聞いていたと思うけど、交際や大人の関係って、つまりここで知り合った男とセックスするって事よ。分かってる?」

 「はい。分かっています。でも、今まで周りは変な男ばかりで彼氏がいたこと無いし、今誰か好きな男性がいるわけでもないので…、その…。」

 「つまり、処女ってことね。」ミナさんが言葉を継いでくれた。

 「マジか~、文字どおりお子様だったのね。そりゃあ華も色気も出ないわ。」ユリエさんが天を仰ぐ。

 「OK。ちゃんと聞いておいて良かったわ。マッチングする男性には少し気を付けた方が良いわね。…でも朽木さん。私にとっては「よくぞ処女のままでいてくれた!」って感じよ。私が高値で引き取ってくれる人を探してあげる。ふふふ、超レア物件。燃えてきたぁ。」パソコンにデーターを入力するミナさんの目つきが変わったような気がした。

 「プロフィール用写真を撮ります。こちらは慣れてるわよね。」

 「はい。お願いします。」お茶を一口飲んで席から立ち上がる。

 「じゃあ、真面目な表情と笑顔を肩上と全身で撮るから、適当に表情やポーズを作って。」

 「はい。」今日の衣装は無難にワンピース。髪は結わずにストレートでおろし、ベルト以外のアクセサリーも着けてない。表情で勝負だ。

始めにミナさんのカメラに少し上目遣いで視線を送り、微笑んでみる。顔を真っ直ぐ正面に戻して左手で髪をかき上げ耳に掛けて、すました顔から笑顔を作る。髪ゴムを鞄から取り出し、正面を向いたまま後ろに手を回して“はにかんだ”表情で髪を結ぶ。その後その場でカメラに背を向け、ゆっくりカメラの方へ振り返る。再度カメラに背を向けてから髪を解き、名前を呼ばれたようにパッと振り返る。髪がフワッと顔の前を舞うがすぐに落ち着き、それを手櫛で整える。私が表情やポーズを取っている間、ミナさんがシャッターを連写する音が聞こえた。

 「さすがね。朽木さんはモデル志望だったっけ?普通の女性会員じゃ太刀打ちできないわ。しかもコレで処女!男性会員は大喜びよ。」

 「レッスン頑張ってるんだね。いっぱしの表情やポーズが出来るようになったじゃない。」ユリエさんが晴れ着姿の娘を見るように微笑みかけてくれた。

 「これで手続きは終了です。たぶんマミコさんのプロフィールを普通に会員ページに載せたらオファーが殺到するから、私が一本釣りで男性会員を選んだ方が良さそうね。2~3人候補を選んで後日メールするから、その中からマミコさんが会ってみたい人を選んで。」

 「わかりました。よろしくお願いします。」

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