第2話 おのぼり臭を隠しきれないピュアな苦学生

 さらに数日後、室崎さんから電話連絡があり、後日打合せのために改めて事務所に来るようにとのことだった。オフィスビルの決して広くはないテナントだが、オシャレで明るい内装で、数人のスタッフの方が働いている。私はミーティングルームに通され、1週間ぶりくらいに室崎さんと面会した。

 打合せ内容の1つ目は、私のプロデュースを担当してくれるマネージャーが室崎さんになったことだ。事務所には何人かマネージャーがいて、各タレントに担当が付く。売れているタレントさんだと一人のマネージャーが付きっきりだが、私の様な駆け出しや売れていないタレントは、一人のマネージャーが複数のタレントを管理するらしい。私は室崎さんにお世話になる事になった。

 2つ目は今後のレッスンのことだ。モデルの基礎として、ウォーキングやポージング、演技力や表現力、ボディメイク等を専門の養成所で学ぶらしいが、レッスンが月3~4回で2万円以上、宣材撮影で4万円程度必要になるらしい。レッスンは最低半年以上続けるようなので、東京に出てくるまで頑張ってお小遣いを貯めていた程度では賄えない出費になる。

 「ふふふ、朽木さんって分かりやすい子ね。表情が暗くなっているわよ。お金のことが心配かしら?」

 「すいません。でも、バイトを探して頑張ります。」

 「そう…、レッスンを受けてもすぐにオーディションで勝てるわけではないし、いつまで経っても最終選考にすら残れない子もザラにいるわよ。」

 「それでも良いんです。親には大学4年間という期限付きで大学進学と東京行きを認めてもらいました。この4年間は後で後悔しないように全て出し切りたいんです。」

 「なるほど。最初は皆そうだけど、一応熱意は伝わったわ。…そうだ。お金が心配なら、アルバイトの斡旋もするわよ。私、女性専用エステサロンを経営しているから朽木さんさえ良ければうちに来る?色々とこき使うけど、コンビニや居酒屋でバイトするよりは安心だし、タメになるわよ。」

 「ありがとうございます。ぜひやらせてください。」今までは大学が斡旋してくれる単発の試験監督等のバイトで凌いできたが、東京での生活で一番の懸案事項であった収入源が思いがけない形で確保できそうでよかった。しかも女性客しか来ない上に、恐らく女性職場だろう。気持ち悪い男を相手にしないで済むバイトなら最高ではないか。

 「本当に純粋と言うか、分かりやすい子ね。私はあなたにお金が無くて取りっぱぐれると困るからバイトを斡旋するだけ。レッスン費用はきっちり払ってもらうし、払えるまでバイトでこき使うわよ。」

 「分かりました。」

 「ところで、まだタマゴだけど、せっかくタレントとマネージャーの関係になったんだし、もっとフランクに接するようにしましょうか。私は朽木さんの事をエリカと呼ぶようにするし、あなたも私を呼ぶときはユリエでいいわよ。」

 「はい。ユリエさん、よろしくお願いします。」


 こうしてモデルとしての芸能活動より先に、ユリエさんの経営するエステサロン「ホワイトフレーム」でアルバイトとして働くことになった。後日ユリエさんに連れられてお店へ行くと、表通りから1本奥へ入った道の雑居ビルの2階で決して立地が良いとは言えないが、結構賑わっている。思ったとおり中は女性ばかりだ。

 ユリエさんは早足で歩く店員を呼び止め声をかける。

 「ホノカ、ちょうど良かった。この子は朽木エリカさん。あなたと同じ、私が事務所で世話をする子よ。ここでバイトすることになったから色々教えてあげて。」

 「はい。分かりました。」キビキビ動くショートカットの女性はユリエさんに明るい声で答えた後、私に視線を向けた。

 「エリカさん。早速で悪いんだけど、こっちに荷物を置いて手伝って。」

 私はユリエさんに許可を求める意味で視線を送ると「行って」と短く指示された。ホノカに付いて行くとスタッフルームに案内され、とりあえず鞄と上着を置くように言われ、さっそくタオルを畳む手伝いをすることになった。初日はとにかくタオルを色やサイズごとに仕分けて、畳む作業をひたすらしているうちに終わったが、バイトの役割は開店前と閉店後はお店の掃除、営業時間中は施術の準備や後片付けを手伝うことだ。一番大変なのは、とにかく大小色違いのタオルを馬鹿みたいに使うので、これを洗濯して乾燥機で乾かし、一枚一枚畳んで仕舞うことだ。確かにこんなことまでエステティシャンがやっていては、接客が出来ずお店が回らないだろう。私はホノカに教えてもらいながら少しずつ仕事を覚えた。

 ホノカと呼び捨てにしているが、一緒にバイトをするようになって友達になったからだ。当然最初はお互いに“さん”づけだったが、互いにホノカ、エリカと呼び合うようになった。タオルを畳みながらやお店を掃除しながら、育ってきた環境、今の生活、これからの夢を話し気が合った。この丸顔で優しい顔つきの保坂ホノカも私と同じく4月から東京に出てきて、大学に通いながら演技の勉強をしており、将来は女優になる事を目指しているらしい。

 とりあえず、このバイトのおかげで他の大学生と同じように2~3食食べて、冷暖房を節約しながら使い、たまに新しい服を買うくらいの生活をしながら、レッスンや芸能活動を続けることができる。余裕はないが夢に向かって進んでいる実感を持てた。

 

 もう夏だ。私のスケジュール上、最優先はレッスン。2番目は生活のためにサロンでのバイト。これらが無い時は大学の講義に出た。モデルになるのが一番だが、お金が無ければ生活が出来ないし、大学で単位を取らなければ卒業が出来ない。大学生であることが東京にいる口実であり、親に学費を出してもらっているので勉学もあまり疎かにはできない。

 たまに大学に行くと学内で迷子になりながら、教室を探し講義を受けた。100人以上入る大講義も高校と同じくらいの人数規模の講義もあったが、ハッキリ言って講義には付いていけなかった。たまにしか出席しないのだから当然だ。さらにヤバい事に大学に来ていないので、見回しても友達も知り合いもいない。ノートを見せて欲しいと頼む相手がいないのだ。結果、私の前期試験の成績は全滅ではないものの、悲惨な内容であった。

 大学の夏休みは長い。母親には「高い学費を払っているのに、なんで9月下旬まで休みなのよ」と怒られたが、この期間はレッスンが捗った。よい表情が出来るようになったし、元々身体が柔らかくバランス感覚が良い方だったのでポージングもウォーキングも様になってきた。メイクも上手になった。しかし、ボディメイクに関しては、ユリエさんが最初にコメントしてくれたとおり少し背が低いのと、もう一つ残念なのがバストがあまり出ていないためメリハリがない体型であることだ。せっかくの衣装もデザインを活かしきれず、ボディーラインが貧相で、露出が多い衣装など着れたものではなかった。ホノカには「彼氏を作って揉んでもらったらぁ」と冗談を言われたが、私にそんな相手はいない。ちなみに、かく言うホノカは大学で彼氏ができていた。あの愛嬌いっぱいの笑顔を見たら男が放っておかないだろう。


 1ヶ月に1度、マネージャーであるユリエさんと事務所で面談するが、8月の面談。

 「ここに来て4ヶ月、真面目にレッスンを続けているようね。この調子で頑張ってちょうだい。」

 「私、少しは成長したでしょうか?」

 「そうね、少しはね。でもまだおのぼり臭を隠しきれないピュアな苦学生って感じね。華は無いのは相変わらずだし、身体が長細いだけだから、まだマネキンに衣装を着せた方がましね。」ユリエさんが笑いながら言う。

 「私のことバカにしていますか?」

 「違うわよ。始めに言ったでしょ、最低半年以上はレッスンを続けるって。まだレッスンの成果なんて形にならないし、エリカの強みは整った顔に白い肌、綺麗な黒髪。何より清楚な雰囲気と透明感。今はレッスンで基礎力を上げて、さらに自分の武器をどう伸ばしていくかがカギよ。」

 「そうですか。じゃあ、引き続きレッスンを頑張ります。」ユリエさんが自分をしっかり見てくれている、考えてくれているのが少し分かった。

 「ところで、ユリエさん。」

 「なに?」

 「ホームページで見たんですが、私やホノカと同じように春から事務所に入った子で、えっと、五島カオルって子だと思うんですけど、もうデビューしたんですね。」

 「ああ、タウン誌の夏休み特集に浴衣姿でお寺や水族館に行って、ワザとらしいポーズをしてた子でしょ。」

 「私、負けてないと思っていたんですけど、あっという間に先越されちゃいました。」

 「ふふふ、そりゃあ“枕”を使ったからよ。あの子のマネージャーは自分の担当を売り出すために時々反則技を使うのよね。エリカもやりたい?」

 「枕って枕営業の事ですよね?嫌ですよ、私。…でも、本当にあるんだ。」

 「使い捨てされるだけだから私はお勧めしないけど、あるにはあるわ。テレビ局や出版社、広告代理店や音楽プロデューサーに媚び売って、突然メディアへの出演が増えて、いつか急に消えるの。」

 「長続きしないって分かっているのに、どうして事務所はやらせるんですか?」

 「うちのマネージャーが無理やりやらせたとは限らないわよ。事務所側からすると、レッスンをさせても「こりゃあダメだな」って子が少なからずいるのは確かだけど、本人側も自分が飛びぬけて可愛いと思っていたら勘違いだったとか、勘違いだとしても一旗揚げたいって場合もあるし、レッスン等のお金が続かなくなってデビューを急ぐ場合だってある。そういう子に芸能活動の実績というか、思い出を作ってあげるの。“鳴かず飛ばず”で引退して地元に帰るより、例え小さくても足跡を残してみないか?って感じね。」

 「親切なんだか、残酷なんだか分からないですね。」

 「残酷と言えば残酷かしら。初めて会った人に身も心も投げ出して、聞いてもらえるかどうか分からないお願いを一晩中するんだから、キツイと思うわよ。営業する相手にもよるけど、モデルや女優のタマゴが何でも言うことを聞くんだから、乱暴と言わないまでも酷い命令をされたりもするでしょうね。恋人と過ごす一夜とは確実に違うものになると思うわ。想像するとこんな感じね。」


 『五島カオルとそのマネージャーは、雑誌の編集長へ直接出演をお願いするためにホテルの一室で待っている。部屋はカオルの名前でダブルの部屋を一泊。ホテルの名前と部屋番号をマネージャーから編集長へ電話で伝え、夜9時に会ってもらえる約束を取り付けた。しかし9時の予定が10時になっても編集長は現れない。二人は部屋でテレビやスマホを見ながら待っていた。10時40分頃にやっと編集長が部屋に現れる。

 「ごめん、ごめん。お待たせしました。晩御飯食べながら打合せしていたら遅くなりました。」お酒も入っているのだろう上機嫌だ。

 「編集長、わざわざ時間を作っていただいてありがとうございます。うちの事務所の新人、五島カオルです。」マネージャーは腰を低くしてカオルを紹介する。

 「この子?ふーん、じゃあ始めようか。マネージャーさんはもういいよ。」編集長は上着から脱ぎ始める。

 「あの、プロフィールはいかがしましょう?」カオルが急な展開に焦って編集長とマネージャーの双方に忙しなく視線を送っている中、マネージャーがオドオドしながら声をかける。

 「ああ、後で見るからデスクに置いといて。」編集長はもう下着姿だ。

 「では、失礼します。」マネージャーは言われたとおりプロフィールが入った封筒をデスクの上に置いて、足音もドアを閉める音も出さないように静かに部屋を去った。

 「カオルちゃんだっけ?早くしろよ。」

 「はい。」自己紹介や自分の熱意を聞いてもらってそのままデビューを決めてもらえたらラッキーだし、取引条件として最悪抱かれるのも仕方ないと思っていたが、始めにアピールする時間すらもらえず落胆した。しかし、ここでゴネても印象が悪くなるだけだ、潔く上着から脱いだ。

 「いい体しているじゃないか。やっぱ若い娘はいいねぇ。」編集長はゆっくりブラを外しているカオルをベッドへ突き倒し、乱暴にショーツを剥ぎ取り、すぐに正常位で入れてきた。

 「い、痛い…です。」濡れていないのに半ば強引に入れられて痛みを訴えたが、編集長はカオルの言う事を無視してセックスを続けた。上に乗る編集長の口からはビールの匂いがし、体からは汗と“おっさん臭”がして苦痛だったが、10分程耐えていたら終わったようだ。

 「ふー、すっきりした。ずっと忙しくてさぁ、溜まってたんだよね。一回、風呂に入ってくる。」そう言うと編集長はさっさと体を離してコンドームを外し、一人でシャワーを浴びに行った。カオルにとってはコンドームを着けてくれていた事だけは救いだったが、もちろん1回で終わるはずがない。この晩2回目は、1回目とは逆に“ねちっこく”体中舐めまわされたあげく、カオルからも編集長の長い毛が数本周りに生えている乳首や、生臭いペニスを舐めることを命じられた。編集長は「ちゃんと躾が行き届いているじゃないか」と笑った後、入れてきた。編集長は1回目より長時間行為に耽り、自分だけ気持ち良く満足して終わった。

 翌朝、編集長は朝一番でシャワーを浴びた後「またマネージャーさんに電話するから」と言って、朝食もとらず部屋を出て行った。部屋にはカオルのプロフィールが入った封筒が未開封のまま残っていた。』


 「やめてください。聞いているだけでも気持ち悪い。」理不尽さに当事者でもないのに怒りがこみ上げてくる。

 「まあ、一応出演できたんだから、これでもましな方よ。でも、枕を一度すると次からも枕をしないと仕事を取れなくなる上に、これが続くと散々遊ばれた挙句に飽きられて、芸能界から消えることになるけどね。」

 「そこまでしてもデビューして、芸能界で生き残れるとは限らないんですか?」

 「そりゃあそうよ。可愛い子も、綺麗な子もいくらでもいるし、枕を持ち掛けてくる子だってたくさんいるんだもん。だからいい?エリカは普通の営業はしても媚びちゃダメ。実力以上の事を無理にやろうとしないことよ。ゆっくりで良いからたくさんの相手からオファーが来るモデルになれるように頑張りなさい。」

 「4年間でどこまで行けるかな…。」

 「それは私にも分からないわ。今はレッスンを頑張ることね。」

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