マミコの足跡
@edage
第1話 田舎高校の卒業アルバムの中では可愛い子
朽木エリカ。瀬戸内海の島で育ち、島の中学校を経て、本土の私立高校へ進学した。勉強は中の上、運動も中の上。絵や彫刻、歌や演奏等の芸術面も中の上。学校の通知表では優秀な生徒の一人だった。しかし私は島では圧倒的に容姿に恵まれていた。「島の田舎者にしては」と言われているみたいで、褒めてもらっているのか、バカにされているのか分からないような言葉だが、「可愛い子だ」と周りから言われた。中学・高校時代は、教室で友達とおしゃべりをしている私を廊下から遠目に見る男達が絶えなかったし、通学の時に私が徒歩や自転車で走っていると男達は道を譲り、フェリーに乗れば男達が席を譲ってくれるのが日常茶飯事だった。同年代の学生だけだったらまだ良い。買い物をする商店の店員さんや、島の近所の漁師さんや農家さんまで、男という男が遠巻きに私を見てくる。しかし、男達はあくまで私を見ているだけで、私と目が合うと顔を赤らめて目をそらし、私から話しかけるとふたつ返事で何でもお願い事を聞いてくれるが、それだけだ。例えば「つきあって欲しい」と告白されたり、電話番号やメールアドレス等を聞かれることも無かった。
高校生2年生の冬だったと思う。中学、高校と運動会や文化祭、修学旅行等のイベントで学校の先生が撮った写真を学校で販売していたが、私が写っている写真を男子生徒達が買い、まるで漫画の回し読みのように貸し借りをしているという噂を女友達から聞いた。制服姿の私が班のみんなと集合写真に写っていたり、ジャージ姿の私がグランドを走っている写真をである。私には意味が分からなったが、詳しく聞くと頭が悪い男が尾道の本屋で買ったエッチな本と一緒に私の写真を回覧し、男達が順番に有り余る元気を発散させていたというのが真相だ。私は同学年の女性の中では長身な方であったが胸は小さく、目を引くようなものではないし、先にも言ったとおり制服やジャージ姿ばかりできわどい服装をした写真は無い上、興奮をそそるようなポーズをした写真も無いにも関わらず、自分専用のスマホを持っていない奴もいるからと、わざわざエッチな本と私が写った写真を一緒に持ち回りしていたようだ。
ちなみにその女友達の彼氏が言うには、私が高校1年生の時のマラソン大会で、3kmを完走した直後、息も絶え絶えに苦しそう表情で少し上を向いて立っている時の写真が一番人気らしい。男達は私の苦悶の表情を、私と行為をしている時の表情と勝手に自分の中で読み替えてオナニーしていたらしい。Tシャツ姿という薄着で少し背を反り、薄っすらスポーツブラが透けていたのも人気のポイントとのことだ。「朽木さんは可愛すぎて高嶺の花だから、最初から付き合うのを諦めて、変な想像するくらいしかできないんだよ。情けない男達ね。」と友達はフォローしてくれたが、この話を聞いた後、私への男達の視線は、可愛い、綺麗だともてはやす恋愛の対象ではなく、性の対象として想像の中で犯さすためだったと知り、吐き気がした。男という男すべてがそうではないと思うが、気持ち悪い。そりゃあ、オナニーで変な想像をした女と実際に目が合えば恥ずかしいだろうし、目をまともに見返せないだろう。ウジウジと遠くから見ているだけの男という生き物へ嫌悪感を持つようになり、甘酸っぱい青春は期待しないようになった。
私は島の人間から異物のように扱われているように感じたが、“お姫様”扱いされるのは容姿の他に思い当たる理由があった。私の一家は私が中学生の時に東京から島へ移住してきたのだ。父親が東京の仕事で過労が積み重なって体調を崩し、ゆっくり田舎暮らしをしようとしたのだ。結果、年収は大幅に減ったようだが、気持ちにも時間にも余裕ができたのか私達姉妹と一緒に過ごす時間も増えた。都会から閉鎖的でムラ社会の田舎へ移り住んで来た一家は、島の人間にはない雰囲気を纏っていた。両親とも若くて美男美女だった上、元金融機関勤めで金銭的な余裕があり、知的で文化的でオシャレであったのが島の人間にとって近寄りがたい存在になった原因であろう。姉も私も「“あの”朽木さんとことの子」という扱いを受け、島の人間に心から受け入れられた気がしなかったし、私も島に馴染むことが出来なかった。
私は高校を卒業後すぐに東京の大学へ進学した。馴染めない島から、気持ち悪い男達から、逃げるように立ち去ったのだ。別に東京じゃなくても大阪でも京都でもたくさん大学があるじゃないかと思われるかもしれないが、親が都落ちした東京に住んでみたいという好奇心と、「モデルになる」という夢をかなえるため東京である必要があった。姉が買っていた雑誌「MOST」を私も中校生になってから見せてもらうようになり、ファッションやコスメに興味を持ち、モデルに憧れ、いつか自分もモデルになりたいと思うようになった。モデル達は最先端の服や鞄、アクセサリー等に身を包み輝いていたし、同世代の女性達から可愛い、綺麗だと崇められ、真似されるお手本となっている。男ではなく女性に認められる、女性の目標になるというのが自分の中で特にインセンティブになった点だ。「MOST」のようなファッション誌は島の商店では販売数が少なかったので、それこそ友達とも回し読みをして「卒業して就職したら」、「都会の大学に行けたら」と枕詞をつけて、路面店で服を買ったり、デパートで化粧品を買う夢や憧れを女同士で語り合った。男の想像上のおもちゃになるのではなく、女性の目標やお手本になる存在「モデル」が私のめざす進路、目標となった。
私は「可愛い」と男女問わず言われ、実際に周りからお姫様扱いされてきたので自信があったし、テレビやネットや見るアイドル連中も何故あの程度で男達が熱狂してグッズを購入したり、楽曲をダウンロードするのか私には分からなかった。私の方が絶対に可愛い。しかし広島のデパートで年に何回か買い物するのにワクワクし、尾道の街を歩くオシャレな観光客を羨むような生活を続けていてはモデルになんてなれない。フェリーターミナルでフェリーを待っていても、海岸沿いを自転車で走っていてもスカウトはされないのだ。日本の中心、文化の発信地、東京で大学に通いながら芸能活動をしたい。
私の東京行きには両親にも姉にも反対された。「東京じゃなくても大学はある」、「そんなに仕送りをしてあげられない」、「モデルなんてほんの一握りしかなれない」ともっともな指摘を受けた。しかし「大学4年間で全く芽がなければ島へ戻って就職する」ことを条件に何とか二人を説得した。ちなみに、姉は高校卒業後、家の経済事情と、一人暮らしで大学に行くことはできないと進学を諦め、広島が拠点の地方銀行に就職していた。
4月、憧れていた東京の人間になれた。関東英和学院という私立大学だ。「へ~、エイガクの学生」と言ってもらえるくらいには有名な大学だが、勉強する探求心よりもモデルとして活躍する栄達心の方が強かったので、自分が今、東京にいるという事に武者震いがした。大学でのオリエンテーションや講義もそこそこに、まずはスカウトが多いと言われている原宿や渋谷を用事も無いのに歩いてみた。島では常に感じた男のねっとりした視線を東京では感じることが少ないのと裏腹に、声をかけられることもなかった。スカウトらしい人をこちらから探しても見つからなかった。入学からゴールデンウィーク明けまで何度か足を運んだが、声をかけられるのはチャラいナンパ男と胡散臭い風俗スカウトだけだった。
スカウトをしてもらう作戦を諦め、自分から芸能事務所の扉を叩くことにした。いくつかネットで調べ「フレームズ」という事務所にあたりを付けた。「あなたを額入りの写真に飾られる大女優、名俳優、トップモデルになれるようプロデュース」してくれるらしい。一応予め電話をし、モデルになりたいという希望を伝えたところ、面接をしてもらえることになった。室崎ユリエと名乗る女性が対応してくれるとのことだ。
事務所の応接に通され、テーブルをはさんで向かい合い、皮張りの椅子に腰かける。
「朽木エリカさん。今日は当事務所へ面接に来てくださってありがとうございます。モデル志望なんですね。」室崎さんはアナウンサーのように品があって、落ち着いている綺麗な女性だ。この人も芸能人か元芸能関係者なのだろうか。緊張しながら室崎さんの人となりを想像してみた。
「はい。雑誌のファッションモデルに憧れて、この4月に東京へ出てきました。」
「なるほど。電話を受けた時、自分から芸能事務所に乗り込んでくるくらいだから、きっと自信があるんだろうとは思っていたけど、ただの勘違い女ではなさそうね。特に透明感があって良いわ。」室崎さんが微笑みかけてくれた。
「ありがとうございます。」
「ちょっと立って、その場でゆっくり、くるっと回ってみて。」
「はい。」言われたとおり席を立ち、全身を見てもらえるように机と椅子から少し離れてゆっくり一回りした。
「OK。うちの事務所でプロデュースさせてもらうわ。」まだ事務所に来て10分も経っていないのに、あっさり登録を認められた。
「ありがとうございます。」
「でも、まだ喜ぶのは早いわよ。ここまではある程度の子なら誰でも来られるの。いきなり厳しい事を言うけど、モデルになるには朽木さんは背が少し低いわ。それに華が無い。朽木さんくらいの子なら東京には掃いて捨てるほどたくさんいるの。」
「そんな。…でも、プロデュースしてくれるんですよね。」
「ええ。背はどうしようもないし、致命的なほど低いわけではないから良いわ。問題は『華』よ。抽象的で分かりにくいかもしれないけど、目を引く輝きというか、人前に立つ人間が纏う雰囲気やオーラが朽木さんには無い。今のあなたは写真を撮っても、せいぜい田舎高校の卒業アルバムの中で可愛い子レベルね。…でも、手を尽くしてやってみる価値はあると思うわ。」室崎さんが私の全身を舐めるように見ながら説明してくれる。
「どうすれば良いのですか?」
「華は子役のように生まれつき持っている人もいるし、後天的に身に着ける人もいる。残念だけど頑張ってもいつまで経っても身に着かない人もいる。朽木さんが今後どう化けるか、化けないかは分からないし、モデルデビューを保証もできない。でも、まずはレッスンを受けてもらって、オーディションや営業で経験を積んでもらいます。競争が激しいし、お金もかかるけど、続ける覚悟がある?」
「覚悟はあります。…お金はありませんが…。」
「そう。まぁ、しばらくは“鳴かず飛ばず”だと思うけど、仮プロフィールを作らせてもらうわ。」室崎さんは私の顔写真と全身写真を撮り、身長や趣味・特技等を聞いて仮プロフィールを作ってくれた。最後に連絡先を聞かれてこの日は終わった。数日後、事務所のホームページを見ると何十人といるタレントの中に、私のプロフィールも掲載されていた。まだ室崎さんが事務所で撮った写真を使った仮備えのプロフィールだが、CMや雑誌で見る女優やモデルと同じサイトに私のプロフィールが載っただけでも嬉しくなった。
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