48.ユーノの日 8


 ユーノの日。

 私はケイン君とカスタード・プディングを手作りした。

 表面にスも入らず、なめらかに仕上がった。キャラメルソースも、薄すぎず、濃すぎず、ほどよい色で、ほどよい苦みだ。


「うまくできたよね、スノウ」

「うん。おいしいね」


 喫茶の隅で、ケイン君とひざを突き合わせながら食べていると、台所で兄弟とそうやって食べていたのを思い出した。


「おいしそうだね。二人で作ったの?」


 私はイスから飛び上がりそうになった。声をかけてきたのは、イル様だ。

 興味津々で私たちのプディングをのぞきこんでいる。


「よ、よかったら、食べますか?」

「ぜひ頂きたいけど。今日は急いで帰らないといけなくて」


 持って行ってもらえる焼き菓子にすればよかった、と後悔したけど、その必要はなかった。


「明日もまた寄るから、残しておいてもらってもいい?」

「もちろんです!」


 やったあ! イル様に、食べていただける。私の作ったものを。

 明日来るなら、また明日作ろう。

 私は試食の済んだプリンをケイン君と分け、マロンやジンジャー、お店のスタッフに配った。


「おいしい~っ。牛乳の代わりに生クリームを入れたり、卵黄だけ使って味を濃くしたりとか、バリエーションは色々あるけど。一番落ち着くのは、この味よね」


「うまいで、二人とも。次はワイの故郷の味、バクラヴァをどーぞ」


 ジンジャーが、パイのように薄い薄い生地が重なったお菓子を出してきた。

 合間にピスタチオや松の実、カシューナッツなどがたくさん挟まれている。


 一口サイズだったけれど、味は強烈だった。

 甘い。噛むと、じゅわっとシロップが染み出してきて、とても甘い。人生で初めて出会ったというくらいの、強烈な甘さだ。


「忘れられそうにない味です」

「やろ」


 ジンジャーはニカッと笑って、二つ三つとバクラヴァを食べた。


「私からは、これ。この日は甘いものばっかりになるから、しょっぱいお菓子にしてみました」

「揚げ菓子か? 香ばしいな」

「なんの粉? 小麦じゃないよね?」


 マロンの出してきた物に、ジンジャーやケイン、スタッフさんたちは首をかしげるが、私はすぐに分かった。

 米だ。蒸して潰して、揚げてある。つまりは揚げあられ。


「答えは、先日、ジンジャーさんに仕入れてもらったものでーす」

「米か! 蒸したり炒めたりして食べるんは知っとったけど、揚げるってのもあるんやなあ」


 うまっ。懐かしっ。めっちゃ舌になじむ味っ。


 マロンのお菓子に関する博識さが超ウルトラ級にありがたい。こんなところで故郷の味に再会できるなんて。

 惜しむらくは、おしょうゆなくて、全部塩味なことだけど。

 皆が物珍しがりながら食べる中、私は夢中で食べた。


 合間に、喫茶のマスターが作ってくれた、お酒と生クリームを入れた甘いコーヒーを飲む。

 スタッフさんからも、パイ菓子やらチョコレート菓子やらゼリー菓子やら、色々もらった。


 今日はお菓子だけでお腹いっぱいだ。もう甘いものはいらないな。


 そう思って帰宅すると、家の中にも甘いにおいが充満していた。

 メイドさんがお菓子を作っているのかと思ったら、ちがった。

 台所から出てきたのは、イルだった。


 エプロン姿……だと!?


「お帰り、シュガー。今日も一日おつかれさま」


 なんですか。それ。わたくしめにそんな尊く貴重なお姿を披露してよいのですか?

 イル様のエプロン姿なんて、妄想にしか存在しないと思っておりましたよ?


「ごはんにする? ブラッシングにする? それとも僕と遊ぶ?」


 は? 全部お願いしますけど?

 感極まりすぎて、逆切れ風になってしまった。


 イルは窓辺で固まっている私を、テーブルに座らせた。甘いかおりの正体をもってくる。


「『ユーノの日』だから、シュガーにプレゼント。スノーボールクッキーだよ」


 銀のお皿に盛られていたのは、粉砂糖をまぶされた、白く丸いクッキーだ。


「マロンに教えてもらって、作ってみたんだ。はじめてだから、形がちょっといびつなのは見逃してね」


 ご自分でお作りになられたのですか!?

 今日、急いでいたの、このためだったのか。

 イルはお店で売っていてもおかしくない仕上がりのクッキーを一つとって、私の口に運んできた。


「はい、シュガー。あーん」


 感動にうち震えながら口を開けたら、途中でクッキーは遠ざかって、イルが食べてしまった。


「猫には食べさせられないから、気分だけね」


 あああっ! 何この生殺し! 死んでもいいから食べさせてください!


 クッキーに飛びかかろうとしたら、イルにやさしく抱き留められた。


「本命は、こっち。特製の晩御飯だよ」


 猫の味覚と健康を考えて作られた、生肉と野菜を混ぜ合わせたごはんが用意されていた。当然のようにおいしい。


 少ししてから、マロンがケーキの箱を持って家にやってきた。

 スノーボールクッキーを見て、くすっと笑う。


「かわいい。丸まったシュガーちゃんそっくりね」

「だからこれに決めたんだよ。どう? ローズ先生。評価は」


「おいしいし、私が作るよりきれい。はじめてでこれなんて、なんか腹立っちゃう」

「うん。よくいわれる」


 イルはマロンの口元についた、粉砂糖を指先で取った。甘ーい。


「たくさん作ったのね。残りはどうするの?」


「遅れてお菓子をくれる人もいるし、そのお返しに配るよ。

 今日、スノウさんにプディングをおねだりしたから、こっちもお返ししないといけないし」


 あっ。そうなんだっ。スノウの私にもくれるんだ。

 なら安心だ。私もちゃんと、イル様お手製のお菓子が食べられる。

 明日のイル様のプディングは、張り切って作ろう。


「あれ。新作か?」


 翌日、イル様の後にやってきたカイザーが、イル様のテーブルにあるプリンを目に留めた。

 私は胸を張って答える。


「私のスペシャルプティングです」


 イル様に捧げたプリンは、スペシャルというにふさわしい出来だ。

 皿にはプリンだけでなく、果物やアイスもモリモリ。愛があふれすぎてプリン・ア・ラ・モード化している。


 自分の作ったものが、推しの血となり肉となるこの感動。

 わが人生に一片の悔いなし!


「もうないのか」

「大尉のお好みは、こっちでしょう」


 私はカイザーの席に、カットしたガトーショコラをおいた。

 好物を当てられて、おどろいている。


「どうもお世話になりました。

 おかげさまで、最後まで正体がバレずに済みそうです」


「同居人に正体、まだいってないのか?」

「いうつもりないですから」


「好きなんだろう」

「べつに両想いになりたい訳じゃないんです」


 カイザーは理解不能、という顔をした。

 ファン心理というのはフクザツなのだ。


「うまい」

「味は確実ですよ。作ったのは店長ですから」


 私は残りのガトーショコラが入った箱を、カイザーの前に置いた。

 が、不満げにされる。


「スノウ。あれも出せ」


 プリンを指差された。

 余っていたので、そのまま持っていったら、ダメ出しを食らった。


「あれとそっくり同じにしろ」

「ええ? 勘弁してくださいよ。すごい手間かかるんですから」


 口答えをしたら、髪をさわられた。

 しっぽのようなポニーテールを。


「なんでもするといったよな?」


 うぐっ……

 この男に弱みを握られたのは痛恨のミスだ。


 けど、おかげでカイザーと店員Aなんていうふざけた恋愛ルートは自動的につぶれたし、エンディングまで後少し。我慢だ我慢。

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