45.ユーノの日 5
「私も一緒でいいんですか?」
思わず聞いたら、マロンにきょとんとされた。
「私一人じゃ、男性の家にお泊まりなんてできないわ」
おっしゃることは、この世界の社会通念を考えると、ごもっともなんですが。
ゲームでは、一人で泊まりに行っていましたよね?
で、自分の寝巻を濡らしてしまって、男性キャラの服をお借りしていましたよね?
『泊めてくれた上に、シャツまで貸してくれてありがとう。
やっぱり、男の人の服は大きいわね』
って、恥じらいながら彼シャツ姿を披露してくれましたよね?
あれは私という存在がなかったから、仕方なく、だったのか?
そんなあ。二人きりでなかったら、甘いドキドキも半減だよ。
「ひょっとして、スノウちゃん。今夜、都合悪かった?」
都合が悪いというか、私の場合、だれかと一緒にお泊まりなんてムリだ。
私は眠ったり、意識がなくなったりすると、猫に戻ってしまうのだから。
「それならいいわ。私の気のせいかもしれないことなんだし。
どうしても怖かったら、ホテルに泊まりに行くか何かするから」
「ホテルに泊まりにって。店長はん、どうしたん?」
香辛料の配達にきたジンジャーが、耳ざとく私たちの会話を聞きつけた。
マロンは簡潔に事情を説明する。
「それなら、ワイの泊まっとるとこ、くるか? 旅商人専用の宿やけど、口利いたるでさ。大所帯でやかましいけど、安全は安全やで」
「あら、楽しそう。にぎやかなの、好きなんですよ」
「マロンお姉ちゃん、僕のお店にも泊まりにおいでよ。まだ空いてるお部屋、あるし。おかみさん、お客さんが来るの大歓迎だから」
配達にきたケイン君まで、マロンに宿を提供しだした。
さすが主人公。即座に男性キャラたちが我も我もと手助けをっ!
「どうかしたのか」
げっ。カイザーまできた。
私は事情を簡潔に説明しつつ、フラグを叩き潰すことにした。
「今度は店長の家に空き巣が入ったらしいんですけど、今夜は私が店長と一緒に居るので、何も心配はないです。大丈夫です。気にしないでください」
私はぐいぐいとカイザーをマロンから遠ざける。
マロン争奪戦に、これ以上ライバルが増えてたまるかっ!
「スノウちゃん、今夜、やっぱり一緒にいてくれるの?」
「います。私が一緒に居ますから。皆さん、ご心配なく」
私は全員に向かって念を押したが、返ってきた反応は期待とちがった。
「スノウも一緒って。よけいに危ないんじゃない?」
「美人店長と看板娘のセットて」
「べつの犯罪を呼ぶぞ」
モブ顔にしなかったことを、あと何度悔いればいいの。
「二人一緒に来ても大丈夫だよ。部屋広いから」
「ワイのとこも大丈夫やで。スノウはんも来やあ」
「実家使うか? 今は母と妹だけの女所帯だから」
「大尉の家、いいですね。女同士の方が、こっちも気が楽ですし」
ぎゃーっ。事態が悪化した!
気が遠くなりかけていたら、救世主が現れてくれた。
イルだ。マロンがすぐに気づく。
「イル。ちょうどよかった。今、あなたに連絡を取りたいと思っていたところだったの」
「どうかしたの?」
「今夜、もし、私とスノウちゃんであなたの家に泊めて欲しいっていったら、迷惑?」
イルは不思議そうにしたものの、すぐに、いいよ、と請け負った。
「ベッドが一つしかないけど、マロンとスノウさんなら、一緒に寝られるよね」
「ありがとう。スノウちゃん、イルの家でいい? それとも――」
「フロッタンテさんで!」
ありがとうございます、イル様。ナイスです、イル様。絶妙のタイミングでした。
ああ、危なかった。
これで今夜、私、猫にならないよう、徹夜で起きてないといけないけど。
マロンがイル以外の家に行くよりはマシだ。
「急に泊めて欲しいなんて。何かあったの?」
「じつは――」
マロンとイルが喫茶の方へ消えていくと、ジンジャーとケインはそれぞれ仕事にもどって行った。
カイザーもケーキの注文を済ませて、いつも通り、喫茶に座る。
「今度は空き巣か。災難つづきだね」
「気のせいかもしれないんだけどね。今度も何も取られていないから」
マロンとイルの会話が聞こえてくる。
事情を聞いたイルは、形のいい眉をひそめた。
「ひょっとすると、前回の泥棒も同一犯かもね。
そして、金銭目当ての犯行ではないのかも」
「お金以外に取るものって、ある?」
「あるよ。君がいつも持ってるレシピノートだ」
イルは、マロンのエプロンのポケットを指した。
「君はいろいろなお菓子のレシピを知っている。
同業者からしたら、喉から手が出るほど欲しいんじゃないかな」
「そんな。聞いてくれたら、教えるのに。先日、スミレ菓子店さんにだって、教えたくらいなのよ?」
「世の中にはプライドが邪魔して、素直に聞けない人もいるんだよ」
マスターが運んだコーヒーを、イルは一口飲んだ。
「一番怪しいのは、キルシュ菓子店かな。新年早々、このお店をスパイに来ていたくらいだし」
「なんであんな大きなお店が、うちを?」
「キルシュ菓子店は王室御用達の歴史ある名店だけれど、最近は、時代遅れっていう批評も浴びていてね。
来月、王室御用達を名乗れるかどうかの審査があるんだけど、通るかどうか危ういってウワサだ。
焦って、こんな暴挙に出ている可能性もあるんじゃないかな」
大当たりです、イル様。ご明察。ハラショー!
「私、どうしたらいいの? こっちからキルシュ菓子店さんに、レシピあげます、なんていっても、ダメなんでしょう?」
「何か策を練るよ。店長の奥さんは、うちの百貨店のお得意様だし、仲もいいから。そこから何か解決の糸口を探してみる」
「ありがとう。あなたが味方で、すごく心強いわ」
マロンはイルの手を握った。うおおお、いい展開!
イル様の方は「よかったら、しばらくうちで暮らす?」なんて誘ってるし。
やった。もはや私の勝ちだ。完全勝利だ。
あとは無難に、マロンの拉致イベントをこなすだけだな。
夜。仕事が終わると、私はマロンと一緒に店を出た。
「私、着替えを取りに、いったん家に帰るわね。また後で」
「私もついて行きますよ」
「スノウちゃん、寝巻とか取りに行かなくて大丈夫?」
「お店にこれをおいていたので」
私は人間になった当初に着ていた、白いワンピースを取り出した。
「荷物は軽い方がいいし。イルの家に、私の手荷物と、スノウちゃんの服をあずけていきましょうか」
イルのマンションに寄り道してから、私たちは身軽なかっこうで、マロンの家にむかった。
「ありがとね、スノウちゃん。付き合ってくれて」
「いえ。店長には雇ってもらって感謝してます」
「これからもよろしくね」
来年もその先も期待している様子のマロンに、私は口ごもった。
そろそろいっておいた方がいいのかもしれない。
私はいつまでもここにはいないことを。
「店長、私――」
「――きゃっ」
少し先を歩いていたマロンが、みじかく悲鳴を上げる。
横道から伸びてきた腕が、マロンを路地裏に引きずりこんだ。
えっ。拉致イベント、もう来るの!?
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