38.冬至祭 2


「冬至祭の定番料理というと、こんなものだが。

 他に食べたいものがあったら、好きに頼め」


 翌週、土曜の夜。

 私はお城近くのレストランで、カイザーと向かい合っていた。

 わからない。どうして私は推しのライバルと、食卓を囲んでいるの?


「……大尉。ご用件をどうぞ」

「用件?」

「何か話したいことがあるから、呼んだんですよね?」


 遭難したときのこととか。

 覚悟を決めてたずねたが、カイザーの反応はあっさりしていた。


「べつにない」

「なんで一緒に食事なんですか?」


「礼だ。おまえのおかげで、森から帰ってこられた気がするから」

「身におぼえのない貸しを返されても困ります」


「分かってる。でも、とにかく、自分一人の力では帰って来られなかったと思っているから、なにかに恩返ししたい気分なんだ」


 カイザーは私の皿に、料理を載せた。

 席を立っている私を、やれやれといった感じで見てくる。


「おまえのことだから、収穫祭の時の借り、まだ気にしているんだろう?

 今日、一晩つき合ってくれ。それで貸し借りなし。どうだ?」


 私はしぶしぶ、イスに腰を落ち着けた。


 改めて、テーブルの料理をながめる。魚のフライとポテトサラダ、スープ。大麦ときのこを煮た料理。レーズン入りの編みこみパン。


「この白身のフライって、なんの魚なんですか?」

「鯉だ。スープはそのアラでダシを取っている」


「最近、市場でよく見ると思ったら、冬至祭用だったんですね。

 くさみも全然ないし、生より食べやすいです。おいしい」

「……火は、通した方がいいぞ」


 大尉がやたら真剣に、諭すように言ってきた。

 そうですよね、お刺身文化なんて異端ですよね。黙って食べよ。


「ごちそうさまでした。どれもおいしかったです」


 それでは、と去ろうとしたら、腕をつかまれた。


「送っていただかなくて結構です」

「何も戸口までとはいわない。途中までだ。でないと、借りを帳消しにしない」


 住まいが対岸なんて、適当なこというんじゃなかった。

 カイザーと別れたら、兵舎まで、道を引き返さなくちゃいけない。


「ここにもマーケットが立ってる」


 通りすがった広場で、冬至祭の特別マーケットが開かれていた。


 夜になって、マーケットにはオイルランプやロウソクがともされていた。

 ゆらめく炎が、屋台や人の輪郭をやわらかく照らし出している。

 あたたかく、幻想的な光景だ。電灯に慣れた私の目には、新鮮に映る。


「冬至祭のマーケットもはじめてか?」

「そうです。仕事帰りに何度か見ているので、まったくの初めてではないですけど」


 店先にならんでいる雑貨やお菓子、日用品も物めずらしく、つい見入ってしまう。

 あちこちに目を奪われていたら、肩に手を回された。


「こういう場所は、スリや痴漢も出るから、用心した方がいいぞ」

「気をつけます」


 私は表情を引き締めた。でも、だからといって、肩から手ははなれなかった。


 気づかいはありがたいんだけど。

 なにか、非常に、アレだ。距離が近くて気まずい。というか、気恥ずかしい。

 よく当然のようにこんなことできるな。これが王道ルートキャラのスキルというものか。恐ろしい。


 なんとか自然に距離を取りたいと思っていたら、ジンジャーの姿を見つけた。救われた思いで駆け寄る。


「夜も営業なんですね。もうかりまっか?」

「ぼちぼちでんな。稼ぎ時やでな。昼も夜もおかげさんで、いそがしいわ」


 先客の男性が、ローズ菓子店のアイシングクッキーを買っていった。お買い上げ、ありがとうございます。


 そういや、いつかジンジャーのお店で何か買おうと思っていて、まだ何もだ。この機会に買っていこう。


 陳列台には、手ごろな値段の指輪やネックレス、髪飾りなんかがあったけど、私が気になったのは、わずかにある男性用のアクセサリーだった。


 懐中時計やカフスリンク、タイクリップ。

 青い石のついたネクタイピンに惹かれる。

 イルの目の色と同じだ。

 欲しい。

 でも、渡せないんだよね。猫だから。


「ありがとう、シュガー。似合う?」


 妄想の中でイル様がほほ笑んでいらっしゃる。

 ああっ。現実で見たいよう。


「スノウはん。それはネクタイピンゆうてな。男性用やで」

「さすがにそれは知ってますよ」


「スノウはん、家族おらんゆうとったのに、見るでさ。てっきり知らんのかと。

 意外やな。だれか贈る相手がおるんか」


「家族ではないんですけど、まあ……好きなので。贈りたいなって」


 ジンジャーが興味津々で、身を乗り出してきた。


「ひょっとして、都にきたんは、その人に連れられて?」


「少しちがうんです。その人がいたから、ここに来たんです。

 ……とても好きだったから。私はその人に救われたから。どうしてもその人に幸せになって欲しくて。

 今は、日々、そのために生きてます」


 ジンジャーにぽかんとされた。

 そうですよね。私は独善なストーカー野郎ですよね。


「変ですけど、変に思わないでくださいね!

 ここにいる事情は話していませんけど、相手には了解を得て、一緒に暮らしてますし、一応、家族みたいな仲ですから」


 汚名を着せられないために弁解したけど、必要なかった。

 ジンジャーは私の話に感動していた。


「つまりは、スノウはんは恩返しに来とるんやな?

 ええ話やん。感動してもうたわ。幸せになって欲しいなんて、一途やなあ。

 ワイの中のオトメゴコロがうずいてたまらんわ。きゅんきゅんや。

 安くしとくで、買ってき。喜ぶに」


「いいんです。きっと、気を使わせてしまうので」


 飼い猫がアクセサリーをくわえてもってきたら、飼い主は遺失物拾得か、万引きをうたがうだろう。


「こっちの刺繍リボンください。これ、お店にくるお客さんにも褒められました」

「やろ。どれにする? 冬やで、赤色のこれがええかな」


 私はそれに決めて、財布を出した。

 ところが、私より先にお代が払われる。カイザーだ。


「大尉、なにするんですか」

「自分で自分のものを買うところじゃない」


 ぼっちが許されない世界パート2。


「店長に贈るんです」

「もう一つ同じものを」

「旦那、毎度あり!」


 ジンジャーは嬉々としてリボンを二本用意する。

 私もジンジャーの店で、自分のお金で買い物したいのに!


「大尉、元はうちの商品で恐縮ですけど。リボンと交換ということで」


 私はとびきり乙女チックなアイシングクッキーを選んで、カイザーに押しつけた。

 白とピンクのレース柄ハートクッキーを、カイザーは珍妙そうにする。自分に似つかわしくないアイテムに困れ困れ。


 買い物を終えて、マーケットを出る。

 無言で歩いていたが、カヌレ橋の真ん中にさしかかったころ、カイザーがぽつりといった。


「いつまでだ?」

「何がですか?」


「一緒に暮らしている相手への恩返しは、いつ終わるんだ? 終わりはあるのか」

「後、三ヶ月です。目標が果たせても、果たせなくても」


 最高のエンディングに向けて、もうひと踏ん張りだ。がんばろう。


「じゃあ、それが終わったら、俺がおまえを幸せにしてもいいか?」


 ……うん?


「私、今、最高に幸せですけど……?」


 言われている意味が分からず、目を白黒させていたら、抱き寄せられた。

 寒風に吹きさらされていた身体が、大きな身体に包まれる。


 こんな展開は、知らない。

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