37.冬至祭 1


 新年まで、後一ヶ月となった日。


 私は森の恵みで作ったリースを手に、表へ出た。

 モミの枝で作ったリースに、ナンテンや姫リンゴを飾って、金色のリボンを結んだ、かわいらしいリース。マロンのお手製だ。女子力があふれている。


 お店の扉にかけようと、背伸びしていると、後ろから腰を持ち上げられた。


「ジンジャーさん、おおきに」

「おっ、返しを心得てるやん。かまへんで。

 新年のリースか。今年ももうすぐ終わりやな。その前に、冬至祭やけど」


 この世界にクリスマスはない。代わりに、同時期に、冬至祭というのがある。

 夜の一番長い日が終わり、昼が長くなっていく境の日をお祝いするお祭だ。


 一応、家族で祝う日になっているけど、ゲーム内で、マロンが攻略キャラのお宅にお邪魔すると、かならず家族は不在。

 二人きりで過ごす、ドッキドキなイベント日に早変わりする。

 都合がよすぎるけど、すべてのイベントは主人公たちがイチャつくためにあるのだ。それが正しい。


「店長はーん、例のモン、できてる?」

「できてるわ。よろしくお願いします」


 厨房から出てきたマロンは、ジンジャーにアイシングクッキーをたくした。


「かわいいですね!」


 思わず、声に出してしまった。そのくらい、クッキーはかわいかった。

 色んな形に型抜きされたクッキーには、さまざまな柄が描かれているけど、どれも細かい。

 人型の着ているドレスなんて、レースの模様がちゃんと描いてある。器用だなあ。


「冬至祭までの間、町のあちこちで特別にマーケットが立つんや。

 冬至祭の日、お客さんが家族に贈るプレゼントを売るためにな。

 店長はんのこれ、売れそうやと思ってさ」


「私が欲しいくらいです」

「ありがと、スノウちゃん。次はこれを、窓辺にお願いね」


 私はマロンから、ツリー型の木の土台と、たくさんのアイシングクッキーを渡された。

 こっちのクッキーには穴が開いていて、麻ひもが通してある。


「クッキーを、木の台に吊り下げればいいんですね?」

「好きに飾っちゃって」


 楽しい仕事だ。なんだかクリスマスツリーを飾りつけている気分。

 脳内でクリスマスソングを歌いながら吊るしていて、窓の外の人影に気づいた。


 ぎょっとした。カイザーと目が合った。

 見てる。めちゃくちゃ見てる。私は容疑者Xか何かですか?

 にらみ合っていても仕方ないので、私はドアを開けた。


「大尉、寄られますか?」


 カイザーは雪を払って、入店してきた。

 肩に雪積もってるって。いったい、いつから立ってたんだろ。

 まさか、ノリノリでツリーを飾っているところ、見られてた?


 ……いい、無視だ無視。会話は必要最低限にとどめよう。


「そういえば大尉、大変でしたね。遭難って。ご無事でなによりです。ご注文は」


 当たりさわりのない接客トークをして、さっさと用件を切り出す。

 じつに店員Aらしいセリフだな。


 ところが、こっちは店員Aを全うしようとしているのに、向こうがそうさせてくれない。

 いつも注文を終えたら喫茶に行くのに、行かない。

 ショーケースからヤギのチーズで作られた黒いタルトを出しても、まだそこに立っている。


「おまえ――」

「大尉、お帰りなさい!」


 厨房から、マロンが出てきた。これ幸いと、私は一歩退く。


「本当によかったです。ご無事で。またこうしてお店でお会いできて、うれしいです」

「部下ともども、ご心配をおかけして恐縮です。差し入れをくださったそうで、ありがとうございました」


 いつもならマロンとカイザーの会話を邪魔する私だけど、今日は邪魔しなかった。


 さっき、大尉、私に何か聞こうとしてたよね?

 私が森にいたか聞こうとしてた?


 肯定すれば、シュガーとスノウが別物だって強く印象づけられるけど。

 あの日のことを深く突っ込まれると、かえって正体ばれそうだし。


 しらばっくれよう。

 ボロを出さないよう、今日はカイザーに近づかないようにしよ。


 幸いにも、今日は私が接客せずとも、すべてが済んだ。

 お店は遭難時の話でもちきり。皆、カイザーの接客をしたがった。私は遠くから、カイザーが店を出ていくのを見送った。


「そうそう、スノウちゃん。冬至祭の日なんだけど。よかったら、一緒にパーティーしない?」

「私とですか?」

「イルも誘うつもりよ。一人者同士、三人、どうかなって」


 ほおーう。そんなことを聞いて、私が参加する訳がない。


「すみません。他に予定があるので」

「そっか。もし予定がダメになったら、声かけてね」


「フロッタンテさん、ご家族とはその後、どうなんですか?

 新聞で、お家騒動勃発、っていう見出しを読みましたけど」

「絶縁状態よ。だから冬至祭の夜、誘うんだけど、余計なお世話かしらね」


「まさか。喜ばれますよ」

「いけない、シュガーちゃんも誘わなくちゃ。シュガーちゃんは、イルの家族だものね」


 やった! 一日だけでも、里帰りできるんだ。マロン、忘れないでくれてありがとう。

 イルに会えて、その上、二人のパーティーの様子を鑑賞できるなんて。幸せだ。

 私は冬至祭までの間も、上機嫌だった。


「スノウ、最近、ごきげんだね。何かいいことあったの?」

「ケイン君こそ。なんか今日、うきうきしてない?」


 ケイン君は、えへへっと笑った。はにかむ笑顔。百二十点満点です。


「冬至祭の前後は、おかみさんが実家に帰っていいっていってくれたんだ。

 だから楽しみで。帰る時は、実家へのおみやげを買いに来るから、お勧めを教えてね」

「わかった。任せておいて」


 そっか、帰省するんだ。そりゃ楽しみだよね。

 アイシングクッキーの仕入れにやってきたジンジャーに、なにげなく質問する。


「ジンジャーさんは、冬至祭の日もお仕事ですか?」

「日中はな。夜は、子供のころ、お世話になった人の家でパーティーや。

 もうええ大人なんやで、そういうのええっていうんやけど。しつこくてなあ。行かんとゲンコツや」


 ジンジャーも予定あるんだ。冬至祭は本当、ファミリーイベントなんだな。


 ……ファミリーかあ。

 大学進学して、一人暮らしをはじめてからは、家族でクリスマスっていうのも、なかったなあ。

 母はやりたがっていた。やればよかった。こんなことになるなら。


「――スノウ。おまえ、何が好きだ?」


 窓際のクッキーツリーをながめて呆けていたので、反応が遅れた。

 気づいたら、カイザーがショーケースの向こうにいた。


「すみません、なんでした?」


 めずらしいな。こんな曜日に。こんな時間に来るなんて。

 仕事のついでに、ふらっと寄った、という感じだ。軍服姿だし。


「好きな食べ物はなんだ? 食べてみたいものとか」


 好きな食べ物? 食べたいもの?

 クリスマスのこと考えていたから、その料理かな。この時期の行事食が気になる。


「冬至祭の料理、ですかね?」

「分かった。来週の土曜の夜、予定空けといてくれ」

「はあ。わかりました」


 カイザーを見送って数秒後。


 ――しまったあああ!


 なにプライベートで会う予定を作ってるの。関わらないように決めたのに。

 あまりにさらりと空けとくように指示されたから、思わずさらりと受け入れてしまった。


 私のアホ!

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