35.シュガー二等兵の雪中行軍 2
太陽が真上に来ると、私たちは小川のそばで、焚火を囲んだ。
今日のお昼もマロンお手製。ローストした鴨肉とブルーベリージャムのサンドイッチだ。
ジャムは異様に思ったけど、食べてみると、合う。野趣あふれる肉の味を、ジャムが和らげてくれる。
「お茶、冷めちゃったわね。鍋か何か、直火で使える道具を持ってこれば良かった」
水筒はショールにくるまれていたけれど、木のカップに注ぐと湯気も立たない。
マロンが残念にすると、ウェイトレスさんが小石を拾って、焚火に入れた。充分に熱したそれを、カップに。一瞬にしてお茶が沸いた。なるほど!
「お酒もあるわよ。強ーいやつ。欲しくなったらいってね」
蒸留酒をみたら、アレが飲みたくなってきた。
私はコートのポケットを漁り、ジャムのビンを取り出した。春に作られた、黄金ベリーのジャムだ。
「まだ食べてなかったんだ? 私、もう、製菓材料の仕入れのために売っちゃったわ」
「人から聞いたんですけど、黄金ベリーって、元気になる効果もあるんですよね?
大尉たちが見つかったら、あげようと思って。きっと疲労困憊だろうから」
私の発言に、マロンとウェイトレスさんは感心した。
「やさしいのね、スノウちゃん。その量で、お給料三ヶ月分くらいするのよ?」
「そんな貴重なのを、わざわざ。ありがとう!」
いや、たんに、マロンがカイザーを介抱するイベントを避けたいだけです。
見つけたら、カイザーの口につっこんでやる。
「せっかくだし、私たちも食べてみましょうよ。どのくらい効果があるか知りたいし」
私は皆のカップに、ジャムを入れた。蒸留酒もちょっぴり入れて、ロシアンティーだ。あったまる!
「すごい。彼氏が遭難したって聞いてから眠れなくて、疲れてたのに。元気になってきちゃった」
「見て見て、私の腕。昨日できたヤケド、うすくなってる」
私も体が軽い。すごいな、黄金ベリー。いいお値段するわけだ。
「ひゃっ!」
突然、焚火がはげしく燃え上がった。こぼした紅茶に、火が生き物のようにむらがる。
「しまった。それ、マジックアイテム仕様の黄金ベリージャムだったわね。
精霊たちの大好物だから、食べるとき、注意がいるのよ」
マロンが精霊除けだという歌を、歌い出す。
日常に潜んでいるような弱い精霊は、これで避けられるらしい。
そういや、ジャムを作っているときも歌っていたな。
「おもしろいですけど、食べるには不便ですね」
「魔法使いはこれでたくさんの精霊を呼び寄せて、魔法の威力倍増に使うんだけど、一般人は、余興に使うくらいかしらね」
マロンが焚火のそばに、紅茶で線を描く。火の精がむらがり、ハート型の炎が燃え上がった。おもしろパーティーグッズなのね。
「食べたからには、がんばって燃えてくださいね。精霊さん」
マロンは木の枝で、焚火をつついた。くべてある木は、もう燃え尽きそうだ。
「精霊に人間の話って、通じるものなんですか?」
「さあ? 言ってみているだけ。焚き火にいるような弱い精霊には、意志がないから」
それでも火は、思ったより長く燃えてくれた。
昼食が済むと、またリースの素材集めを再開する。
……時間が経つにつれ、私はだんだん不安になってきた。
「店長、あっちの方にいってみませんか?」
「ダメよ、スノウちゃん。危ないわ」
いや、動かないと。見つけられないじゃん。
「陽も傾いてきたし、森を出ましょうか。冬の夜は早いから」
ええっ!? しかも、帰るの? まだカイザーたち、見つかってないよ?
ウソ。マロンが見つけないってことあるの?
見つけないなら、どう解決するんだろ。捜索隊が発見するのかな。
ゲームじゃ、イベントが起こらないか、マロンが見つけるかの二択だった。
だから、知らない。マロンが見つけなかったときの結末なんて。
森を出ても、帰路に着いても、私はマロンが何かを起してくれることを期待したけど、何も起こらなかった。普通にお店に到着してしまった。
「二人とも、お夕飯、お店で食べていかない? オーナーが作ってくれたシチューが残っているから」
熱々のシチューを食べながら、思う。
行方不明の兵隊さんたち、今頃、どうしているんだろ。
この寒空の中、温かいものにありつけているんだろうか。
一人一人の顔が思い浮かんできた。
猫の私をかわいがってくれた皆。
もし、このまま見つからなかったら、永遠にお別れになってしまうなんて。
「店長、突然ですけど、明日もお休みを頂いていいですか?」
迷いに迷った末、別れ際、私はマロンに頼んだ。
「いいけど。どうかしたの?」
「ちょっと、用事を思い出したので」
探しに行こう。猫の姿で。
猫のときなら人間より五感がするどい。なにか役に立てるかもしれない。
シュガー二等兵、出撃だ!
翌朝、私は捜索の応援部隊の馬車に、猫として乗った。
現場に吉報はまだないみたいだ。
偉そうな軍人さんが、他とはちがう、黒い軍服を着た軍人さんに怒鳴っていた。
「なぜまだ見つからないんだ! 魔法使いなんだから、地道に歩いて探していないで、この森の妖精に聞けばいいだろう!」
「そういわれても、大佐。遭難の原因を作り出した魔法使いが、荒っぽい妖精狩りをしたので、妖精たちの気が立っていて。
同じ魔法使いの私たちも、話を聞いてもらえないんです。私の妖精も同調して、いうことを聞きません」
「探索魔法は?」
「やっていますが、この森は魔法が使いにくいんです。有効範囲が狭くて」
「遭難した部隊の糧食は、昨日で尽きているはずだ。早くなんとかしろ!」
殺伐とした雰囲気だ。捜索隊の顔に、疲れと焦りがにじんでいる。
「今になってもシュマーレン大尉の部隊が戻ってこないということは、不慮の事故で動けないか、魔法で迷わされている可能性が高いです。
もし、蝶の姿をした精霊獣を見つけたら、私に一報を。大尉たちはその近くにいるはずです」
捜索部隊に近寄っていくと、遭難をまぬがれたカイザーの部下が、私に気づいた。
「シュガー二等兵じゃないか。応援部隊の馬車にくっついてきたのか。俺たちと一緒に、皆を探しに行くか?」
そのつもりでいたけど、私は先頭を歩く魔法使いが気にかかった。
精霊獣や妖精に異様さを悟られるのだから、魔法使いのそばにいるのは、危ないかも知れない。
「おまえは、ここに残るか。皆が帰ってきたら、出迎えてやってくれよな」
捜索部隊を見送ると、私は一匹で森に入った。
森は雪に覆われているけれど、自前の毛皮のおかげで、寒さは感じない。寒冷地仕様はダテじゃない。
捜索隊の足跡が残っている範囲を、うろうろしてみる。
どうせ探すなら、だれも探していないところを探した方がいいに決まっているけど、一人では迷う恐怖があって、思い切ったことができない。
ジレンマにしっぽを揺らしていると、パシッと頭に何か当たった。
きらきらとしたものが、周囲を飛びまわっている。三つほど。
妖精だ。
またちょっかいをかけに来たのか。こっちは忙しいのに。
威嚇したら、一度は散ったけど、またすぐ寄ってきた。
くすくす、笑い声が聞こえる。腹立つな。
こっちはそれどころじゃないの! カイザーとその部下を探したいの!
心の中で怒鳴ると、すい、と妖精たちが先へ飛んでいった。
私と少し先を、周遊する。何かを訴えるように。
ためしに少し前に進むと、妖精たちはその分、また前に進んだ。
ひょっとして、ついてこいってこと?
カイザーたちの居場所を知っているの?
うふふっ、と笑い声が返ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます