34.シュガー二等兵の雪中行軍 1


 ――なんだったんだろう、あれは。


 収穫祭から一月後。


 兵舎の休憩スペースの、暖炉前で丸まりながら、私は何度目かの質問を自分にくり返した。


 窮地を救われ、恩は返すといったら、頬にキスされて、それでチャラって。

 どういう人づき合いの文法?

 もう知人じゃなくて友人だから、借りた貸したの話はするなってこと?


 冗談じゃない。

 私はカイザーと、店員と客以上の関係になんてなるつもりはない。


 目的のためとはいえ、カイザーに近づきすぎた。

 今後はただの店員Aとして適切な距離感を保とう。


 そんなこと考えていたら、カイザーが休憩室にやってきた。

 私の陣取っている暖炉前のイスにやってくる。


「どけ。毛玉」


 という言葉を予想していていたけど、外れた。

 カイザーは私を持ち上げ、座った自分のひざに下ろした。

 そのまま新聞を読みはじめる。


「『フロッタンテ家、お家騒動勃発! 原因は猫!?』だとさ。おまえも罪な猫だな」


 読み上げられた見出しに、私は内心、動揺した。

 なんで原因、猫なの。

 マロンじゃないの。


 不安になるけど、イルとマロンの仲は展開通りだ。

 収穫祭のとき、マロンはイルに、イルの母親がしたことを話した。

 イルはマロンにまで迷惑がかかったことを詫び、母親と対立する覚悟をした。


「血のつながりはないとはいえ、つらい決断よね。イルを応援してあげなくちゃ」


 と、マロンは言っていた。

 今では二人は、店で会うと、親しく気軽に会話を交わす仲だ。

 イルの結婚話もなくなっているらしいので、心配ないだろう。

 新聞の見出しは気に食わないけれど、大きな流れは変わっていない。


 カイザーが新聞を読み終わった頃、部下さんがやってきた。


「大尉、今度の森での冬季演習ですけど。シュガー二等兵はどうします?」


 シュガー二等兵というのは、私のあだ名だ。

 二等兵なので、一番下っ端。新入りのペーペー。

 だけど毎日、カイザーの部下たちに、ごはんを用意してもらったり、ブラッシングしてもらったり、遊んでもらったりして、扱いは将軍様なみだ。

 ありがとう、みんな。愛してる!


「他の部隊に世話を頼む方向でいいですか?」

「その方がいいだろうな。訓練中だけフロッタンテ氏に里帰りさせることも考えたが、向こうは大変な状況のようだし」


 部下に新聞を渡し、カイザーは指先で私の毛をいじくった。


「おまえ、有名人だな」


 もしゃもしゃもしゃもしゃ。

 カイザーは私の毛をモフりつづける。

 なんか最近、かイザーの毛玉に対する態度、軟化してない?

 怒鳴られたり、追い回されたりするよりはいいけど、怖。どんな心境の変化。


 あっ。こらっ。しっぽは触らないでよ! そこは神経集まってるのか、触られるとすごくイヤなの!


「はあ。冬季演習かあ。寒くてつらいんだよな、あれ」


 休憩室で同僚とカードゲームをしながら、大尉の部下さんたちがぼやきだす。


「でも、終われば、まとまった休暇だからさ。がんばろうぜ」

「俺、終わったら彼女と旅行するんだ。で、プロポーズするつもりなんだ」

「俺のところは、そろそろ子供生まれそうでさ。早く帰りたいよ」

「つらいけど、毎年の恒例行事。楽勝さ。手早く終わらせて帰ろうぜ」


 和気あいあいと盛り上がる兵隊さんたち。

 今後の展開を知っている私は、耳をふさぎたくなった。


 残念ながら、あなた方はただじゃすまないんだよ。

 カイザーとその部下たちは、ゲームの流れで、遭難することが決まっているんだよ。

 どのセリフも、遭難フラグにしか聞こえない。


 数日後、元気よく旅立っていく兵隊さんたちを、私は涙ながらに見送った。


 がんばれ……がんばれ……兵隊さんたち。


 イル様ルート推進派の私だけれど、今回ばかりはマロンとカイザーのイベントを邪魔しない。


 遭難したカイザーたちを、マロンが偶然に見つけ、冷えきったカイザーの体をマロンが温める、というクッソ頭にくるイベントも、今回ばかりは見過ごす。


 人命かかっているし!

 これで収穫祭のときの借りはナシですからね、大尉!


 そんなわけで数日後。


「知ってる? スノウちゃん。冬季演習に出かけた部隊が、一部行方不明なんですって。それがなんと、シュマーレン大尉の部隊らしいのよ。

 明日の定休日、一緒に森まで行ってみない?」


「行きましょう」


 マロンから誘いを受けると、私は二つ返事で受け入れた。


「じゃあ明日、またお店の前で。今回は喫茶の子も一人、一緒だから」

「終わったら、旅行しようって約束してたのに……伝えたいことがあるって言ってたのに!」


 喫茶のカウンターに突っ伏して、ウェイトレスさんが泣いていた。


「大尉の部下さんとお付き合いしていたんですって。心配でしょうね」


 マロンの情報源は、彼女らしい。

 大丈夫だよ。マロンが主人公パワーで見つけてくれるから。ちゃんとプロポーズも聞けるって。


 で、翌日。私たちは森へ出かけた。

 春にベリーを摘みにいって以来、たびたびお世話になっている森だ。十一月の下旬だが、すでに木々は雪をかぶって白い。

 いつもは静かな森だけど、兵隊さんや近隣の住民、新聞記者が集まって騒がしかった。


「どんな状況なのかしら?」

「遭難したのは、一部だけみたいですよ。あそこにいるの、シュマーレン大尉の部下で、彼氏の友達です」


 ウェイトレスさんは彼氏のお友達に事情を聞きにいった。


「森で行軍訓練をしていたけど、大尉の率いる分隊だけ、予定の日時に目的地に到着していないそうです。


 森を調べてみたら、見慣れない精霊獣を見かけた兵がいたり、気の立った妖精がいたりするので、大尉たちは運悪く、森で違法な妖精狩りをしていた魔法使いに出くわしたんじゃないかって話でした。


 見つかって逃げようとした魔法使いに、魔法で森の中をさ迷わされているんじゃないかって……」


 遭難の原因、ゲームでは吹雪だったけど、ここでは妖精の密猟者のせいなのね。

 森は広大だ。奥に行くにつれ、木々で見通しも悪くなる。捜索隊は大変だろうな。


「私も捜索に加わりたいって、いってみたんですけど。お気持ちだけでって」

「私たちまで迷ったら、迷惑をかけるだけになってしまうものね」


 捜索部隊にお菓子を差し入れると、私たちは少しはなれたところで続報を待った。

 そのうち、マロンが足踏みしながら提案する。


「ただ待っているだけだと寒いし、落ち着かないし。

 森で安全が確認されているところに入って、新年用のリースの材料でも集めない?」


 ウェイトレスさんは賛成し、もちろん私もうなずいた。

 さすがに森に入らないことには、マロンだってカイザーを発見できないだろう。


「新年にむけて、リースがいるんですか?」

「悪いものを払って、家に来年の福を呼びこむのよ。

 リースの円形には永遠の、リースに使う緑には繁栄の、赤い実には豊作の、リボンの結び目には魔除けの意味があるのよ」


 へー、そうなんだ。前世でも、おしゃれな家の玄関にかかってたけど。あれにも、元はそういう意味があったのかな。勉強になるな、異世界生活。


 私は完全、楽しんで、モミやヒイラギなど、素材を集めはじめたが、


「大尉たちが遭難した後に、雪が降ってしまったので、足取りが終えないらしいんです。

 携帯食糧が今日で尽きるはずだから、もう見つからないと……」


「大尉たちも、歯がゆいでしょうね。魔法で迷わされているのが分かっていても、一般兵では自力で解きようがないもの……」


 二人は暗い。

 大尉たち、早く見つかってくれないかな。空気が重い。

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