32.収穫祭 3
収穫祭当日。
同僚たちに挨拶して、いつも通りに退勤しようとしたら、呼び止められた。
「その格好で行くの?」
「そうですけど?」
私は自分の服装を見下ろした。いつも通りのかっこうだ。
マロンに譲ってもらった、白いブラウスに紺のスカート。寒いので、最近、上着とショールを買った。
「ダメよ、スノウちゃん。デートなんだから、おしゃれしなくちゃ!」
「このワンピースあげる! 私にはかわいすぎて合わなかったけど、スノウちゃんならぴったり」
「髪、編んであげるから。座って座って」
断る間もなく、あれよあれよというまに着替えさせられ、髪をアレンジされる。
「きれいにしていかないと。相手に失礼でしょ」
「……べつに、デートじゃないんですけど」
正しく表現するなら、シュマーレン大尉の保護監督下で行われる収穫祭の見学、だろう。
たぶんカイザーもそう思っている。集合時間の言い方がヒトハチマルマル。軍隊式だった。後で十八時って言い直していたけど。
「私と大尉、年がはなれていますから。
はたからみたら、兄妹ですよ。そんな雰囲気じゃないですって」
今回は自分の外見年齢を正しく認識して反論したけど、効果はうすかった。
「あたし、今日これからデートする相手、十五も年上なんだよね」
「大人になると、歳なんて関係ないよ」
軽率な発言、すみませんでした。
スタッフさんたちは、マロンのことも冷やかす。
「店長も、これからデートですよね。フロッタンテさんと」
「べつに、デートじゃないわよ。事情聴取っていった方が正しいわ」
マロンの髪には、ティーパーティーのとき、イルが贈った髪飾りがあった。
言葉ほどに嫌がってはいないのだろう。憎まれ口はイルへの親しみを感じさせた。
順調順調。
二人の進展を糧に、私は気の進まない足を前にやる。
なんだって仇とお出かけなんてことに……いや、大尉は善意でついてきてくれるんだから、悪くないんだけどさ。約束してもらったおかげで、断り文句が一言で済むようになったしさ。
一番悪いのは誰。王道ルートを曲げようとしている私か。
うなだれつつ、お祭のメイン会場であるお城近くの公園に向かう。
近づくにつれ、人が多くなってくる。待ち合わせ場所に行くのも大変だ。
「スノウ」
人の海を泳いでいたら、ランデブー地点に到達する前に、腕をつかまれた。カイザーだ。
「よく分かりましたね」
「目立つからな」
カイザーは私の白い髪を、じっと見た。
「おまえ、本当に気を付けた方がいいぞ。ラネージュ人なんて珍しいんだから」
「それなんですけど。実は、自分が何人かわからないんですよ。記憶がないので」
「なんにしろ、目立つ容姿であることは変わりない」
人と肩がぶつかる。カイザーに肩を抱かれた。
「おまえ、どこに住んでるんだ?」
「あっちです。十三番町」
川向うを指して離れようとしたら、いっそう強く肩をつかまれた。
答えの何が気に食わなかったのか、不機嫌に、さらに詰め寄られる。
「一人で暮しているのか?」
「今は大勢といます」
あなたと、あなたの部下さんたちと一緒だ。
「家族ではないんだろう?」
「そうですね」
「頼りにできるやつはいるのか?」
矢継ぎ早に質問を浴びせられる。
ひい。生活を深堀されると困るな。
「答えないと、いけませんか?」
「……いや。答える義務はない。悪かったな。取調べみたいに」
カイザーは委縮している私から、身体をはなした。
公園にならんでいる屋台を見やる。
「何か食べるか?」
「大尉、何がいいですか? 買ってきます」
一応、付き合ってもらっている身なので、そう申し出ると、出した財布を押しもどされた。
「いいから。しまえ」
「じゃあ、自分の分だけ」
「それもいいから! 素直におごられろ。みっともないマネをさせるな」
年上で地位も収入もおありになるシュマーレン大尉殿は、手始めに筒状の甘いパンを買って下さった。
祭でなくとも、町中の屋台でよく見る菓子パンだ。食感はサクサクとしていて、表面にはシナモンシュガーがまぶされている。
「他は? 何か食べたいものは?」
「あれってなんですか?」
いつだったか、ジンジャーが食べていた煮込み料理を指す。
牛肉だろうか。食欲をそそる匂いだ。
「食べたことないのか? 郷土料理だぞ」
「わ、何これ、ソーセージが白い。あれは何を揚げてあるんですか? このお酒は、変わったにおいですね。薬草?」
見慣れない食べ物の数々におどろいていると、不審がられた。
「おまえ、普段、なに食べてるんだ……?」
朝夕は猫なので、軍の厨房で余ったお肉。日中は人間なので、マスターが作ってくれるまかない。おやつはお店のお菓子だ。
カイザーの私を見る目が、どんどん怪訝なものになってくる。
やばいな、早く切り上げて帰ろう。
私は湯気立つスープを一息にすすり、むせた。熱っ。
「さあさあ、魔法使いのショーのはじまりだよ! メインステージに寄っておいで見ておいで!」
はでな格好をした男が、ベルを鳴らしながら遊歩道を歩いていく。
屋台にスープボウルを返し、さあ帰ろうと思っていた私の心が、別方向に動く。
「魔法使いって……手品師とかですか?」
「ちがう。魔法使いは魔法使いだ。
祭に見世物で出るような魔法使いだから、妖精や下級の精霊を使役する程度だろうけどな」
「そんなことできるんですか!?」
「祭の余興の定番だろう」
大尉は見飽きた、という態度だが、私は興奮した。
うわー、めちゃくちゃファンタジーっぽい。好奇心がとまらない。
「見に行くか?」
「行きます!」
聞いた以上は、見ずには成仏できない。冥土の土産だ。ありがたや。
呼びこみの男の後から、黒いローブを羽織った男性がやってくる。これが魔法使いなんだろう。ヒョウのような獣を連れていた。
カイザーが感心する。
「今日のは珍しいな。精霊獣を連れている。結構な腕だぞ」
「精霊獣?」
「実体化している精霊だ。知能も高いし、能力も高い」
精霊獣の毛並みは漆黒で、星のように白い点が散っていた。
堂々とした体躯と歩き方なのに、どこかあやうい。はかなげだ。
違和感があると思ったら、そうか、地面に影がないんだ。
目は金色だった。鋭い眼つき。視線がぶつかる。
――途端、光が瞳孔に差しこむより確かな感触で、私の中に何かが入ってきた。
えたいの知れない感覚が眼窩を貫き、脳に達した。
まるで鍋底に沈んでいたものが沸きかえるように、次々と思い出が沸きかえってくる。
赤ん坊のころに使っていた毛布の柄。幼稚園のときのお気に入りだった遊具。兄のはしゃぎ声と、弟の泣き声。祖父母の家のにおい。
部活で勝ち取ったトロフィーの輝き、卒業式の後に友人たちと食べに行ったケーキの味。
就職祝いに父がくれた腕時計の秒針の動き、倒産してがらんとしたオフィス、死ぬ前日に聞いた母の声。
車が迫ってくる。
夜のバス停。ライトがまぶしい。気づいた時には、もう手遅れだった。
ドン、という重い音が、他人事のように聞えた。
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