31.収穫祭 2


「仕事を理由に逃げられないと、誘いを断るのが大変だな」


 私の心中などいざ知らず、カイザーは持ち帰りにキャラメルクリームパイを注文し、いつものように喫茶に座った。


 今、さらりと、自慢するでもなく自慢していったな。モテ男め。

 断ってないでだれかと行け。くっつけ!


 ――って。そうだ。


 カイザー、大丈夫だよね? マロンと一緒に収穫祭に行ったりしないよね?

 マロンとイルの仲が予定通りに進行しているから、その可能性をすっかり忘れていたけれど。

 相手は公式推しの男だ。どんなミラクルを起してくるかわからない。


「大尉も、お祭は行かないのかしらね」


 マロンのひとりごとに、ぎくりとする。

 や、やばい。今はまだ、イルがマロンを収穫祭に誘ってない。


 二人で収穫祭の話題をはじめて、なんだかんだで、じゃあ一緒に――なんてことになったら。


「それ、私が運びますよ」


 私はマロンの手から、コーヒーカップの載ったトレイを奪った。

 マロンを厨房に遠ざけた後、カイザーにコーヒーを届け、状況を確認する。


「大尉は、収穫祭の日はお仕事なんですか?」

「ああ」


 なんだ。よかった。それなら、マロンは誘えないや。


「毎年、そういう体にしてる」


 ぬか喜びさせるな!


 やはり危険だ、この男。

 絶対にマロンを誘えないよう、息の根――じゃなかった、動きを封じておかなくちゃ。


「大尉」


 声がこわばった。

 いい案が思いついた。

 これを実行するのは、めちゃくちゃ嫌だ。

 でも、万全な対策には、これしかない。


「一緒にお祭に行ってくれませんか?」


 怪訝な顔をされた。

 そりゃそうだよね。今まで避けてきてたんだから。


「私、お祭には一人で行きたかったんですけど。

 一人で行くっていうと、ありえないって反応をされるし、だれかと行くってウソをつくと、だれと行くのか深く聞かれるし。

 もう、だれかと行くのが一番の解決法みたいなんです。一緒に行ってもらえませんか?」


 我が身をもって強敵を封じよう。

 これで当日、イルとマロンをストーキングする楽しみは消えた。

 いいんだ。推しの幸せが自分の幸せ。私の楽しみは二の次だ。


「おまえ、他にいないのか?」


 カイザーが眉をひそめている。

 しまった。アホだ、私。誘いを断られる想定をしてなかった。


 いや、待てよ。

 べつに本当に一緒にいかなくてもいいんじゃない?


「ムリならいいんです。約束だけしていただければ。

 断る文句に使うために、お名前を貸していただけませんか?

 もし当日、私が一人でいるところをだれかに見られても、急にお互いの予定が合わなくなったことにすれば、問題ありませんし」


 我ながらいい思いつきだ。

 当日までカイザーに私と行く約束がありさえすれば、マロンもカイザーもお互いを誘うことはしないだろう。


「とにかく当日まで、実在の人との約束が欲しいんです。

 はっきりとした相手がいれば、誘ってくる人も納得してくれます。お願いします」


 なんて一石二鳥の案なんだ。

 推しを助けられるだけでなく、自分も助かるなんて。


「……そういうことなら。まあ、好きに使ってくれ」


 許可が出た。

 やったあ! これで当日、二人を心ゆくまでストーキングできる!


 私はお礼をいって、うきうきとカウンタ-にもどった。

 一件落着。これで何もかも安泰だ。


 よくやった、私。天才だ、私。――イル様とスキンシップというご褒美がないと、自分で自分を鼓舞しないといけないくて辛い。


「スノウ。おまえ、本当に一人で行くのか?」


 会計時、カイザーが心配そうに聞いてきた。


「ここは祭の日も営業するようだから、行くのは夕方からだろう?

 女一人は物騒だぞ。祭の日は色んな人間が集まる。それに、夜は。とくに夜は危ないから、やめておけ。せめて昼にしろ」


 人間ならその可能性はあるけど。行くとき、猫だから関係ない。

 聞く耳を持っていない様子の私に、カイザーは渋い顔をする。


「祭ははじめてか」

「はじめてですけど」


 するとカイザーは、思いもよらないことを言いだした。


「分かった。人混みが好きじゃないから祭を避けていたんだが、付き合おう」


 え。

 いや。

 やめて。


「け、結構です! 気にしないで下さい! 一人で行きますから!」


 へんな気づかいはいらないです!


「スノウちゃん、お祭、大尉と行くの?」


 声を大にして断っていたら、品出しに来たマロンが口を挟んだ。


「スノウちゃんの方から誘うなんて。すごい進展ね。

 大尉のこと、苦手じゃなくなったのね。お菓子博覧会のときも、大尉の手を引いてくるくらいだったし」


 どちらのときも、憎しみは捨ててません。

 推しへの愛と、卑怯な手段への反抗心がそれに勝っただけです。


「大尉なら安心ですね。お人柄も身元もしっかりしていらっしゃるし。

 これでしつこい客も、すぐに帰ってくれることでしょう。

 うちの看板娘をどうぞよろしくお願いします、シュマーレン大尉」


 喫茶のマスターまで会話に加わってくる。

 今さら、やっぱりいいです、なんていえない空気だ。

 ……やっぱりこれ、強制イベントか何か?


 思い通りにならない現実に打ちひしがれた私だけど、天は私を見捨てなかった。

 後に、心癒されるシーンが私を待っていた。


「マロン。一緒に収穫祭に行ってくれるよね?」


 壁ドンしているイルの姿だ。


「逃げないで、菓子博で何があったか、ちゃんと教えて?」


 イルの手には、菓子博の特集記事が載った新聞があった。

 『不運をものともせず、無冠の女王となったローズ菓子店』の文が見える。


「不運の内容について、全部、正直に話してくれるまで、帰さないから」

「は……はい」


 気圧されて、マロンはただうなずく。

 ゲームでは、強引といっても、ここまで強引じゃなかったはずだけど。


 これもまた良し!

 こんな荒ぶった一面がおありだったとは。

 このシュガー、まだ貴方様のことを知り尽くしてなどいなかった。


 私も心を荒ぶらせていたら、マロンに目で助けを求められた。


「フロッタンテさん、店長をはなしてください。らしくないですよ! 」


 いいぞ! もっとやれ!

 と心では叫んでいたが、店長に忠実なモブらしく、イルを止める。


 青い目が、真摯に私を見据えた。


「分かってる。でも、守るものができた人間は、変わらないといけないんだよ」


 店内に、秘書がイルを呼びに来た。

 遠ざかっていく背は、どこか雄々しい。


「……イルに、あんな激しい一面があったなんて。ただ優しいだけじゃなかったのね」


 マロンは胸元に手を当てた。エプロンの赤いバラの刺繍が、その手に握られる。


「シュガーちゃんを守るために、イルは変わったのね」


 いや、マロンでしょ。

 応援しているマロンに、卑怯なことされたから、あんなに怒っているんでしょ。

 マロンを守るために生まれ変わる決意をしたんでしょ。


 さすがラブストーリーの主人公。ここで猫のためとか。セオリ-通りちょっと天然だ。

 もどかしいけど、でも、じらされるくらいがちょうどいいか。


 ああ、いいモノ見た。

 あのまっすぐなイル様のご表情。

 当事者でない私ですら、心動かされた。惚れ直した。あなたの推しでよかった。


 ゲーム以上においしいシーンだった。

 我が身を犠牲にした甲斐があった。

 これからもがんばろう。

 もう鼻血出そう。

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