30.収穫祭 1
菓子博の翌日はお休みで、次に出勤したのは火曜だった。
就業前に、マロンに夜の予定をたずねられる。
「今日の夜、オーナーがおつかれさま会を開いてくれるって。予定はどう?」
「参加します。それで、朝からマスターが厨房にいるんですね」
作業台で、オーナー兼喫茶のマスターは、ひき肉をこねている。
マスターが作ってくれるまかないはおいしいので、今夜も楽しみだ。
「フロッタンテさんの方はどうするんですか?」
「それなんだけど……やっぱり、楽しみ?」
上目遣いのマロン。乗り気じゃなさそうだ。
「フロッタンテさん、お仕事の都合で参加はできないかもしれないんですよね。
主催者不在で、お金だけ払ってもらうっていうのは、ちょっと」
「そう思うわよね」
マロンはすがるように、私の発言に食いついた。
「迷っていたけど、今回はお断りしておくわ」
「それがいいですよ」
私はうなずいて、マロンの消極的な態度を後押しした。ホウキをもって表に出る。
思わず、心の中でガッツポーズを決める。
――展開通り!
イルとマロンの仲を推進したい私が、二人の会う機会を減らす発言をしたのは、それが正しい流れだからだ。
イルの母親が関わってきたところで、イルとマロンの仲は、一時、ぎくしゃくする。
今回、マロンがイル主催の打ち上げ会を断るように、マロンはイルを避けるようになるのだ。
で、変化に気づいたイルは、もうすぐ開かれる『収穫祭』に、マロンを強引に誘う。
二人は一緒に収穫祭に出かけ、お互いの事情や胸の内を明かし、今まで以上に強いきずなで結ばれる――
つまり、この一時のすれ違いは、より高みにのぼるための前準備。助走にすぎない。
あー、収穫祭が楽しみだなー。猫になって、陰から二人を見守ろ。
「スノウさん!」
いい気分で落ち葉を掃き集めていたら、声をかけられた。
一応、知った顔だ。週に何度か、カフェに勉強にくる大学生。まじめでおとなしい感じの青年だ。
「ぼ、僕と一緒に、収穫祭に行ってくれませんか!」
花を差し出された。
……へ?
あ。
なるほど。
あなたも私の外見を作り出した神絵師、うま~か棒さんの美技に魅せられたのですね。
「もう他の人と約束しているので」
「だれと!」
本当は約束なんてないので、一瞬、視線がおよいだ。
知り合いと、と取りつくろうが、すぐ看破される。
「そんなウソをつくくらいなら、はっきりいってください。僕なんて嫌いだって!」
一番嫌いなカイザーにすら、嫌いなんてはっきり言ったことないのに。
たいして知りもしないあなたに、そんなひどいこと言えませんよ。
「ちくしょう! 祭を口実にイチャイチャするカップルたちなんて、呪われてしまえーっ!」
リア充爆発しろか。青年は泣き叫びながら走り去っていった。
テラス席を整えにきたマロンが、きょとんとしている。
「スノウちゃん、どうしたの? 今の、喫茶の常連さんよね」
「ウソって、むずかしいですね」
事情を話すと、マロンは苦笑いした。
「よかったら収穫祭、私と行く? そしたらウソにならないでしょ?」
「ダメですよ! 店長は」
イルと行くんだから――という一心で発言し、しまった、と後悔する。
このいい方じゃ、マロンとは行きたくない、という意味になるじゃないか。
「いや、その、店長はこれからきっと他の人から誘われるでしょうし。
私と行くのを決めるのは、早いんじゃないかなーって」
「私に、そんな人がいればいいけど」
「いますよ。いますって!」
「気を使ってくれてありがと。
……あの、大丈夫だからね? ムリなときはムリって断って。気にしないでね」
「もちろんですよ。さっきのは、ちょっと言いまちがえただけで。すみません」
ああ~、完璧に失敗した。厨房にもどって行くマロンが、うなだれている。
「なんや、スノウはん。収穫祭、店長の誘い断るってことは、本当はだれか行く人、決めとんの?」
夜。おつかれさま会にやってきたジンジャーが、ミートローフを頬張りながら聞いてきた。
ビールは苦手なので、私はハチミツ酒を頂きながら応じる。
「一人で行こうかなって思っているだけですよ」
「祭に一人て。ないやろ。ワイと一緒に行くか?」
ぼっちが許容されない世の中、つらひ。
どうにか無難に断ろう。
「収穫祭自体、行こうかどうしようか、迷っている段階なので、やめておきます」
「……スノウはん。そんなムリにこじつけて断るよりな、収穫祭は腹痛になる予定、とでもいっといた方が、まだマシやで」
うっ。ジンジャーにまで、うなだれられてしまった。
「スノウ、収穫祭行かないの? 楽しいよ。一緒に行こうよ」
先輩とフライドポテトのお皿を共有しながらながら、ケイン君が誘ってくれる。
「出店もいっぱいあるんだよ。行こ?」
「ありがと、ケイン君。でも、こんな年上より、同年代の子を誘いなよ。青春は貴重だよ」
「……僕とスノウ、同じ十代だよね?」
あっ。今、実年齢と見た目、一致してないんだった。
「そうだよね。行くなら、年上の人と一緒に行きたいよね」
しまった。ケイン君までうなだれてしまった!
「スノウ。もういっそ、だれかと約束してしまった方がいいんじゃないですか?」
「ですね」
マスターのアドバイスはもっともだけど。
当日は本当に一人で祭に行くつもりだし。約束なんてできない。
やっぱり、だれかと行くというウソを、本当っぽく作って、貫き通すしかないな。
「スノウちゃん、一緒に収穫祭行こうよ。俺、毎年行ってるから、すごいくわしいよ。出し物がよく見える秘密の特等席とか、教えてあげるよ」
数日後、またも神絵師の御業に心狂わされた男性が、私に声をかけてきた。
「友達と約束していているので」
「友達? 男? 女?」
「女の子です」
「いいね! その子も一緒に行こうよ。俺も友達連れてくからさ。ダブルデートしよ」
そう来るか。
だれと問い詰められたら、同僚とでも答えて、同僚にそんな約束していないとツッコまれたら、これから誘おうと思っていた、と誤魔化そうと思っていたのに。
「スノウちゃんの友達かー。美人? まあ、俺にはスノウちゃんが一番美人だけどね」
なんなの、コレ。なんで回避できないの?
だれかと収穫祭に行くの、私の強制イベントか何か?
「スノウ」
天をあおいでいたら、視界に仇敵が入ってきた。
「話の途中に悪いが、店長を呼んで来てくれるか?」
カイザーだ。マロンを名指しって、初めてだ。何事?
警戒していたら、ぐい、とショーケース越しに肩をつかまれた。耳元でささやかれる。
「そのまま、もどってくるな」
……そういうことか。
私は厨房で白砂糖のかたまりを砕いているマロンに、助けを求めた。
「店長、接客代わってください。もう無理です」
「了解。そうやって、頼ってくれていいんだからね? スノウちゃん、一人でがんばりすぎよ」
ああ、私のバカ。
こうやって逃げればいいだけだったのに、なんで気づかなかったんだろう。
おかげで、また憎いあんちくしょうに助けられたじゃないか。
これで何度目だろう、カイザーに助けられるの。恒例行事になってきてない?
自分への苛立ちを、私は砂糖にぶつけた。
昔のお砂糖って、かたまりなのね。硬いのね。もはや凶器じゃん。
粉々にするのは大変だったけど、ハンマーを思う存分ふるったおかげで心が静まった。
厄介な客がいなくなると、売り場にもどり、楚々とお礼を述べる。
「大尉、ありがとうございました」
「気にするな」
カイザーの手が、頭上におかれた。ポンと。まるで私の親分か何かのように。
ヤツの顔面にパイを投げつけたくなった。
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