28.お菓子博覧会 6

「しっかし、参るな。呼びこみをしようにも、人が通らん。

 みんな、あっちのメイン会場の方へいってまうわ」


 ジンジャーが公園の広場を恨めしげにする。

 出店が一番集まっているので、自然、人がそっちに流れてしまう。


 私たちの場所は、遊歩道の途中にある、木々に囲まれた休憩スペース、といったところ。もともと人気が少ない。


「僕たち、あっちで売り歩いてくるよ」

「ケインやったか。年上の姉ちゃんか、お年寄りを狙うんやで。子供に弱いでな」


 ジンジャーの助言は的確だ。ケイン君たちに上目遣いに、買って、と頼まれたら、私はたぶん全部買う。


「なにか、客寄せがいるなあ」


 ジンジャーが私の肩を叩いた。会場を巡回している兵隊さんを指す。


「スノウはん、ちょいと兵隊さんたちをここへ連れて来てや」

「ええ!? ムリですよ」


「あんたの顔なら大丈夫やて。来てって、手を引けば一発や」

「ジンジャーさん、スノウちゃんは兵隊さん苦手だから。私が――」

「私が行きます!」


 よけいな恋愛フラグは回避! 私は走った。

 巡回の兵に近づいてみて、後悔する。カイザーとその部下だ。


「白いの――じゃなかった、スノウだったな。どうかしたか?」


 ひるんで、背後をふり返る。

 ジンジャーが親指を立て、招く仕草をした。『ナイス上玉、確保や』ってとこか。


 くそおおお。

 嫌だけど、売るためだ。このままじゃ終われない。


「ちょっと、来てもらっても、いい、ですか?」

「トラブルか?」


 客寄せになってください、とはいえないので、私は無言で手を引いた。

 意外とすんなり、カイザーは部下共々ついて来てくれる。


「お祭の日までお仕事おおきに、旦那さん方! これでも食べてってや」


 ジンジャーがクレープを差し出すと、カイザーは手のひらを見せた。


「警戒任務中だ」

「そういわんと。ちょっと休憩と思って」

「お願いします、シュマーレン大尉。食べていってくださいな」


 マロンも勧める。カイザーは火を使っていることを不審にした。


「おたくは生ケーキを出す予定じゃなかったか?」

「ケーキがひっくり返って、ダメになって。捨てないように工夫している所なんです。手伝っていただけませんか?」


 ジンジャーにつつかれて、私も頼みこむ。


「お願いします!」


 ジンジャーはすばやかった。

 カイザーがひるんだすきに、全員の手に、クレープを押しつけた。

 遊歩道の途中に立たせる。


「何食べとるか聞かれたら、ここで食べられるって返しといて」


 ジンジャーの作戦は成功した。

 人気職業の軍人さんが立っているだけで、女性や子供の目を引いた。

 軍人さんと同じものを下さい、と人がやって来る。


「大尉。休憩になったら、警備に当たっている方々に、こっちに来てくれるよういって下さいな。クレープを無料でサービスしますから」


「そんなことをしたら、赤字だろう」


「売り物にならなくなった時点で、赤字は覚悟です。

 今はただ、がんばって作ったものを、みんなに食べて欲しいだけ。

 兵隊さんたちだって、おいしそうなものを横目に、ひたすら仕事をするだけなんて、つらいじゃないですか」


 マロンの善意が功を奏し、私たちには客寄せパンダが常時、供給されることになった。メイン会場をめぐり終えたお客がやってくるようになる。

 ケインたちの売り歩きも順調で、何度も仕入れにもどってきた。


「店長、そろそろクリームがなくなりそうです」

「本当? じゃあ、完売ね」


「アホいうなや、店長はん。客足がのってきたんやで。これからや」

「でも、材料が。皮は作れるけど、中身が」

「クリームがいるのか? 調達するぞ」


 再び顔を出したカイザーが、親切に申し出た。

 部下たちは嬉しそうにクレープを食べてくつろいでいる。


「クリームの他は、卵と牛乳、砂糖、バターあたりか?」

「そうですけど、どこも品薄ですよ」

「あるところには、ちゃんとある。――おい、新人」


 カイザーは、休憩にやってきた若い兵士の肩を抱き寄せた。


「入隊の通過儀礼だ。城の備蓄庫から食料をかっぱらってこい」

「大尉、いいですよ! そんな!」


 マロンは断るが、周りの兵士たちは、がんばれよ、とはやしたてる。恒例行事らしい。

 数十分後、生クリームと卵とバターが届いた。

 それを皮切りに、代わる代わる兵士たちが、木陰から砂糖やジャムやチーズを差し入れてくれる。


「い、いいのかしらね?」

「もらえるモンはもらっとけばええんや。食って証拠隠滅や」

「ハムも来ましたよ。いいですよね、おかずクレープっていうのも」


 クレープのいい所は、ふところが深いところだ。甘いもしょっぱいも受け入れてくれる。

 私はためしに、ハムとチーズのクレープを売り出した。たちまち、注文が殺到した。

 甘いものばっかり食べると、塩気が欲しくなるよね。


「ハチミツとフレッシュチーズで」

「チョコソースと生クリームで」


 リンゴやナシなどの新鮮な果物に、ももやいちごなどのコンポート。ナッツやチョコレート。

 来るものがさまざまなので、できるものもバリエーション豊か。お客さんも自分の好みを言い出す。

 好みに合わせられるのはいいけど、手間がかかって仕方ない。


「もう、セルフ形式にしませんか?」

「セルフってなんや?」


「具材をならべておいて、お客さんに自分で巻いてもらうんです。自分で作るクレープって、楽しくないですか?」

「いいわ。やっちゃって、スノウちゃん!」


 マロンの許可が出たので、私は切った具材をテーブルにならべた。

 子供のころにやったクレープパーティーを思い出していたら、家族連れが詰めかけた。無邪気な笑顔にこっちもなごむ。


 気づけば、身動きができないくらいにお客が集まってきていた。


 呼び込みをしていたはずのジンジャーは、勘定場をはなれられなくなり、私もナイフが手放せない。ケインたちは足りない材料の調達要員として走っている。


「なあ。広場からラッパの音が聞こえんかった?」

「閉会式の合図ですよね。でも」

「終われる雰囲気やないな」


 遊歩道に行列ができている。

 メイン広場の出店は在庫切れで、順次、店じまいしているので、今ではここが一番の活気だ。


「ええよなあ。ワイらのとこは、最低限、粉と水があれば、あとはなんでもええんやから」

「具材はあるものでいいですもんね。終わりがないですよね」


 おきゃくさんがたくさんきてくれて、とってもうれしい。

 でも、ジンジャーと私は、ちょっぴり遠い目をした。夕陽が目に染みる。

 途中、菓子博の係員がやってきたけど、かまう余裕がない。


「ローズ菓子店さん、現時点での売上金額を報告してください」

「知るかい! んなもん計算しとれんことくらい、見やわかるやろ! 数えといて!」


 ジンジャーが大量の紙幣と小銭を、係員に投げつけた。


「賞に関係しますので、ご報告いただかないと」

「私たち、賞はいいので。最初からあきらめてますし」


 マロンが新たに生地を作りながら、片手間に答える。


「この分だと、何かしらの賞は確定ですから、どなたか表彰台に……」

「ムリです」


 全員の声がそろった。


「お客様が待ってますから」


 マロンはフライパンに、新たに生地を流し入れる。


 結果、ローズ菓子店は無冠で終わった。

 けど、どこよりも有名になった。

 売上、アイデア、一般審査の三部門で入賞しながら、どれをも辞退した菓子店として。

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