27.お菓子博覧会 5
フロッタンテ夫人は手袋を外し、マロンクリームを人差し指ですくいとった。
「まあ、おいしい。こんなことになって、もったいない。
店長さん、わたくし、あなたの才能は評価しておりますのよ。才能は。
だから、これからも息子の『良き仕事仲間』でいてくださいましね?」
「そうそう、店長さん。この間、道でお会いしたときに思ったのですけれど。
いくら親しいお仕事仲間とはいえ、年上の身分も地位もある男性を、イル、なんて名前で呼び捨てるのは、とても失礼なことですから。おやめなさいね?」
夫人と令嬢が、そろってマロンに釘をさす。
二人はマロンを自分たちの敵と認定し、脅しに来たらしい。
グッジョブ、イルママ&リーナー嬢。
これでマロンを巡って『イル VS.母親』の展開が確定した。
でも、仕打ちは許さないぞ!
連日の栗の皮むきやペースト作りで、こっちは今も手と腕が痛いんだからな!
私をふくめ、ローズ菓子店の面々は、二人をにらみつけた。
「お菓子が台無しになって、災難ね。
でも、運び方に注意するのも、出店者の仕事よね。
わざわざ会場で仕上げをしているお店もあるのですから。
これはあなたのミスよ。いい勉強になったと思いなさいな」
私たちの怒りなどどこの吹く風で、フロッタンテ夫人とリーナー嬢は去っていた。
ジンジャーが毒づく。
「なんちゅうババアや。盗人猛々しいとはあのことや。馬車の車軸でも折ってきたろか」
「やめてください、ジンジャーさん。
マダムの言う通りです。こういう事態も予想するべきでした。
正直、作るのに精いっぱいで、運ぶことに関しては全然、気が回ってなかったんです」
マロンはぐちゃぐちゃになったケーキをのぞきこんだ。
「なんとかこれを、今から別のお菓子に仕上げましょう。捨てるなんてできません」
「当たり前や。ここであきらめたら、あのババアの思うツボや」
スタッフたちも、もちろん私も、同じ気持ちだ。みんなで知恵を絞る。
「パンだけ買うて来て、クリーム挟んで売るか?」
「パンを買うっていうのが、微妙ですね。会の規約に違反するかも」
「今からでも、ケーキの土台は焼けんのか?」
「今から窯に火を入れて、土台を作って、冷めるのを待って、売りに出せるのは昼すぎね……。間に合うかしら」
「いっそ、ここでなにか現地調理するっちゅうのはどうや? 現地調理の店もあるやろ?」
「ええ。去年は現地でかまどを組んで、鉄板をのせて、その場でパンケーキを焼くお店が出ていたそうです」
マロンは周囲を木々に囲まれた、ぽつんとした割り当てスペースを見回した。
「現地調理は、いい思いつきですね。
ここは周りに店も何もないから、火を使っても、他の店から苦情が出ません。
パンケーキを焼いて、クリームをのせて売りましょうか」
マロンは手を叩いたが、スタッフの一人が難しい顔をした。
「店長、ケーキは無理です。卵もミルクも、仕入れ先の農家さんが、今日の分はないっていっていました」
「あ! そうね。菓子博だから、どこも不足しているのね」
「粉も。在庫がない、かも。お菓子用のは」
ケインがおずおずと付け足す。
場が静まり返った。
小麦粉も卵もミルクもナシ。
……これが俗にいう、詰んだっていうやつ?
「ほ、他の粉ならあったよ。パン用の小麦粉とか、トウモロコシの粉とか、そば粉とか」
「ミルクなくても、他で代用すればええやんか。水ならたくさんあるで」
ジンジャーが近くにある井戸を指した。
つまり、自由に大量に使えるのは、小麦粉以外の粉と、水。
材料がとぼしさに、沈黙がその場を支配した。
いやいやいや。何かあるはずはずだ。
小麦粉以外の粉と水で、すぐにできるもの。
思い出せ、私。ゲームの『レシピノート』を完全制覇したでしょ。
「……クレープはどうですか? そば粉のクレープ」
全員が、こっちをむいた。
「そば粉のクレープ? ガレットか。あれはお菓子やないやろ? 食事やん。卵とかハムとかチーズのっけて食べるんやろ?」
「いえ、甘い方で」
ケインが反応した。
「スノウがいうのは、小麦粉で作ったクレープ?
キャラメルソースとかオレンジジュースとかかけるのでしょ?
クレープシュゼット、っていうんだよね。
でも、それもクリームは使わないよ?」
ん? んん?
変だな。ジンジャーともケイン君とも話がかみ合わない。
クレープっていうと、私、生クリームとフルーツを巻いたやつなんだけどな。
なんで二人とも、その発想が出てこないんだろう。
私の思うクレープが変なのか?
現代ニッポンで一般的だったクレープって、世界基準じゃないのか。
『レシピノート』でも、ガレットとクレープシュゼットはあったけど、私の思うクレープはなかったから、あれは特殊な部類なのかもしれない。
「私はモンブランクリームを、クレープで巻いたらいいと思うんですけど。変ですか?」
「……まずいことはないと思うけど」
「スノウちゃん、ナイスアイデア!」
不安そうなジンジャーたちをよそに、マロンが真っ先に私の案に乗った。
「いけるわ、それ。やりましょう。
ケイン君たち、そば粉をもって来てくれる? あれば、小麦粉を少しでも。
私とスタッフはお店にもどって、道具と、使えそうな材料を取ってくるわ。
ジンジャーさんとスノウちゃんは、かまどをお願いしてもいい?」
マロンの指示に、全員が元気よく応じた。それぞれに散る。
私が焚きつけ用の小枝を拾っている間に、ジンジャーは旅商人仲間に助けを求め、レンガと薪を調達してきた。
鉄板はなかったが、フライパンを三つ。簡易かまどを組み、火を熾す。
マロンがいつも持ち歩いている手帳を見ながら、大鍋で生地を作りはじめた。
「お店に卵と牛乳が少し残ってたわ。バターも。
ないよりマシだわ。水とそば粉だけじゃ、クリームを包む生地には物足りないもの」
「マロンお姉ちゃん、小麦粉、少しだけだけどあったよ」
「まずは小麦で。足りなくなったら、そば粉でやりましょう」
さっそく試作品を作る。
うすく焼いた生地に、モンブランクリームと栗のグラッセをのせ、四角く包んだものが皿にのせられた。
「……ん。イケるわ。甘いのも違和感ないで」
「もともと、ハチミツをかけたり、お砂糖をかけて焦がしたりもするしね」
ジンジャーとマロンだけでなく、スタッフたちも納得したが、私はまだすっきりしない。
食べるときに指についたクリームをなめて、提案する。
「これ、包み方、変えませんか? 包むんじゃなくて、巻けませんか?」
「巻く?」
「円錐形に、こう――」
クレープ屋さんのように、といっても通じるわけないので、次に焼けた生地は、私が仕上げた。
生地の半分にクリームをのせ、二つ折りにする。
このとき、クリームがよく見えるよう、少し円をずらして折るのがコツだ。
で、端を三分の一折って、巻いていく。
仕上げに、目立つように栗のグラッセを飾った。
「おいしそう!」
自然と、スタッフから声が上がった。
皿を差し出されたが、私は他のものを探した。
「紙で巻きたいんです。その方が手も汚れないし、持ち歩けるし」
「そらええわ。クリームで汚れた皿を拭く手間もはぶけるな」
ジンジャーが新聞紙をもってきた。
モンブランクレープ、完成だ。
「さあ。あとは売るだけやな」
ジンジャーが気合いを入れる。
会場に、ラッパの音がひびいた。菓子博開始のセレモニーがはじまった。
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