24.お菓子博覧会 2

 翌日、ローズ菓子店の店頭に立ちながら、私はどうやって別れさせるかを思い悩んだ。


 あの猫。なんて許し難い。度し難い。

 イルをさも自分の飼い主のように独占して。


 後、家でどんだけ甘やかされてるんだ。

 イルとリーナー嬢が出かけていった後、ショコラはやりたい放題だった。

 私のごはんは横取りしようとするし、クッションは引っかくし、壁で爪を研ぐし、キャリーケースに入れようとしたメイドさんには噛みつくし!


 自由気ままさが目に余って、向こうがバテて動けなくなるまで追いかけ回してやったら、借りてきた猫みたく大人しくなったけど。


 帰ってきたリーナー嬢の第一声は、私の予想を上回るものだった。


「ショコラが壁で爪を研ぐなんて。よっぽどストレスの溜まることがあったのね」


 謝罪は!? っていうか、私のせいみたいに見るな!


 ショコラは、怖かった~、みたいな感じでイルに甘えるし。

 あの猫かぶりのドラ猫の泥棒猫め。


 後でちゃんとメイドさんが私の無実を証言してくれたけど、こっちがストレス溜まる。ハゲそう。


 ふつふつと怒りを煮え立たせていると、イルが店にやってきた。

 売り場に出ていたマロンが、真っ先に気づいて接客に当たる。


「こんにちは、マロン。もうすぐお菓子博覧会だね。出るの?」

「もちろん。でも、何を出すか決まらなくて。どうしたらいいと思う?」


「マロンは何を出したいの?」

「私はやっぱり、秋だし、名前にちなんで、栗を使った生ケーキを出したいと思っているわ。

 でも、それだと大量の栗を下処理しないといけないから、他の――」


「じゃあ、何が何でも、それだ」


 イルは途中で言葉をさえぎった。


「たくさん用意できなくてもいい。君が作りたいものを、食べて欲しいものを出せばいい」

「でも、最低百個は用意しないと、賞を取るのが難しいって聞いたわ」


「マロンは賞金が欲しいの? 何か賞を取って、有名になりたい?」

「いいえ? ……いわれてみれば、そうだわ。私、このお店がやっていけるだけのお客さんがいればいいんだった」


「お菓子博覧会は、今はまるで菓子店の総選挙みたいになっているけど。

 元は、みんなでお菓子を楽しむイベントだ。マロンも楽しまなくちゃ。目の下にクマを作って悩むのはまちがってるよ」


 マロンは恥ずかしそうに、目元を押さえた。


「準備、大変だろうけど、がんばって。終わったら打ち上げ会でもやろう。僕が主催するよ」

「ありがとう、イル。楽しむわ」


 二人は親しげに視線を交わした。

 うんうん。着実に仲が良くなっているなあ。

 私はイルに頼まれたお菓子を包装しながら、二人のやりとりを観察した。


「そういえば、シュガーって、昼間はこのお店に来ているの?」

「ううん、うちには来てないわ。市場とか、取引先の粉屋さんのところで見たって話は聞くけど。兵舎にも出没したって」


「あちこちいっているんだね」

「うちにも昼間、来てくれるといいんだけど。

 『まだら白猫』のモデルに会いたいって、お客さんからいわれるの。シュガーちゃんはうちのアイドルよ」


「うれしいけど、複雑だな。僕だけのアイドルでいて欲しいから」


 さみしそうなイルの顔に、胸が高鳴った。

 そこまで想われたら、飼い猫冥利に尽きます、イル様!


 私もそろそろ、自分に顔ペロを許していいのかな?

 イル様はスキンシップを求めているし、もっと触れ合ってもいいよね?

 顔ペロだけじゃなく、鼻チューとか、添い寝をして、猫らしく親愛の情を――


「スノウちゃん、大丈夫? 顔、赤いわよ。熱でもあるんじゃない?」

「いえ! 大丈夫です、店長。なんでもありません」


 だめだ。想像しただけで緊張する。


「今日はもう上がって。お客さんも少ないし」

「でも」

「後は、シュマーレン大尉だけだし。たまには私に任せて」


 だから早く帰りたくないんだけど。

 マロンの善意に負けて、私は少し早く上がった。


 帰宅すると、来客がいた。イルの母親だ。

 窓から入ってきた私に、白猫の姿に、顔をしかめる。


「あの猫。まだ飼っていたの?」

「すみません、奥様。別の部屋に連れて行きます」


 メイドさんが私を抱えた。まずいところに帰って来ちゃったな。知っていたら、帰りを遅らせたのに。


「捨てて来てちょうだい」

「そんな、奥様。シュガーは、旦那様の家族ですから」

「家族ですって?」


 きれいなお顔が、一気に般若になった。

 イルの母親は、乱暴に私をつかんだ。ショールにくるんでくる。


「何をなさいます!」

「あなたが捨てないなら、私が捨ててくるわ。

 ベルのところには、由緒正しい血統の、純血のすばらしい猫がいるもの。

 二匹もいらないでしょう?」


 私はもがいたが、やっぱりこうなると、手も足も出ない。


「イルには勝手に出ていったというのよ?

 元は野良なんだもの。帰ってこなくたってふしぎはないわ」

「奥様、どうしてそこまで」


 メイドさんの制止は効果がなかった。イルのお母様は、私を持って部屋に出た。

 布ごしに聞こえる雑踏で、マンション前の通りに出たのが分かる。


「ちょっと、そこの二人組」

「へえ。なんでしょう、マダム」

「頼みたいことがあるの。これを捨ててきて頂戴」


 ショールがちょっとだけ開く。

 見覚えのある顔に出くわした。ヒゲ面の、見るからに小悪党な二人。

 いつか、市場で私を売ろうと拉致した人たちだ。


「殺したっていいわ。とにかく、ここに戻ってこないように処分して」

「――こ、こんなに! わかりやした。任せてくだせえ」


 かなりのお駄賃を握らされたらしい。二人組の声が上ずった。

 殺したっていいって。

 嫌だ。こんなところで、また、こんな理不尽に死にたくなんてない!


 暴れたけど、袋のネズミならぬ、袋の猫。

 爪を立ててショールをひっかいてみたら、繊維に爪が引っかかって、余計に動けなくなった。


「ありがとうございました」


 ローズ菓子店の前にきたらしい、マロンの声がした。

 ニャウニャウと思いっきり鳴いてみる。

 効果はあった。マロンが二人を呼び止めた。


「その袋……何が入っているんですか?」

「なんでもねえよ、お嬢さん。気にするな」

「ただの野良猫だよ。とんだ悪い猫でさ。遠くに捨てるのさ」


 お願い! 気づいて!

 必死で鳴いたら、布が引っ張られた。外が見えた。袋から飛び出す。


「シュガーちゃん!」

「――こらっ、待ちやがれ!」


 私を追おうとした二人組は、すぐに地面にずっこけた。

 帰るところだったカイザーに足を引っかけられたのだ。

 大尉は私をつかみあげ、怪訝にする。


「この毛玉はそこのマンションの飼い猫だろう? なんだっておまえたちが持ってる?」

「さ、さらったわけじゃねえよ。頼まれたんだよ。捨てて来てくれって」


「ウソよ! イルがシュガーちゃんを捨てるはずないわ」

「でも、頼まれたんだよ。マンションから出てきたマダムに。捨てて来てくれって。ウソだと思うなら、聞いてみろ」


 私をくるんでいた高そうなショールだけは持って、二人組は逃げていった。

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