23.お菓子博覧会 1

 『お菓子博覧会』の時期がやってきた。


 多数の菓子店が集まって出店をやるイベントだけど、正確には『菓子店総選挙』といった方が正しい。

 イベント中は、審査員やお客さんによる投票が行われるからだ。味や見た目、アイデアなど、色んな部門にわかれて、順位が競われる。


 ゲームでは、さして重要なイベントじゃなかった。

 数あるレシピの中から、親しくなりたいキャラの助言を元にお菓子を選び、出品。何位だろうと、キャラとの親睦が深まるという気楽なイベントだった。

 恋愛ゲームで重要なのは、結果でなく過程だ。


 けど。さすがにリアルはそんなことはなく。


「お菓子博覧会、何を出そうかしら。

 大勢のお客さんに提供するから、作る時間と手間を考えないといけないし。

 前もって作り置いておくことを思うと、焼き菓子がいいけど、それだとライバルが多いし。

 個性を出さないといけないけど、クセが強いとお客さんを選ぶし」


 マロンは腕組みをして、うんうんうなっている。

 菓子店にとっては大事なイベント。重要なのは過程でなく、結果だ。


「新商品の時みたいに、また、だれかに相談したらどうですか?」

「もう相談したわ。シュマーレン大尉に。大尉、やっぱり甘いものお好きみたい」


 マロンは楽しそうに、ふふっと笑う。

 それ、もうバレてるの!?


「新商品の相談にのってもらったとき、都内のお店にお詳しいかったから。先日、思いきって聞いてみちゃった」


 へー、そうなんですかー、と何でもないように返しつつ、心の中では盛大に舌打ちする。

 カイザーあああ! あのっ……公式推し! 神に愛された男め!

 こっちの知らないところで勝手に親密度上げてくる。


「ジンジャーさんや、ケイン君にも意見を聞いてみたんだけど。

 聞いたら、余計にどうするか迷っちゃって。困ったわ」


 カイザーだけじゃなく、他にも相談してたのか。

 どのキャラも、まだ完全に恋愛フラグが折れてないのね。最後まで油断大敵だ。


「フロッタンテさんにも相談を?」

「イルにもしようと思ったんだけど、その時は、女性と一緒だったから。仕事の相談をするのはヤボだと思って」


 なにげにマロンの呼び方も『フロッタンテさん』から『イル』に変わっているので、二人の進展は順調みたいだな。


 でも。イルが女性と? ヤボな雰囲気だったと?


「どんな方だったんですか?」

「私と同い年くらいの、かわいらしい感じの方だったわ。

 シュガーちゃんと似たような、毛の長い猫を連れていらして。

 恋人さんかしらね。婚約者さんかしら」


 イルにそんな相手がいる設定はないけど。

 問題が起きては困る。ともかく、帰ったら、調べてみよう。


「ただいま、シュガー。――っと。どうしたの?」


 私に飛びつかれ、においを嗅がれ、イルがおどろく。


 ……とくに、女性のものっぽいにおいはしないな。


 当然か。平日だから、いい人がいても今日は会わないよね。


 それにしてもイル様。いいにおい。

 ほのかにミントみたいな香りがする。さわやか。

 変態っぽいって分かっているけど、嗅いじゃう。


「今日のシュガーは、キャラメルみたいなにおいがするね。おいしそう」


 ぺろっと、イルに鼻をなめられる。ひゃあっ!

 私は部屋の隅にダッシュして丸まった。

 落ち着け。落ち着いて呼吸するんだ私。


「失礼いたします、社長。一点、確認を忘れておりました」


 部屋に、イルの秘書がやってきた。メガネを押し上げつつ、手帳をめくる。


「週末のミス=リーナーとのお食事は、いかがなされます? お母上が観劇の席も用意なさっておられますが」

「行くと返事をしておいて」


 ミス=リーナー? だれ?

 秘書が退出すると、イルは私を抱き上げた。


「シュガー、一緒に住む人が増えるかもしれないよ。僕はたぶん結婚する」


 なんですとお!?


「相手はベル=リーナー嬢。母の親戚で、由緒正しい家柄のご令嬢だよ」


 ……そういえば、ティーパーティーの時、イルのお母上がいっていたな。

 そろそろ自分の親戚と結婚させるつもりだって。


「シュガーとも仲良くなれるといいんだけど」


 イヤです。私はイルとマロンのハッピーエンドしか支持してないです。


「もちろん、仲良くなれなくたってかまわないけどね。

 日曜日、夕食に行く前に、家に連れてくるよ。

 むこうも猫を飼っているんだって。お友達になれるといいね」


 で、日曜日の午後。

 くだんのご令嬢がやってきた。


 顔つきがどこかあどけなく、子供っぽい。

 身なりのせいもあるだろう。ストロベリーピンクのドレスは、焦げ茶色のリボンで飾られていて、お菓子みたいだ。


「まあかわいい。ふわふわですのね。綿菓子みたい」


 リーナー嬢に抱きしめられる。

 うえ。甲高い声もだけど、つけてる香水も苦手。柑橘系のにおい。やめて。


「どういう血筋の猫ですの?」

「野良ですよ」


 リーナー嬢の腕から、力が抜けた。

 私はさっさと、香水のにおいが届かない場所へ逃げる。


「野良にしてもすばらしい毛並みですけれど、イル様、やはり血統が大事ですわよ。

 わたくしの猫は、公爵家で代々大事に飼われている純血種の猫を、特別に分けていただいた猫ですの。どこにいっても羨ましがられますわ。

 やっぱりね、血筋が大事です。へんな雑種は、へんな病気を持っているかもしれませんから。危ないですわ」


「純血でも雑種でも、病気は持ちますよ、リーナー嬢」


 イルが反論すると、リーナー嬢はあっさり「そうなんですの?」と納得した。

 なんというか。これで、悪気は全然ないらしい。世間知らずなんだろう。


「ショコラ、出ていらっしゃい。イル様のおうちよ」


 リーナー嬢がキャリーケースを開けると、私に似た長毛種の猫が出てきた。

 お腹は白く、背は焦げ茶色。顔はあっちの方が野生的だ。


 ……普通の猫、かあ。

 私、相性悪いんだよね。異質なものを感じるのか、避けられる。

 ショコラもそうだった。私をじっと見つめ、身をひるがえした。イルにすり寄る。


「こんにちは、ショコラ君。元気?」


 返事として、小さな舌がイルの顔を何度もなめた。

 ――なっ!?


「ショコラは本当にイル様のことが好きですわね。わたくしにも、こんなにはなつかないのに」


 私は怒りにふるえた。

 な……なんてことをっ!

 顔ペロなんて、私だってまだ畏れ多くてやっていないっていうのに!


「ん? ここをなでて欲しいのかな? それともここ?」


 わずかな所作から心の動きを読み取って、イルはショコラの背や首周りをなでる。

 にゃう~、にゃう~、と、たいそうご機嫌な鳴き声が上がった。


 なんてあつかましい猫なんだ!


 私が毛を逆立てると、リーナー嬢が怖がった。


「嫌だ、気の荒い猫ですのね」

「シュガー、怒らないで。僕にとってシュガーが一番なのは変わらないから。ね?」


 イルがやさしく、私をさとす。


 ええ、分かっておりますよ、イル様。

 このシュガー、そんなことで腹を立てたりはいたしません。

 わたくしめは高貴なあなた様の、優雅な飼い猫ですから。

 茶色い毛玉と張り合うなんて、そんなみっともないことはしませんとも。


 私は悠然とした態度で、窓辺に腰を落ち着けた。

 イルのひざで、無防備にお腹を見せてまで甘えるショコラを、じーっと見下ろす。


 何はともあれ、婚約話は本当だった。

 予想外の障害だけど、絶対に破談にしてやる。絶対にだ。

 人間には同担歓迎しているくせに、猫には同担拒否するなんて、そんな心の狭い発想はみじんも、ない。

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