20.大尉と店員A 1

 定休日。

 マロンと私はスミレ菓子店で買ったアイスを食べながら、お城近くの公園でくつろいでいた。


「暑さがやわらいできたわね。アイスもそろそろ食べ納めね」

「最後にクッキー&クリームが食べられて幸せです」


 食べながら、周囲を警戒する。

 定休日にお城近くに来たときは、要注意だ。カイザーと出くわす確率が高い。

 近づいてくる気配があったら、さりげなくマロンをよそへ誘導しなくちゃ。


 ――そう思っていたら、きゃーっと、嬌声が上がった。


 同じく公園にピクニックに来ていた女性たちが、兵隊さんの乗った荷馬車に手を振っている。まるでアイドルが通ったかのような騒ぎだ。


「軍人って、人気の職業なんですか?」

「収入のいいお仕事だし、名誉ある職業だから。それに、制服姿がかっこいいでしょ?」


 なるほど。制服萌えという概念は、ここでもあるのね。

 女性たちは声を上げるだけでなく、お菓子まであげようとする。

 兵士の一人がにやつきながら荷馬車を降りると、怒号が飛んだ。


「だれが遊べといった!」


 カイザーだ。後からやってきた車に乗っていた。

 女性たちにちょっかいをかけていた兵士に、ムチをくれる。


 ひえーっ。軍隊だ。


 ちょっとびびっていると、カイザーがこっちに気がついた。

 なんでこの距離で気づくんだ、と心の中で毒づくが、すぐに視線は外された。

 カイザーはさっさと車に乗りこみ、去っていく。


 あれ? マロンが笑いかけたのに。

 挨拶もせずに行くなんて、めずらしい。


 マロンも肩透かしをくらったような表情をしている。

 返す余裕がなかったのかな。


「大尉、カフェではお静かだけど、やっぱりお仕事の時はちがうのね」

「びっくりしましたね」


 でも、ふしぎだなあ。

 目の前で兵士がムチに打たれたというのに、ピクニックの女性たちはうっとりしている。


「ステキよね、シュマーレン大尉って。ストイックで」

「あたし、大尉になら怒られてもいい」


 これがオトメの正しい反応なのか……?

 謎だ。


「そういえば、スノウちゃん。シュマーレン大尉って、最近、お店にいらした?」

「いえ? そういえば、ここのところ、お店にいらしてませんね」


 来ない方がいいので、私は気にも留めていなかったが。

 店長のマロンとしては、常連がぱったり来なくなったのは気がかりなようだ。


「先日ね、大尉が他のお菓子屋さんでケーキを買っているところをお見かけしたの。

 たんにあちこち巡っているだけならいいんだけど、うちに不手際があって来なくなっているならって、不安で」


 分かる。不満をいってくれるならいい。何もいわずに来なくなる客が一番怖い。

 さっき、目が合っても無反応だったので、マロンは余計に気になるようだった。


「何かおっしゃってなかった? 味が落ちたとか、合わないとか」

「店長のお菓子に落ち度はないと思いますよ。お客さん、順調に増えていますし」


 喫茶の方も順調だ。マスターのコーヒーも着実にリピーターをつけている。


 なので、あるとすれば――私だ。

 私の接客態度。悪かったという自覚はある。

 さっきも、思い切り嫌な顔してしまったし。


「私のせいかもしれません。大尉には、無愛想でしたから」

「大尉が、そのくらいで腹を立てるとは思えないけど。

 スノウちゃんだって、店員としてやるべきことはやっていたでしょう?」


 申し訳なさそうにした私に、マロンの方が申し訳なさそうにした。


「前々から気になっていたけど、スノウちゃんは軍人さんが苦手だった?」


 マロンは私の顔色をうかがう。


「ごめんなさいね、私、お菓子のこと以外はうとくて。

 ラネージュ人のこと、マスターから聞いて初めて知ったの。

 スノウちゃんが大尉を苦手でも仕方ないわ。森を追い出してきた人たちと同じ、軍人だものね」


「平気ですよ。記憶がないから覚えていませんし」


 仕事は仕事です、というと、マロンに手をにぎられた。


「ムリしないで! 記憶がないのは、それだけひどい目に遭ったからよ。

 村を焼かれ家族を殺され――だから、無意識に嫌ってしまうのよね」


 マロンは、うっと口元を押さえる。

 同情が重い。

 私の実家は健在だろうし、家族もピンピンしているだろう。むしろ死んだの私だけ。

 経歴詐称をしている罪悪感がチクチクと心を刺す。


「今度、大尉がいらしたら、私を呼んで。接客を代わるから」


 ひっ! それは困る。

 二人の距離がちぢまったら、イルとマロンのハッピーエンディングが遠のいてしまう。


「店長、本当に大丈夫ですから。任せてください」


 マロンは不信そうだ。何か理由付けをしておかないと。


「じつは、夏のティーパーティーの時にも、大尉にお会いしたんです。

 男の人にからまれて困っていたら、大尉が助けてくださって。

 帰り際にも、お屋敷の中を迷っているときに、気にかけてくださって。

 そのときは失礼な態度を取ってしまったんですけど、今は反省しています」


 言っているうちに、その通りだよなあ、と思えてきた。

 いくら恋敵とはいえ、相手は真っ当な善人。

 これだけ助けられているのに、無礼を働くのは、人としてどうなんだ、自分。


「だから、今まで通り、大尉の接客も私に任せてください。

 この先もお店で働いていく以上、私も慣れないといけませんから」


 こぶしを握って力説すると、マロンは一歩引いた。


「そう……そこまでいうなら、これまで通りにするわね。

 でも、ムリだったら、私でも、他の子でも、呼んでね。

 大尉に限らず、苦手なお客さんは、遠慮せずいってくれていいからね。約束よ」


「分かりました」


 自分の仕事ぶりが原因で、常連さんがはなれてしまう、というのは、勤め人としてのプライドが許せないし。


 今後はカイザーとも仲良く――はできないとしても、他のお客さんと同じに接するよう、努力しよ。


 週末、私は仕事終わりに店内のお菓子を吟味した。


 秋になって、店内の商品は様変わりしている。

 焼き菓子はかるい食感のものから、バターたっぷりのリッチなものに変わった。


 ショーケースの中も、ぶどうのムースや、リンゴと紅茶のケーキ、イチヂクのタルトなど、季節を感じさせるラインナップになっている。


 少し迷って、私は栗がごろごろ入ったショコラケーキを買った。

 マロンが箱に収めて、リボンを結んでくれる。


「どなたかに贈り物?」

「シュマーレン大尉に、ティーパーティーの時のお礼とお詫びをと思って」


 カイザーの好きなケーキは、ガトーショコラだったはずだから、好みは外していないだろう。

 私は箱とともに、店を出た。

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