20.コーヒーブレイク 2

 原因は分かったけど、他の店のことに口出しする訳にもいかない。

 マロンも私も、ただケインを見守るしかなかった。


 だけど、ケインの顔に青あざができると、さすがに見過ごせなくなった。

 配達にきたケインをねぎらうという体で、カフェに座らせ、お菓子とジュースで懐柔しながら、事情聴取する。


「このアザですか? これは昨日、うっかり、柱に顔をぶつけちゃって」

「本当に? 自分で起こした事故なの?」

「はい。小麦粉の袋を抱えすぎて、ふらついたんです。おかみさんたちに、面倒でも荷物は少しずつ運びなさいって、怒られました」

「……なら、いいけど」


 マロンが心配そうにすると、ケインは眉尻を下げた。


「ごめんなさい。心配かけて。前に先輩とうまくいってないっていったから、気にしてくれているんですよね」

「先輩とはその後、どう?」

「相変わらずです。嫌われちゃっていて。実家から届いたお菓子をおすそわけしたら、叩き落されました」


 ケインはひざに乗せた拳をにぎった。


「……こんなまずいもの、いらないって。僕のことを嫌うのはいいけど、会ったこともないうちの家族のことまで、嫌わなくてもいいのに」

「おかみさんたちは、二人のことをどう思っているの?」

「気にかけてくれてはいるみたいです。僕には、気にするなって」


 積極的に、店のおかみさんたちが解決に動いてくれることはなさそうだ。

 マロンはケインの肩に手をおく。


「ケイン君、年上でも、いいたいことはいうのよ。遠慮することはないわ」

「わかっているんですけど。すごまれると、何もいえなくなっちゃって」

「剣の使い方でも、覚えてみる?」


 私は店の隅にあったホウキを手に取った。

 乱暴はよくないけど、武道の心得があれば自信もつくだろう。

 テーブルを端に寄せていると、キセルで一服していたジンジャーが話に参加してきた。


「子供のケンカに得物をもたすのは、あかんやろ。

 いっちょ、ワイがケンカの仕方教えたるわ。

 ええか、ボウズ。拳はこう握るんやで。構えは斜めに、こう。殴るときは、まっすぐにな」


 ケインは教えられたとおりに構え、ジンジャーの手のひらにパンチを繰り出す。


「ええパンチやん。次は腹やってみ、腹」

「し、失礼します!」


 当たると、ジンジャーは大げさに痛がってみせた。


「ほっそい腕しとるけど、力あるやん。ちょっと鍛えたら、すぐ強うなれるて」

「本当ですか!?」


 褒められてケインは喜んだが、次に殴った後には、拳をゆるめた。

 お腹を押さえるジンジャーを前に、腕を下ろす。


「……やっぱり、いいです。僕、悔しいとは思うけど、べつに先輩にケガをさせたいわけじゃないから。仲良くなりたいだけなんです」

「男には、殴り合ってはじめて分かることもあるんやで」


 ジンジャーの言葉に、ケインはうつむいたが、考えは変えなかった。


「先輩、僕が奉公をはじめて間もないころ、すごく親切にしてくれたんです。

 仕事だけじゃなくて、家の中の細かいルールを教えてくれたり、町を案内してくれたり。嵐の夜は一緒に寝てくれたりもしたんですよ。


 でも、だんだん、嫌われるようになっちゃって。

 僕が、自分で気づかない間に、何かしたのかもしれませんから。

 まずは勇気を出して、聞いてみます」


 え、偉いなー! 一方的に先輩が悪いと決めつけていた自分が恥ずかしい。

 私はケイン君の前に、おやつにする予定だったプラムケーキを置いた。

 マロンもケインのグラスに、追加のジュースを注ぐ。


 不意に、通りで怒声が湧いた。

 野菜売りの男が、荷車を引いている子供に怒っていた。


「どこ見てんだバカ野郎! 売り物が落ちたじゃねえか! 拾え!」

「そっちがぶつかってきたんだろ! 急いでるんだよ! はなせよ!」

「俺はここで休憩のために止まってたんだぞ。どうやってぶつかるってんだ!

 素直にあやまれば許してやろうと思っていたのに。店屋に苦情を入れてやる!」


 男が子供の胸倉をつかんで、怒鳴りたてる。

 ケインが窓に貼りついた。


「先輩だ。先輩がこんな時間に配達なんて、どうしたんだろ」

「ほっとき。なんや、利かん気強そうな顔しとるやん。ここらで一発、おかみさんたちにキツいお灸を据えてもらった方がよさそうやで」


 ジンジャーは座ってキセルをくわえたけど、ケインは外に飛び出していった。

 マロンと私も、心配になって表へ出る。


「すみません、おじさん。僕が拾いますから。先輩のことは放してください」

「なんだ、坊主。同じ店屋の奉公人か?」


「野菜、めちゃくちゃにしてごめんなさい。でも、早く荷物も届ないといけなくて。先輩、急ぎの荷物なんですよね?」

「あ……ああ。急な注文が入ったとかで、ババのお店に頼まれて」


「本当にごめんなさい。こんなにおいしそうなお野菜なのに。傷がついちゃった」


 野菜売りの男は、先輩から手を放した。

 ようやく、先輩の口からも、すみませんでした、と小さく謝罪が出る。


「配達したら、もどって来るんだぞ、クソガキ」


 コクっとうなずいて、先輩は荷車を引いて走っていった。

 約束通り、空の荷台を引いて、野菜売りのところへもどってくる。ケインと一緒に落とした野菜を拾った。


「おつかれさま。暑いでしょ? お茶淹れるから、一休みしていったら?」


 マロンに呼び止められると、二人は勧められるまま、テラスに座った。

 ケインは手つかずのプラムケーキを二等分し、先輩にも分ける。


「……ありがとな。助かった。あそこのオヤジ、遅いとうるさいから」

「おっかないですよね、ババのおじさん。先輩、ケーキは好きですか?」


 好きだよ、と答えて、先輩は気まずそうにした。


「この間、悪かったな。おまえのかあちゃんの菓子、まずいなんていって。

 俺、実家から何か届いたことがなかったから、うらやましかったんだ。

 おまえも俺と一緒で、実家で厄介がられて奉公に出されたんだと思ってたけど、違ったから。勝手に裏切られた気分になって。ごめん。本の袋を切ったのも、俺だよ」


 週末、先輩はきちんと、自分のせいで本が汚れたと、イルにあやまった。

 もちろんイルは、とくに叱ることもなく許し、ケインには新たに本を貸し出した。


「ケイン、本もいいけどさ。今日は天気いいし、川遊びでもしに行こうぜ」

「あ、はい!」

「泳ぎヘタなんだろ? 俺が教えてやるよ。帰ったとき、自慢できるようにさ」


 いいところあるじゃないか、先輩。

 一方的に悪いやつだと決めつけて、悪かったな。

 猫の私は、親愛の意味をこめて、先輩の頬をしっぽでなで上げた。


「なんだよ、おまえ。遊んで欲しいのか? しょうがねえなー。ほら」


 いや、そういうわけじゃなかったんだけど。

 わざわざ靴ひもを外して、誘ってくれるので、私はじゃれついた。


 うーん、先輩。今になると、かわいく思えてきた。

 飾らない笑顔に、八重歯がチャーミングだ。やんちゃ系弟、いい。


 川遊びに出かけていく二人を、私は勝手に自分のバーチャルブラザーズと認定し、ほほえましく見送った。仲良し兄弟、尊い。


「シュガー。僕のことは、しっぽでなでてくれないの?」


 二人だけになった後、イルが私の毛をかるくつまんだ。

 頬杖をついて、少しふてくされたような表情をしている。


 な、ん、で、す、か、ソ、レ。

 ゲームの通常スチルにも、特典にもありませんでしたよ、そんな表情。

 飼い猫専用スチルですか?


 催促するようにしっぽをつままれるけど、私は身悶えしてそれどころじゃなかった。

 やはり我が推しが一等賞に尊い。

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