ゲーム中盤

19.コーヒーブレイク 1

 日曜日。イルと私は、いつもローズ菓子店で午前を過ごす。

 テラス席でイルと向かい合っていると、ケインが通りかかった。


「おはよう、シュガー。――触ってもいいですか?」


 飼い主であるイルに断りを入れてから、ケインは私をなでる。

 抱っこされて、頬ずりもされた。

 ふわふわだもんね、この体。私だってケインの立場だったら、絶対してる。


「これって、なんの本ですか?」


 ケインは丸テーブルの上の本に目を留めた。

 イルはカフェで、読書をしながらコーヒーを楽しむ。今日も数冊、本を持ちこんでいた。


「いろんな国について書いた本だよ。よかったら、読んでみる?」


 私を自分のひざに引き取って、イルは本を貸した。

 ケインはパラパラとページをめくり、次第に夢中になった。


 そうか。ケイン君が将来、インテリジェンスなイケメンになったのは、これがきっかけだったのか。


 私は感慨にふけったが、途中で、ケインのポケットにささったメモに気づいた。

 もしやケイン君、おつかいの途中なんじゃ?


「あっ、シュガー。それは触らないで。大事なおつかいメモだから」


 私がメモにちょっかいをかけると、ケインはあわてて立ち上がった。


「本、ありがとうございました。おもしろかったです」

「持って行っていいよ。僕はもう読み終わったから」


 ケインが去ると、私はまたイルの対面にもどる。


「シュガーは僕の向かいが好きだね。僕のひざはそんなに落ち着かない?」


 ちがうんです、イル様。

 私の前には、猫なのでコーヒーも何もないけれど、二人でお茶している気分を味わいたいんです。

 明日からまたお仕事がんばろ!


 翌日、ローズ菓子店に配達にやってきたケインは、脇に本を抱えていた。イルから借りた本だ。


「スノウ。袋って余ってない? 汚れないよう、これを入れたいんだけど」


 私は油紙を探し出してきた。これで水気対策もばっちりだ。


「配達のときも持ち歩いているの?」

「仕事の合間合間に読もうと思って」


 えらいなあ。異世界の二宮金次郎だ。


「おもしろいんだよ、この本。いろんな国のことや、住んでる人のことが書いてあるの」

「そうなんだ。……ラネージュ人についても、書いてあったりする?」


 先日、カイザーに質問されたことを思い出し、私はたずねた。

 訳も分からず肯定してしまったけど、なんだったんだろう、ラネージュ人って。


「ラネージュ人はね、森の奥深くに住む人たちだよ。真っ白い髪と肌をしていて、ヨウシタン――タンレイ? な人が多いんだって」


 容姿端麗。きれいな人が多いってことだな。

 ケインは本を開いて、該当の項目を読み聞かせてくれる。


「『ラネージュ人。総じて白髪、白肌。多様な色の瞳が特徴の人種。

 人との交流を好まず、森の奥深くに住む。文化や生活については謎に包まれている。魔法が扱えるという説もあり、森の賢人、とも呼ばれている。

 穏和な性格で、争いは好まない。森で迷うと、どこからともなく現れ、道を案内してくれることもある。

 我が国ではセムラの森に多く住んでいたが、近年の森林破壊によりどこかに姿を消した』――スノウはラネージュ人じゃないの?」


 たしかに私の容姿と似通った人種みたいだ。

 でも、ちがうんだよなあ。どう答えよう。


「……実は私、子供の頃の記憶がなくて。気づいたら一人でいたから、自分が何人か知らないんだ」

「記憶ソウシツってこと?」


 理由が強引過ぎるかな。

 心配したけど、ケインは素直に信じてくれた。


「僕の故郷にも、戦争で遠くから逃げて来た人がいたんだけど、似たようなことをいってたよ。気づいたら、ここまで来てたって」


 ケインはそっと、私の顔をのぞきこんだ。


「スノウは今、幸せ?」

「すごく幸せだけど?」

「なら、よかった。覚えてない方がいいこともあるよね」


 話が見えない。なぜケイン君は、こんなにも慈愛に満ちた目で私を見てくれるんだ? 実は天使か?


「これあげる。うちの実家から届いたケーキ。ママの作るメドヴニークは絶品なんだよ。食べてみて」


 施しまでされてしまった。ラネージュ人は気の毒がられる人種なのかな?

 首をひねっていると、やってきたジンジャーが手元をのぞきこんだ。


「うまそうなもん持っとるな。メドヴニークか」

「どういうお菓子なんですか?」

「ハチミツ混ぜて焼いた生地に、キャラメル味のバタークリーム挟んだ菓子。

 この国に昔からあるお菓子やん。知らんの?」


 質問したものの、ジンジャーはすぐに一人で納得する。


「スノウはん、ラネージュ人やもんな。知らんでもしょうがないか」

「じつは私、昔の記憶がなくて。ラネージュ人かどうかも分からないんです」


「そうなん? ワイはてっきり、スノウはんはラネージュ人やと思いこんどったで。

 ラネージュ人の住んどったセムラの森は、お国の発展ために、軍隊が入って森を焼いたって話やん?

 町に逃げ延びてきたのを、やさしい店長はんが、雇い入れたんかなと」


 つまり、難民なのか。だからケイン君は気の毒がったのか。

 マロンが雇い入れてくれたのも、そういう事情を察してだったのかな?


「そうでしたか、スノウは記憶がなかったのですね。めずらしいとは思っていたんですよ、ラネージュ人が人里、しかも都会に来るなんて。彼らは人との関わるのを避けるのに」


 オーナーでもある喫茶のマスターが、話に加わってきた。


「やっぱり、ラネージュ人だから雇ってくれたんですか?」

「森を追われて、気の毒だと思いましてね」


 ちなみに、ラネージュ人以外にも、白髪白肌の人種は存在するらしい。


「でも、スノウちゃんって、しっかりしているようで、抜けているところもあるから。

 浮世離れしてて、ラネージュ人っぽいよね? ってみんなでウワサしてたの」


 喫茶のウェイトレスさんから、そんなコメントをもらった。

 もう私、ラネージュ人で通そう。

 数日後、配達にやってきたケインを見かけ、私はお礼をいった。


「メドヴニーク、はじめて食べたけど、すごくおいしかったよ。ごちそうさま」

「でしょ? 粉屋のおかみさんたちも、毎回、届くのを楽しみにしているくらいなんだ」

「本、もう読み終わったの?」


 ケインの手にも、荷車にも、本は見当たらなかった。

 何気なく質問しただけだったのに、ケインはなぜか、バツが悪そうにする。


「うん。一応……」


 暗い。何があったんだろう。


「本ね、汚さないようにしていたんだけど、汚しちゃったんだ」

「持ち運ぶときは、紙に包んでいたよね?」

「そうなんだけど。いつの間にか、紙が切れてて。水たまりに落としちゃったんだ。借り物なのに」

「すなおに事情を話して謝れば、分かってくれるよ」

「……うん」


 はげましたけど、ケインは暗い顔のまま、帰っていった。

 そんなに気に病むことないのになあ。イル様は子供に怒るような人じゃないし。


 そう考えていて、はたと気づく。

 紙が切れていてっていったよね、ケイン。

 普通、紙が擦り切れて本が落ちたなら、紙が破れちゃってっていわないか?


「ケイン君、元気なかったわよね」

「店長もそう思いました?」

「……先輩の子と、うまくいってないのかしら」


 マロンが心配そうにする。

 そういえばケイン君、いい子過ぎて、職場の先輩ににらまれてたな。

 悩みの原因が分かった気がする。

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