18.ティーパーティー 5

「アイスの冷たさのおかげで、チョコのしつこさが減る。クッキーのざっくりした食感が、口当たりを軽くしてるな。おまえも食ってみろ」


 店長にスプーンを渡され、若い職人は恐る恐るアイスをすくった。

 意外そうに眉を上げる。


「うまい」

「だろ。アイスクリームにパンくずを混ぜるってのは聞いたことあったが、こんなに大胆に、お菓子を混ぜたやつはいないだろうな」


 混ぜるのがパンくず止まりとは。

 でも、そうか。冷凍庫ないから、アイスクリーム自体、作るのが大変だ。アイスクリーム文化は発展途上なんだろう。


 器が空になると、店長さんは次を求めた。


「他は? 何を合わせるんだ?」

「チーズケーキもいいですよ」


 私はバニラアイスとレアチーズタルト、軽食コーナーにあったストロベリージャムを取った。


「混ぜにくいですね、これ。冷たい鉄板でもあれば、楽なのに」


 ぼやくと、スミレ菓子店の店長が動いた。

 氷の彫像をどけ、クラッシュアイスの上に銀のトレイを載せる。


「貸しな」


 店長はケーキをサーブするヘラ二本で、三種の素材を混ぜ合わせた。

 なんだなんだと、他店の職人たちが寄ってくる。できあがったものを口にすると、真剣な表情になった。


「……これ、おもしろいな。発想もだけど、食感がアイスとしては斬新だ」

「ああ。アイスクリームのフレーバーは、フルーツから野菜から香辛料まで、星の数ほど試されてきたけど、食感を追求したことはないよな」


 ストロベリー&チーズケーキはおいしかったけど、少々、こってりとして甘ったるい。

 他の人もそう思っていたようで、職人の一人が指示を飛ばす。


「おい、見習い。厨房に行って、酢をもらってこい」


 ほどなくして、バルサミコ酢に似た、赤黒い酢がやってきた。

 ほどよい酸味で、味が締まる。うまっ。センスいいな。


「次は、うちの店に残ってるフロランタンを試させてくれ。キャラメルとナッツも合うだろ」


 アイスはチョコレートに変更。まちがいない組み合わせだ。

 また一工夫が提案される。


「塩を足してみようぜ、塩」

「塩? ありえないだろ」

「ありえますよ。塩キャラメルチョコ。甘味が引き立って最高です」


 私が強く推すと、こわごわと、塩が足された。

 でも、正しかったようで、みんな、うなる。


「なあ。ローズ菓子店さん。他にはどんなものを足すんだ?」

「マシュマロとか、飴とか、ゼリービーンズとか?

 焼く前のクッキー生地っていうのもありますね」


 スミレ菓子店の若い職人が、怖いものを見るようにしてきた。帽子を取る。


「さっきいったこと、撤回するよ。おたくの店長を侮辱して悪かった。

 すごい発想力だな。足元にも及ばない。謝る。すまなかった」


 いや、さっきのは現代知識の流用で、マロンの知識じゃないけど。

 まあ、いいか。和解に水を差すこともない。


 菓子職人内で和気あいあいと盛り上がっていると、招待客たちもおしゃべりを中断して、集まってきた。


「何を食べていらっしゃるの?」

「ずるいわ。仲間内だけで。私たちにも食べさせてくださいまし」


 不満げな女性たちに、スミレ菓子店の店長はもったいぶって人差し指を立てた。


「もちろんです、みなさん。私たちだけで食べるなんて、もったいない。これはアイスクリームの革命ですから」

「革命?」


 間もなく、スミレ菓子店のお菓子はきれいになくなった。

 今度は、他店で残っていたあらゆるお菓子とのコラボが試される。


 人々の感想は、言葉よりも手が饒舌だった。続々と生み出される新作に、次々と手が伸びる。

 もうみんな満腹だったはずだけど。乙女には、別腹の別腹があるのだ。


「スノウちゃん?」


 あっ。マロンだ。見つかっちゃった。


「ひょっとして、様子を見に来てくれたの?」

「終わった後でしたけど。パーティーどうでした?」


「来てよかったわ。とっても勉強になるし。

 聞いて、おもしろい出会いもあったのよ。なんと、シュマーレン大尉のお母様にお会いしたの。いつもおいしく頂いてますって、挨拶されたわ。大尉、ご家族に買われていたのね。

 恋人にだと思っていましたっていったら、息子に浮いた話がなくて困ってるって、延々、嘆かれちゃった」


 しまったー! そうだった。ティーパーティーで、カイザーがだれに買っているか判明するんだった。

 アイスに夢中になっている場合じゃなかった。

 悔いる私の手元をのぞきこんで、マロンがうらやましがる。


「シナモンアイスにパイ? いいわよねー、お菓子とアイスでコラボって。

 お店の残り物でたまにやるけど、太っちゃうのが悩みどころなのよねえ」

「永遠の課題ですよね」


 うなずき合っていると、スミレ菓子店の若い職人がやってきた。神妙な顔つきで申し出る。


「ローズ菓子店さん。お菓子とアイスを混ぜるアイデア、うちで使ってもいいかな。

 うちの店、夏は売り上げが落ちるんだ。だから、このアイデアはうってつけで」

「どうぞ?」


 マロンはきょとんとした。話の流れを知らないので「なんで私に?」という表情だ。


「逆に、商品化されたら、食べに行ってもいいですか?

 スミレ菓子店さん、素材がとっても上質ですものね。どんなおいしいものが出来るのか、楽しみです」

「ぜひ」


 二人の間で、握手が交わされた。

 他の菓子店も、うちでもやらせてくれ、とマロンに挨拶に来る。

 新人のローズ菓子店は、他のお店に認められたようだ。めでたい。


「こんなに楽しいティーパーティーは初めてでしたわ、フロッタンテ社長」

「アイスにこんな食べ方があったなんて」

「私たち職人も、大変楽しませて頂きました。職人同士が意見を出し合って、新しいものを作っていくのは、わくわくしましたよ。すばらしい経験でした」


 招待客からも職人たちからも、イルに対して拍手が起こった。


 スミレ菓子店とケンカになりかけた時はひやひやしたけど、すべて丸く納まった。万歳!


「それじゃ、店長。私はこれで」

「用事があったのに、ありがと。また明日ね」


 そろそろ猫にもどらなくちゃ。執事さんがイルに、猫が逃げ出して捜索中と報告している。イルも持ち場をはなれて私を探しはじめた。


 人気のない場所を探してさまよっていると、背後から声をかけられた。


「おい」


 ……無視だ無視。聞えなかったふりをしよう。


「そこの白いの。出口はあっちだぞ」


 腕をつかまれた。苦い顔でふりむく。カイザーだ。


「知ってます」

「へたに人の屋敷をうろつくな。怪しまれる。どこに行きたいんだ」

「……お手洗いです」


 ならこっち、と引っぱられる。乱暴にふり払った。


「一人で行けます」

「そういえば、名前は? ちゃんと聞いてなかったな」

「覚えていただかなくて結構です。ほっといてください!」


 さすがにいい過ぎだと思ったが、おかげで、カイザーは一歩引いてくれた。


「一つだけ聞かせてくれ。ラネージュ人か?」


 ラネージュ人? なんだろう。知らない。

 けど、これ、否定して、なら何人だって訊かれると、困るな。


「そうです。ラネージュ人です」

「……なら、悪かったな」


 なにが悪いのかさっぱり分からないが、カイザーはそれ以上、私に構わなかった。去っていく。助かった。


「シュガー、どこにいるのー?」


 私は適当な場所で猫に戻り、イルの方角へ走った。

 ひい、忙しいな。

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