17.ティーパーティー 4
庭のしげみで人間になって、立ち上がる。
原理は謎だけど、私の人型は、前回、変身を解いたときの服装で再現される。
とても助かる。そうじゃなかったら、毎度、服に困らないといけない。
私の今の服装は、白いブラウスに紺のスカート、エプロン。
店に出ている時と同じだ。ローズ菓子店の店員として会場にまぎれこもう。
「ねえ、そこの君」
広間まであと少し、というところで、若い男性客に呼び止められた。
女性が対象のパーティーだけど、少ないながら男性もいる。夫や親類など、付き添いだ。
「どこの店員さんなの?」
「ローズ菓子店ですけど」
「名前は?」
「スノウです」
なんだろ。疑われているのかな。
不安になったが、相手は他愛のない世間話をふってくるだけだ。話し相手に飢えているらしい。勘弁して欲しい。
っていうか、なんかだんだん、距離が近くなってくる。
「パーティーもそろそろ終わりでしょ? 一緒に遊びに行かない?」
「仕事があるので」
適当にあしらって先へ行こうとするけど、邪魔してくる。手まで握って来る。
「君、かわいいね。なんでもごちそうするから、おいでよ」
目が点になった。かわいいって。だれのことだ。
「きれいな目の色だね。神秘的だ。どこの国の子なの?」
白い髪に触られて、ようやく思い出す。
自分が、生前とはまったくちがう姿になっていることを。
今の私は、おそれ多くも『ローズ菓子店へようこそ!』のイラストも担当した神絵師『うま~か棒』さんによって創造された美少女姿なんだった。
やっと分かった。これ、口説かれているんだ。
……外見が変わるだけで、こんなに周囲の対応が変わるんだなあ。
人間だった頃、飲食店でバイトしていた時、たとえ酔った客でも、私を口説くことはなかったのに。
面倒くさいな。強引にふり払っても許されるのかな?
対処に困っていると、近くの部屋の扉が開いた。
葉巻やコーヒー、カードゲームを楽しむ紳士たちの中から、見知った人物が出てくる。カイザーだ。親しげに声をかけられる。
「なんだ、おまえも手伝いで来ていたのか。ちょっといいか?」
「は、はい?」
変な客からは解放されたけど、今度はカイザーにつかまるなんて。ついてない。
「なんのご用ですか?」
「べつに用事はない。あの場に居たくなさそうだったから、呼んだけだ」
広間の入り口まで来ると、カイザーは私からはなれた。さっさと庭に出ていく。
……最悪だ。また助けられたのか。
本当についてない、と思うが、ここで退いたら、それこそ骨折り損。会場に乗りこんだ。
パーティーは終わりに近かった。
招待客たちはイスに深く腰かけて、おしゃべりに夢中だ。お菓子を取りに行く人はあまりいない。
イルとマロンはテラスにおり、それぞれ招待客と話していた。当分、こっちにはこないだろう。
各店のスペースに、まばらに残されているお菓子に近づく。
ムースやゼリーといった涼しげなお菓子は、ほとんど売り切れていたけど、ブラウニーやクッキーといった焼き菓子は、まだ充分に残っていた。
たくさん食べられるようにと、どれもサイズが小さめなのが嬉しい。
「うまくやったよな、あの菓子店。社長の猫をだしに使ってさ。目のつけどころがちがうよ」
お菓子スペースのそばに立っている、若い男性がいった。
たしかここは、スミレ菓子店だったっけ。男性はそこの職人のようだ。もう何もなくなっているローズ菓子店のテーブルをにらんでいる。
「そういう営業努力をするのも、店屋に必要なことだ。ひがむな」
若い職人に、年配の男性が返す。店長だろう。腕が太くて、レスラーみたい。
「あの店長、社長に特別な愛想も売ってるんじゃないですか。あの社長も、やたら気にかけてるみたいですし」
「ぶつくさいってないで、お嬢様方に売りこみにいくぞ。
うちの菓子は見た目が地味だ。おまけに店の売りは、夏は手が伸びにくい、バターの風味が自慢のクッキーや、味の重たいチョコレートケーキときている。
社長はそれを置くなら、味や見た目を工夫した方がいいといってくれていた。
それを無視して、いつも通りで出したんだ。こんなに残ったのはうちの責任だ」
「味はうちが一番なのに」
若い職人は、ほとんど残ってしまっているクッキーをつまんだ。
「お菓子、頂いてもいいですか?」
二人の視線が、私のエプロンに刺繍されているバラの花に集まった。
「……ひょっとして、ローズ菓子店の店員?」
「そうですけど」
若い職人が、ふーん、とじろじろ眺めてくる。物言いたげに。
いやな感じだ。騒ぎを起こしたくないから、陰口は聞き流そうと思っていたけど、我慢できなくなってきた。
「いっておきますけど。うちの店長は色も媚も売ってませんし、社長の猫をお菓子にしたのだって、たんなる成り行きで、偶然ですから。
この場であんなにアピールしてもらえたのも、社長の猫好きのおかげです。
社長はがんばる方を応援してるだけです。変な誤解はしないでください」
にらみつけると、若い職人は気色ばんだ。
「がんばってる? それなら俺だってがんばってるよ!」
「やめろ!」
太い腕で若い職人を後ろへ突き飛ばし、店長は私のお皿にクッキーやチョコレートケーキを載せてくれた。
少しはなれて、クッキーをかじる。どっしりとした、味わい深いクッキーだ。
チョコレートもカカオの風味が鮮明で、とにかく素材がいい。こだわりを感じる。
でも、地味だ。店長同様に、なんというか、生マジメすぎて愛想がない。この季節には味も食感も重い。食べ切るのに、アイテムが必要だ。
飲み物を取りに行こうとして、アイスクリームコーナーが目に留まる。
そうだ、アレをやろう。
「……何してるんだ?」
広間の隅で、ガツガツと器にスプーンを突き立てていたら、スミレ菓子店の若い職人に見つかった。
お嬢様方に売りこみに行った結果は、かんばしくない。銀のトレイには、まだケーキやクッキーが残ったままだった。
「おい、なんだよ、それ」
私の手の中にあるものを見て、菓子職人は肩をいからせた。
深めの陶製のカップの中では、細かく砕かれたクッキーやチョコレートケーキが、バニラアイスと混じり合っていた。
「うちの商品を台無しにしやがって! アイスと混ぜなきゃ食えたもんじゃないっていいたいのか」
「ちがいます! こうした方がもっとおいしいから」
「ウソつけ! 店長、こいつ、うちの菓子を侮辱してますよ」
「してません! ほら、ブラウニーとチョコアイスとか、クッキーとバニラアイスとか。私、ああいうのが好きで」
「適当なこと言うな!」
この世界に、ベンさんたちのアイスや、ハのつくダッツなアイスがないのは当然として、似たようなものすらないのか。
見た目が悪いせいもあって、若い職人さんは私のアイスをすっかり邪道扱いしていた。
丹精こめて作ったものを、勝手にアレンジされたら、腹も立つ……よね。
委縮していたら、スミレ菓子店の店長が、おもむろに、スプーンをつかんだ。
私のチョコケーキ&クッキー&バニラアイスを口に入れる。
「うまいじゃねえか」
店長の強面がゆるんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます