15.ティーパーティー 2

 いよいよ明日はティーパーティー、という日。

 帰り際に、マロンに呼び止められた。


「スノウちゃん。明日は日曜日だけど、出勤できない?」

「すみません、用事があって」

「ティーパーティーの間だけ、いえ、最初の一時間だけでもいいの。一緒にいてくれない?」


 マロンは不安そうに両手を握り合わせる。


「私もティーパーティーの場にいないといけないんだけど、知らない人ばっかりだし。どうふるまっていいかわからないし。

 もう一人、連れて来ていいっていわれているから、スノウちゃん、お願い」


 しっかり者のマロンが弱音を吐く姿は、なんだかかわいい。親しみが湧いた。

 けど、本当に私も行けないし。


「フロッタンテさんがいるから、大丈夫ですよ」

「だからよ! あの人、完璧すぎて緊張しちゃう」

「何か失敗したって、フロッタンテさんがフォローしてくれますって。それじゃ、おつかれさまでした」


 私は足取りかるく、帰路に着いた。

 明日が楽しみだ。なにせ私も、猫の姿でパーティーに参加する。『まだら白猫』のモデル、ということで、イルが参加を決めたのだ。

 二人のやり取りを最前線でかぶりつきで鑑賞できるぞ。


 翌日、私はイルと一緒に馬車に乗った。

 向かった先は、都内にあるフロッタンテ家のお屋敷。私がイルと最初に出会った場所だ。イルの両親の住まいらしい。


 すでに準備がはじまっていて、広間には軽食やお菓子が運びこまれていた。

 パーティーはビュッフェ形式だ。

 ローズ菓子店以外のお店も商品を提供しており、各店、割り当てられたスペースに、ケーキやタルトを配置している。

 マロンもていねいにティラミスをならべていた。


「おはようございます、ミス=ローズ。順調ですか?」

「順調です、フロッタンテさん。シュガーちゃんも一緒なんですね」


 こわばっていたマロンの顔が、一瞬にしてゆるんだ。


「フロッタンテさんとおそろいのネクタイしてる。かわいい」

「ミス=ローズは、今日は髪型を変えているんですね」


 イルはポケットから小箱を取り出した。

 入っていたのは、真っ赤なバラの髪飾りだ。

 つやのある布地で作られた花びらには、朝露のように小さな真珠がぬい留められている。

 後ろで一まとめにされているマロンの髪に挿すと、髪の栗色も、バラの赤色も、お互いを際立たせた。


「お名前の通り、赤いバラの花がよくお似合いになる」

「……これは?」

「私の店のものです。今季の新作なのですが、あなたに似合いそうだと思って。店に出す前に持ってきてしまいました」


 イルは自分の行動に、微苦笑していた。


「もらってください。あなた以上に似合う方が思いつかない」


 マロンの顔が、耳まで赤くなる。


 来たあーっ。ティーパーティーの見せ場その一。

 シーン再現、ありがとうございます、ごちそうさまです!


「シュガー、どうしたの!? そんなに伏せって。具合が悪い?」


 おどろかせてすみません、イル様。

 尊さのあまり五体投地してしまっただけです。


 一時間ほどして、ティーパーティーがはじまった。

 大勢の女性たちが、薄地のドレスの裾を揺らしながらやってきて、華やかな歓声を上げる。


 夏を意識して、会場はペールブルーのクロスや食器で涼しげに調えられていた。

 クーラーも電気冷蔵庫もない時代だ、少しでも涼をと、氷の彫像も飾られている。

 その足元は砕いた氷が敷きつめられ、飲み物が冷やされていた。

 レモンやハーブを浮かべたフレーバーウォーター、果物のジュース、炭酸水など。もちろん温かい紅茶やコーヒーも、別の場所に用意されている。


 壁際には、サンドイッチやカナッペなどの軽食と、いくつもの菓子店のお菓子たち。

 各店のブースには、それぞれの店の菓子職人が控えていて、女性たちの旺盛な好奇心に答えられるようになっていた。

 マロンもさっそく質問を浴びる。


「まあ、かわいい! 猫のケーキ?」

「コーヒー風味のお菓子で、ティラミスといいます」

「ティラミス?」

「あまりなじみがないので。うちの店では『まだら白猫』と呼んでいます」

「まだら! おもしろいわ」


 お客たちの手は、次々、ティラミスにのびた。

 そばに猫を抱いたイケメン――イルがいるおかげもあるだろうけど。


「うちの猫がモデルなんですよ。美人でしょう?」

「ええ、とっても!」

「さすがは社長の猫様。なんて気品にあふれているのかしら」


 ご令嬢もご夫人もイルにおもねった。耳がかゆい。


 会場で一番に、ローズ菓子店のお菓子はなくなった。マロンはほっとする。


「残ったらどうしようかと心配していたんですけど。よかった」

「おつかれさまでした、ミス=ローズ。後はパーティーを楽しんでいって下さい。会場のものは、自由に食べてもらってかまいませんから」


 菓子店の人々は、半分ゲストらしい。

 手が空くと、他店のケーキを味見したり、招待客と歓談していた。

 うちのパーティーにお菓子を作りに来て欲しい、と依頼されていたりするので、営業も兼ねているんだろう。


「これだけ店が一堂に集まることって、なかなかないことですよね。勉強させてもらいます」


 マロンの表情は活気にあふれている。

 一人で心細い、という不安は、好奇心と向上心でどこかに消えている。

 そんなマロンに、イルは温かい目をむけた。


「シュガーもおつかれさま。ここは暑いよね。控え室で休もうか」


 私はイルの気づかいを断った。腕からするりと、床に下りる。


 ティーパーティーのイベントは、まだ終わっていない。

 まだこれから、マロンが自分の服に飲み物をこぼしてしまい、汚れた服を変えるためにイルと退室して、いい雰囲気になる、というイベントが残っている。

 控え室で休んでいるわけにはいかなかった。


「シュガーもパーティーを楽しむんだね。わかった。また後でね」


 イルは私を置いて、招待客や菓子職人たちの方へ歩いて行った。

 次のシーン再現は、いつになるんだろう。

 氷の彫像のそばに陣取って、静かにその時を待つ。

 風が吹くと、ひんやりした空気がきて涼しい。氷がありがたい。毛皮、暑いんだよなあ。


「あなたの息子さんは、本当にすばらしいわね、ミセス=フロッタンテ」


 私のいる彫像のところへ、二人の婦人が飲み物を取りにやってきた。

 片方の顔は知っている。イルと初めて会った時、となりにいた女性だ。イルの母親。

 年を重ねていても、うつくしい女性だと思った。イルと同じ優雅さがある。


「才色兼備とはまさに彼のことよね。何でもよくできて、経営の才能まであって。

 新聞でご活躍を拝読しましたわ。買収した赤字百貨店を、見事に黒字化。将来、本業を継がせるのにも、何の心配もございませんわね」


「本当に、自慢の息子ですわ。

 子供にめぐまれず、養子を取りましたけれど、養子で却ってよかったと思っておりますの。自分の息子が、あれほど優秀に育つか自信がありませんもの」


「ご結婚は? 考えていいお年でしょう?」

「もちろん考えておりますわ。わたくしの遠縁の、貴族の娘をと。

 あの子に唯一足りないものがあるとすれば、血統ですからね」


「血統なんて。今時、そこまで気にしなくても」

「気にしなくていい程度の家ならよいでしょうけど」


 相手が眉をひそめたことを気にも留めず、フロッタンテ夫人は悠然とグラスを持ち上げる。

 そらしたあごは高慢で、感情にとぼしい顔は冷淡で、正直、あんまり好きになれないタイプだ。

 先々、イルとマロンの敵に回るキャラというせいもあるけど。


「きゃっ……」


 間近で、マロンの小さい叫びが聞こえた。

 他の人とぶつかったらしい、手の内のグラスが大きく揺れ、ザクロのジュースが服にかかる。

 展開通りにマロンに――ではなく、イルの母親に。


 え?

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