14.ティーパーティー 1

 新商品『まだら白猫』の人気は上々だった。


 喫茶スペースに座ったお客に勧めると、たいていがそのネーミングに興味を持ち、頼んでくれた。

 女性客は猫のモチーフに喜んでくれ、味も男女ともに評判が良い。食べたお客が、別のお客を連れて食べに来てくれるので、リピーターもついた。


「定番商品になりそうです」


 平日、お店にやって来たイルに、マロンはうれしそうに報告した。


「そのことで少し話があるんだけど、いいかな」


 イルは喫茶スペースを示した。

 いつも店には一人で来て、訪問先への手土産を買って帰るだけなのに、今日はちがった。秘書と社員を連れて来ている。

 マロンとイルたちは、一緒にテーブルを囲み、数十分ほど話しこんだ。


「どんなご用だったんですか? フロッタンテさん」

「『まだら白猫』を会社主催のパーティーに出したい、っていうお話だったわ」


 イルが社長を務める高級百貨店では、定期的にパーティーを開いている。

 招待するのは、百貨店のお得意様たち。つまりは販促のためのパーティーだ。

 今回は女性客を対象に、お茶とお菓子を出すティーパーティーを企画していて、その一品に、『まだら白猫』を加えたいという話だったそうだ。


「いいお話ですね。そのパーティーで、お客様たちに気に入っていただければ、きっともっとお店が繁盛しますよね」

「私はべつに、このお店が成り立つくらいのもうけがあれば、それでいいんだけど」


 マロンは自分好みに仕立てた、小さなお店を見回した。ケーキのならぶショーケースを愛おしそうになでる。


「まさか、お断りしたんですか?」

「ううん、お受けしたわ。フロッタンテさんが熱心にお話して下さるから。やる気になっちゃった」


 よかった。びっくりした。そのティーパーティーも恋愛イベントの一つだから、断っていたら、私がマロンを説得しないといけない。


「フロッタンテさん、私、まだ菓子職人として未熟で、足りないところがたくさんあるのに、こんなによくしてくださって……」


 マロンの目が熱っぽくうるんでいた。

 頬はピンク色のバラのように、ほのかに染まっている。

 ああ、ダメ。にまにましちゃうっ。こらえろ私。お客様もいらしたし。


「いらっしゃいませ、ジンジャーさん。配達ですか?」

「いんや。店長がワイの相棒をモデルにした菓子を作ったってゆうとったで、食べに来たんや。一つ頼むわ」


 テラスに座ったジンジャーのところへ、『まだら白猫』を運ぶ。

 ジンジャーは物珍しそうにしたけど、一口食べると、ああ、とうなずいた。


「昔、旅先で似たようなの食べさせてもろたことあるわ。

 ティラミス、やったか? 懐かし。

 店長、よう知っとったな、こんなん。この国じゃ、有名やないやろ」


 私が生きていた日本では、スーパーやコンビニでも売っている有名なお菓子だったけど。そうじゃないのか。イルも知らなかったし。


「店長、若いのに色んなものよう知っとるな。将来有望や。つき合い大事にしとこ」


 気に入ったようで、ジンジャーはもう一つ、ティラミスを頼んだ。

 コーヒーパウダーでできた猫の顔に、愉快そうにする。


「シュガー、やったっけ? あいつ、ここの常連の猫なんやってな。今日はいてへんの?」

「日曜日の午前になると、飼い主さんと来ますけど、今日は見てないですね」


「家は近いん?」

「あの斜向かいのマンションです」


「めっちゃええマンションやん。お嬢ちゃんなんやな、あいつ。

 これ返しにきた兄ちゃん、えらい上品そうやったで、ええとこ住んどるやろなとは思っとったけど」


 ジンジャーの首には、以前貸してもらった黄色いバンダナが返っていた。

 商人組合の標が染めてある上に、名前が刺繍してあったので、イルがそれをたどって、ジンジャーに返してくれたのだ。


「今頃、昼寝でもしとるんかな」


 ジンジャーはちらちらと、私が指した建物を気にする。

 窓辺にでも相棒の姿が見えないかと期待しているようだ。人懐っこい性格だ。

 今度、また橋に遊びに行こ。


 そう思いながらテーブルに背をむけると、突然、むぎゅっと、ポニーテールにしている後ろ髪をつかまれた。


「何するんですか!」

「悪い悪い、相棒のしっぽみたいでな。つい」


 ぎくりとする。髪色、白以外にすればよかった。


「スノウはん、ちょい後ろ向いて。今度はつかんだりせえへんから」


 会計時。ジンジャーは私の髪に、水色のリボンを結んできた。

 幅広で、草花のもようが刺繍されている凝ったリボンだ。


「さっきのお詫びや。うん、似合うなあ」

「え!? いや、似合いませんよ、こんなかわいいの」

「あんさん、自分を分かっとらんな。鏡見てみ」


 用意良く、ジンジャーは手鏡を見せてくる。

 映っているのは、スミレ色の瞳が印象的な、美しい少女だ。


 一瞬、だれ!? とびっくりするけど、自分だ。

 ボーイッシュだった前世とちがいすぎて、いまだに慣れない。

 ジンジャーの言う通り、前世なら似合わなかったリボンも、今の可憐な容姿なら合っていた。


「いやでも、悪いですから」

「悪いと思うなら、別の欲しくなったときは、よろしゅうごひいきに。ほなまたな!」


 手を上げて、ジンジャーはかろやかに去っていった。

 商売上手だなー。でもさわやか。


 私はちらちら、店の壁掛け鏡にリボンを映した。

 こういうものが似合うようになったことに、ちょっと浮かれる。

 前世では、女の子らしいものはきっぱり諦めていたからなあ。


「この間のそれ。商品化したのか」


 次にやってきたのは、カイザーだった。

 ショーケースのティラミスを見て、渋面を作る。


 カイザーにも試食をしてもらっていたが、そのとき、ティラミスに猫の顔はなかった。

 いいたいことはわかる。なんであの毛玉なんだ、ですよね。

 ハイ。私もそう思います。


「こんにちは、大尉。おかげさまで新商品ができました。

 完成品、サービスしますから、召し上がって行ってください」


 奥からマロンが出てきて、カイザーを席へ案内する。

 そのまま軽く世間話をはじめた。ちょっと親密度が増しちゃってるなあ。要警戒だな。


「マロンお姉ちゃんとあの軍人さんって、仲いいの?」


 話しかけてきたのは、ケインだった。

 マロンとカイザーを気にする。


「最近、よく話しているよね」

「新しい商品の相談で、よく話していただけだよ」

「……マロンお姉ちゃん、ああいう人が好きなのかな」


 そうだった。ケイン君もライバルだった。


「どうかなあ。年上の包容力がある人が好きとはいっていたけど」


 年上、を強調すると、ケインは意気消沈した。

 ごめん。本当にごめん。悪いやつだな、私。胸が痛む。

 いい子いたら紹介するし、協力するから許して!


「ケイン君、今日は何だった? 御用聞き?」

「今日はお菓子買いにきたんだ。『まだら白猫』、お店で食べてもいい?」


 心なし、ケインの服はいつもよりきちんとしていた。

 服は洗いたてで石鹸が香り、髪も整えられている。


「ちゃんとお金も持ってるよ。ほら」


 小銭がいっぱい出てきた。日々の細かなお駄賃をためてきたんだろう。

 足りなくてもお姉さんがおごってあげたくなるよう。


「どうぞ、お客様」


 イスを引くと、ケインは緊張ぎみに腰を下ろした。

 こういうカフェに来るのは、初めてなのかもしれない。

 注文通りティラミスを運ぶと、目をかがやかせた。


「これ、シュガーなんでしょ? マロンお姉ちゃんがいってた」

「そうだよ。それで食べに来てくれたの?」


 こくっとうなずかれる。

 ぐああっ。わざわざありがとう。心臓を撃ち抜かれたよ。


「シュガー、日曜日にお店に来てるんでしょ?

 飼い主さんにお願いしたら、抱っこさせてもらえるかなあ」

「きっとさせてもらえるよ」


 いやもう、週末を待たずとも、仕事終わりに私の方から猫の姿で会いに行きますっ。待ってて!


 新商品の『まだら白猫』、お客様にお勧めするとき、自分で自分を売りこんでいる気分で気恥ずかしいけど。

 これをきっかけに縁が深まるのは、うれしいな。

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