12.新しいお菓子 1
春が終わり、初夏になった。
ローズ菓子店の客足は、少しずつだけど増えている。橋に出店したおかげで、近隣以外にも名前が知れたようだ。
「夏に向けて、新しい商品を考えないとね」
お客の少ない、雨の日。
売り場からショーケースをながめ、マロンが楽しく悩む。
「これからの季節は、桃が出回ってくるから、桃のゼリーがいいかしら。
旬ではないけれど、レモン。さっぱりとしたムースなんていいわよね。
アイスクリームも食べたいわね。ソルベやジェラートも捨てがたいわ。
そうだ、パフェもやろうかしら。フルーツたっぷりのパフェ。手間かかるけど、女の子の憧れよね。
それから、それから……ああ、ダメ。自分だけで考えると、作りたいものが無限になっちゃう。
スノウちゃんは、何がいいと思う?」
マロンに話をふられ、考えるように目線を上にやる。
答えは聞かれる前からすでに決まっているので、全然、悩んでないけど。
「お客さんに聞いてみるのが一番だと思います」
新商品の開発も、恋愛イベントの一つだ。
相談を持ちかけることで、相談した相手との親密度が増すことになる。
「ちょうど、フロッタンテさんがお見えになりますし」
入店してきたイルは、マロンと私から注目を浴びて、小首をかしげた。
「何か?」
「いえ、なんでも。今日は嫌な天気ですね」
マロンはそそくさと、売り場からカウンター側に帰ってきた。
「店長、聞かなくていいんですか?」
「ムリ。できない。だって、あの人、お忙しい人だから。そんなことで呼び止めちゃ悪いわ」
「世間話程度で、怒ったりしないと思いますけど」
「そう思うけど。なんていうか、フロッタンテさんは、オーラがちがうし」
ゲームでマロンも、庶民育ちの自分と、お金持ちのイルとの格差に悩んでたっけ。
意識してくれるのはいいけど、それじゃ困る。話が進まない。
仕方ない、私が代わりに聞こう。
「フロッタンテさんは、どんなお菓子が好きですか?」
「僕? どうして?」
「新商品の参考です。店長、作りたいものが多すぎて、決まらなくて」
「だって、お客さんに、たくさん喜んでもらいたいじゃない?
あの人はこれが好きそう、この人はあれが好きそうって考えてたら、止まらないのよ」
「なるほど」
イルはくすっと笑って、ぐるりと店内を見回した。
ショーケースに目を走らせ、カフェも観察する。
「このお店のケーキは、バリエーション豊かでかわいいから、好奇心旺盛な女性客が多いよね。
でも、喫茶のコーヒーを目当てに通う男性客もいる。
男性客はほぼクロワッサンしか頼まないけど、甘いものが嫌いなわけではないと思うんだよ。ここのケーキがかわいいから、頼みづらいだけで。
だから、見た目がシンプルで、大人っぽいお菓子もおいてみたらどうかな?
甘い中に、苦みやお酒を利かせたようなお菓子があったら、喜ばれると思うんだけど」
さすがイル様。この店を解析した上での、経営者らしいガチの回答が来た。
すばらしいです、知らなかったです、すごいです、センスあります、尊敬します、イル様!
私は生前使ったことのなかった『合コンさしすせそ』をフル活用した。
「そんなに頼みにくいですか? うちのケーキ。
私は男の人がかわいいケーキ食べているところを見るの、好きなんですけど」
仕事モードになると平気らしい。気後れするといっていたのも忘れて、マロンはショーケースから身を乗り出した。
「ローズ嬢が思っている以上に、男は体面や体裁を重んじるものですよ」
「一つ賢くなりました。考えてみます」
「できあがったら、ぜひ食べてみたいですね。商品として店に出なくても。
色々ご託をならべたけど、結局、僕が食べてみたくて提案したっていうのもあるから」
「わかりました。ご試食、お願いしますね」
マロンはそのまま、イルの接客を請け負った。愛想でない、自然な笑顔を浮かべている。
よかった。また一歩、仲が進展したようだ。
今日の夜は、イル様のひざで十分間くつろぐことを自分に許そう。よくやった、私。
翌日には、マロンは一作目を仕上げていた。
「ラムレーズンを使ってみたわ。どうかしら?」
前世でも見たことのある品が来た。
バターサンドクッキーだ。バタークリームに、ラムレーズンが混ぜこんである。
期待した通りにおいしい。けど、でも。
「店長。これ、夏場だと溶けませんか?」
「……これからの季節にはよくないわね」
マロンはふたたび新作の案を練った。
「ガトーバスクにしてみたわ。どう?」
バターとアーモンドの香る、ビスケットのようなザクザクとした生地に、クリームが挟まっている。
味は二種類あり、一方はキャラメル、一方はカスタードクリームだ。
「キャラメルクリームはほろ苦くて、カスタードはお酒が利いてて、おいしいです。大人っぽいし、これなら夏場も大丈夫ですね」
「よかった。シュマーレン大尉に試食を頼んでみましょ」
私は耳を疑った。
「大尉に? フロッタンテさんじゃないんですか?」
「フロッタンテさんに、全然ちがうっていわれないか心配だから、事前調査するっていうか。試食の試食っていうか」
私はカイザーに対するマロンの心を疑ったが、他意はないようだった。
「フロッタンテさんって、新聞に載るくらい有名なやり手の若社長なのよ。変なもの出せないわ。
開店の時からこまめに通って下さっているし、がっかりされたくないの」
ただ本当に、イルに幻滅されないかを心配しているだけのようだ。
それなら、まあ、いいか。
午後にカイザーが来ると、私は厨房のマロンを呼んだ。
「大尉は甘いものは召し上がります?」
「勧められれば」
カイザーが席に着くと、マロンはその前に試作品をおいた。
「なら、お勧めしていいですか? これを試食していただきたいんです」
「自分が、ですか?」
「実は新商品を何にするか、悩んでいて。
他の常連の方に相談したら、コーヒーを飲みにいらっしゃる男性向けに、商品を作ってはどうかと提案されたんです。
ですので、大尉が適任だと思いまして」
カイザーが頼んだのは、今日もコーヒーのみ。
本当のことを知らなければ、まさにターゲット層代表だろう。
「大人っぽさを意識して作ってみたんですけれど、いかがですか?」
「味は、問題ないかと。コーヒーにも合いますし」
「見た目は、どうでしょう? 頼むの、ためらいます?」
「素朴な外見ですから、ケーキよりは頼みやすいと思います」
ただ、とカイザーはつけ加えた。
「出されれば食べますが、わざわざ頼むかといわれると、複雑ですね」
「そう……ですよね。ショーケースに置いたら目立ちませんし、他のところへ置いたら、クロワッサンや他の焼き菓子でもいいか、ってなりそうですよね」
「売り込み方次第でどうにかなるのかもしれませんが。
素人に分かるのは、このくらいです。商品自体は本当によかったです」
「ありがとうございます」
空の皿を下げて、マロンは厨房にもどった。
試作品の残りを前に、悩ましげにする。ついには頭を抱えた。
「分からないっ。女の子がドキドキワクワクするようなお菓子は考えてて楽しいし、無限にアイデアが湧いてくるけど、こういうのは分からないーっ!」
新商品は、難航しそうだ。
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