11.市場にて 2
カヌレ橋で出店をやるのは、ジンジャーと親密度アップのイベントだ。
妨害する一番の方法は、私がマロンの代わりに出店に立つことだけど、あいにくその日は日曜日。イルが家に居るので、出勤は避けたい。
でも、数時間なら外出もできるだろうから、スキを見て……
「今日はシュガーをスケッチしてみようかな。絵なんて久しぶりだ」
日曜日。朝食が済むと、イルは私の前に座って、スケッチブックを開いた。
かぶりつきで、じっくり観察される。
これは。出かけられないぞ。スキがない。
自由気ままな猫らしく、無視して出かければいいんだろうけど、イル様の楽しみを邪魔するのは心が痛む。
困ったな、どうしよう、と、窓を見てソワソワしていると、メイドから助け舟が来た。
「旦那様、シュガーはそろそろお散歩に行きたいみたいですよ。いつも、日中は外に出ているから」
「そうなの?」
「ええ。旦那様がご出勤なさって、ご帰宅なさるまでは、だいたいお外」
イルに、日中、いないことは秘密にしたかったのに。バレちゃったな。仕方ないか。
メイドさんが窓を開けてくれたので、私はバルコニーに出た。
「じゃあ、僕も一緒に散歩に行こうかな。シュガーがいつもどこに行っているのか気になるし」
それは困る! と思っていたら、またもメイドさんが助けてくれた。
「旦那様。猫はしつこいのが、一番、嫌いです」
イルは残念そうに引っこんだ。しゅん、としている。
すみません、イル様。大好きですよ。帰ってきたら遊んでくださいね!
日曜日の町は、にぎわっていた。
天気がいいので、みんな、外出を楽しんでいる。
マロンとジンジャーは、橋の真ん中あたりにいた。ならんで店を出している。
客足は、よくなさそうだ。
というのも、ジンジャーが呼びこみよりも、マロンと話す方に熱心だったので。
距離が近い。コラッ!
「おっ! あんさん、久しぶりやな!」
しっぽで頭をはたくと、ジンジャーがふり返った。陽気に抱き上げてくる。
「元気にしとったか? 今日はかわええリボンしとるな。どうしたん?」
「その子、シュガーちゃんですよ。お店の近所に住んでいる、常連さんの飼い猫さんです」
「そうやったんか。野良やなかったんやな。なら安心やな」
私がもう危険に遭うことがないのを知って、ジンジャーは安心していた。
「身寄りがないもん同士のよしみや。
もし、行く当てないなら、ワイが面倒みよかと思っとったけど。よかったわ」
少し残念そうにいわれて、胸がドキーンとした。
くっ。私のジンジャーへの好感度がまた一つ上がったぞ。
「ジンジャーさん、お一人なんですか?」
マロンはおずおずと尋ねたが、ジンジャーはあっけらかんと答えた。
「おお。何や知らんけど、道端に捨てられとったらしいわ。
でも、ええ人に拾われて、商いのノウハウ叩き込まれて、こうして毎日元気に楽しくやっとるで。なんも悲しいことはあらへんよ」
「さみしくなること、ありませんか?」
「せやなあ。たまには、あるなあ」
ふっと表情をくもらせて、ジンジャーはマロンの手をにぎった。
「一人がさみしい夜には、嫁さんがおったらええなあって思うなあ……」
近い近い近い!
私はジンジャーの顔面にふさふさのしっぽを押し当ててやった。
「うわっ。口に毛がっ。ぺっ、ぺっ。なにするんや、シュガー」
嫌がるジンジャーの顔に、私はしっぽをモフモフしつづける。
「え? 何? ええ加減にせい?」
マロンの手を放したので、私はモフモフ攻撃をやめ、商品のならんだ台をしっぽで叩いた。
「仕事せえって? へい、えらいすんまへん。って、なんで猫に怒られなアカンねん」
一人ボケ一人ツッコミに、マロンがくすくす笑った。
「のど、渇いてきましたね。何か飲み物を買ってきます。コーヒーでいいですか?」
「砂糖とミルクたっぷりで頼むわ」
ひらひらと手をふって見送って、ジンジャーは熱っぽいため息を吐いた。
「かわええなあ、マロンはん。お菓子作りも上手やし。ホンマ、あんな嫁はんが欲しいわあ」
ジンジャーは石と石のスキマに育っていた花を摘んだ。
「マロンはんは、ワイに、気がある~、気がない~、気がある~」
乙女チックに花占いをはじめるジンジャー。
私は残り二枚の花びらを、むしゃっとかじりとった。
「何すんねん! しゃあないな。じゃあ、次はもっと手軽に素早く」
ジンジャーは釣銭の入っている小さなかごから、コインを一枚取った。
「表が出たら、マロンはんはワイに気がある。裏が出たら、ない。いざ!」
宙にはじかれたコインを、私はジャンプしてはたいた。
うまいこと、コインは釣銭カゴにもどる。周囲から拍手が起きた。
「シュガー、おまはん、ツッコミきついな。名前とちごうて、全然、甘ないな!?」
ジンジャーはガクガク私を揺さぶった後、次はカードを取り出した。
「花占いやコイントスなんて、そんな単純なのは当てにならへん。ここは旅のオババに習ったカード占いで」
陳列台にカードをならべると、私はその上に寝そべった。
観衆から、笑いが起きる。
「シュガー、カードめくれんやろ。ほら、どき――イデデデデデ! 堪忍っ、猫パンチやめて! 痛いのに肉球気持ちよくてヘンな気分になるやんか! まじめに商売します! しますからっ!」
ジンジャーはカードを片付け、集まっていた人々の方を向いた。
「いらっしゃいませー。陽気な旅商人のジンジャーと、ツッコミのきつい相棒シュガーのお店やで。なんか見てってー」
なぜか拍手が起こった。小銭が飛んで来る。
どうも私とジンジャーのやり取りは、見世物か何かと誤解されたらしい。
おひねりを回収すると、ジンジャーが神妙な顔で迫ってきた。
「おまはん、ワイとコンビ組まへん? ジンジャー&シュガーで。てっぺん目指そや」
商魂たくましいな。
観衆の中に、マロンもいた。笑いながら、ジンジャーに飲み物を差し出す。
「おもしろかったです。シュガーちゃんは芸達者だし、ジンジャーさんのリアクションもよかったし」
「いや、ワイ、まじめに恋占いやっとったんやけど」
じいっとジンジャーに見つめられると、マロンはぺこりと頭を下げた。
「すみません。私、好きな人がいるので」
「それ、かっこええ? ワイよりも?」
「私にはだれよりも」
迷いのない返事だった。
ジンジャーは天をあおぎ、しゃあないな、とあっさりあきらめた。
二人が話していられたのは、そこまでだった。
私とジンジャーを見物していたお客が、お店の方にも注目しだしたのだ。お互い、それぞれの店にかかりきりになる。
「は~。残念やな。あっさりフラれてもうた。次の出会いに期待しよ」
ぼやくジンジャーの頭を、私はしっぽでなでた。
大丈夫大丈夫。きっとこれから、いい出会いがあるよ。
なにせジンジャー、ゲームのラストで、実は某国の王子様だったことが判明するし。
あまりのミラクル展開に、ウソやろ、とツッコんだ覚えがある。
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