ゲーム序盤

8.森のピクニック 1

 思った以上にあっさりと、マロンは私を雇い入れてくれた。


 再度、家族や出身地や経歴について聞かれはしたが、口ごもると、それ以上は詮索されなかった。

 ここのオーナーである喫茶のマスターと相談し、雇用を決めると、さっさと出勤日や勤務時間の相談に入った。


「まだ開店したばかりで、余裕がなくて。お給料はすごく安いけど、いい?」


 すぐにうなずいた。給料が目的ではないので、どうでもいいことだ。


 出勤日は、月火水金土の週五日。

 木曜日はお店の定休日で、日曜日は家にイルがいるので出勤を控え、そう決まった。

 時間は、九時から十七時まで。イルが出勤していって、帰宅するまでの間だ。


「喫茶の方は人が足りているから、スノウちゃんには私の方、菓子店の方を手伝ってもらうわね。分からないことがあったら、何でも私に聞いてね」


 マロンは親切にそういってくれたが、私は『ローズ菓子店へようこそ!』を何度もプレイしている。

 主要キャラを一通り攻略し、二週目以降解放のルートやキャラを攻略し、『レシピノート』などのやりこみ要素もコンプリートすると、自然、そうなるのだ。

 正直、ローズ菓子店のことは、知り尽くしている。たぶんマロン以上に熟知している。

 ので。


 マロンから、お古の衣類を譲ってもらい、お店支給のエプロンを身に着け、一通りの説明を受けると、私はさっそく店頭に立った。

 商品について聞かれ、まごついている先輩スタッフのフォローに入る。


「そちらの新商品は、カルディナールシュニッテン、と申しまして。

 メレンゲ生地とスポンジ生地を交互に絞り出して焼いた生地に、クリームを挟んだケーキです。

 本来はコーヒークリームを挟みますが、季節柄、イチゴと生クリームを挟んで仕上げております。

 生地の食感が軽いので、食べ出したら、あっという間になくなりますよ」


 ゲームをしているうちに、覚えるでもなく覚えてしまった商品説明が、スラスラと口を突いて出た。


「おいしそうねえ。せっかくだし、食べて行こうかしら」


「ぜひ。コーヒーとケーキのセットがお得になっておりますし。

 ちなみに、プラス百カロリされますと、今の季節はケーキにバニラアイスのトッピングがつきます。よければご利用くださいね」


 飲食店勤務時代に培った売りこみモードも、自然と発動した。


「いいわね。コーヒーもトッピングも、お願いするわ。

 ついでに、手土産でマドレーヌを五個持って行くから、包んでいただけるかしら? 全部でおいくら?」


「ありがとうございます。喫茶でケーキとコーヒーのセット、それにトッピング、お持ち帰りのマドレーヌ五個で、合計千六五十カロリです」


 これまた、ゲーム内でお店の経営を試行錯誤する中で、自然と覚えてしまった商品の値段がぽんぽん思い浮かんで、即座に暗算ができた。

 カウンター裏に値段表がおいてあるけど、確認程度に見るだけだ。

 お財布を取り出した老婦人を、接客スマイルと共に喫茶スペースに案内する。


「お客様、精算はのちほど、お帰りの際に。それまでにマドレーヌをお包みしておきますね。

 お席へどうぞ。今日は天気が良いですから、テラス席が気持ちいいですよ」


 イスを引き、お客様に座っていただき、喫茶のウェイトレスさんに後を頼めば、私の仕事はひとまず完了。

 カウンター裏にもどると、マロンがぽかんとしていた。他の従業員も。

 なぜか、パチ、パチ、パチ、と拍手が起こる。


「すごい……スノウちゃん、ものすごく覚えがいいのね。ケーキの説明がもうスラスラと」

「た、たまたまです、たまたま! さっき覚えたのが、来ただけで」


 しまった、お店で働けることにテンションが上がって忘れていたけれど、私は新人なんだった。それらしくしないと。

 私の能力は人並みだから、覚えがいいなんて期待されたら困る。


「流れるように自然で、気持ちのいい接客だし。経験があるの?」

「前に働いていたのが、飲食店だったので」

「そうだったのね。じゃあ、菓子店の接客は、スノウちゃんにお任せするわ。

 菓子店の方は、みんな、作るのは得意だけど、接客はあまり得意じゃなくて」


 他のスタッフは、いい新人が来た、と泡立て器やヘラを手に、大喜びしていた。


「頼りになる人が来てくれてよかった。助かるわ」

「そんなに頼りになりませんよ。私、結構、常識が抜けているところありますし」


 なにせ出身が異世界だ。この世界とは、ちがうところが多々ある。

 すでに今現在、常識のちがいで困っている。


「すみません。お金って、どれがどれですか?」


 見たことのない紙幣と硬貨にとまどう私に、マロンやスタッフがきょとんとした。

 「ジョーク?」と驚かれたけど、いや、大まじめです。


「読み書き計算もできるのに、お金は知らないの? ウソでしょ」


 先輩スタッフが大笑いながら教えてくれた。

 こっちに来てから猫生活だったから、お金と無縁だったんだよなあ。


 豊富なゲーム知識と、前世の経験のおかげで、私は難なく店員生活をスタートさせた。半月ほど経つと、仕事はすっかり覚え、店にもなじんだ。

 何かと私を気にかけてくれるので、マロンともすぐに仲良くなることができた。

 順調だ。潜入、成功!


「明日は定休日だから、ゆっくり休んでね、スノウちゃん」

「店長は明日、何をするんですか?」


 尋ねているけど、何をするか、おおよそ予想はついている。

 定休日、ゲームに出てくる選択肢は、材料集めに行くか、新商品を開発するか、どこか気分転換しに行く、だからだ。


「私は森にピクニックに行こうかなって思っているの。お天気もよさそうだし」

「いいですね、ピクニック!」


 能天気な返事をしながら、私の頭はフル回転だ。

 五月の定休日に行くピクニック。

 『あのイベント』が起きる時だ。すかさず申し出る。


「店長。もしよかったら、私もついていっちゃ、いけませんか?」


「いいわよ。でも、半分、仕事になってしまうかも。

 この季節だと、森でイチゴとかラズベリーとか取れるから、それも狙ってるの。

 半分、材料集めを兼ねているけど、それでもいい?」


「全然気にしません。ベリー摘みなんて、楽しそうですし」


 明日、マロンと一緒にピクニックをする約束を取りつけ、私は店を出た。

 通りを渡ろうとして、足を止める。兵と荷馬車の列がやってきていた。

 物々しい行列に、通行人の一人が不安そうにする。


「なんだあ、兵隊さんたち。こんな時間から」

「近くの森で野外訓練だろ。毎年のことだよ」


 隊列には、あの憎き敵、カイザーの姿があった。


 私は知っている。

 明日、ピクニックに出かけたマロンが、森で野犬に襲われることを。

 危ういところを、野外訓練に来ていたカイザーに助けられることを。


 ――阻止しなければ。


 物陰で猫にもどって帰宅すると、私は明日に備え、シャドウボクシングにはげんだ。出身は剣道部だけど、スポーツは全般的に得意だ。

 イル様のためにがんばるぞ!

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