7.正体不明な店員A スノウ=ボール

 ケインのところから帰宅すると、私はイル様のひざの上に失礼した。

 一働きした自分へのご褒美だ。

 あつかましい所業だけど、全国のイル様ファンの同志たちよ、五分だけ、どうか大目に見て欲しい。


「はじめてだね、シュガーの方からひざに来てくれるのは。嬉しいな」


 くっ。歓迎されて嬉しいけど、これはあくまで今世の愛らしい猫姿のおかげ。

 思い上がるな、自分。

 中身人間だって知られたら、ドン引かれるぞ。


 至福のなでなでタイムを味わったら、きっちり五分でひざを下りた。

 よっし、これからもがんばろう。フラグ折り。


 それにしても、猫の姿は不便だ。

 いい面もあるけれど、イルとマロンをくっつける活動をするには不利だ。情報収集もままならない。


 ローズ菓子店オープンから半月。

 いつものようにお店に偵察に行くと、今日は菓子店の方でマロンとジンジャーが話しこんでいた。


 何の話をしているかは、聞こえない。

 マロンが笑うと、私は不安になった。


 マロンはどのくらい、ジンジャーに関心を持っているのだろう。

 ジンジャーだけじゃない。ケインも毎日、小麦粉の配達に来ているし、カイザーも通ってくる。それぞれどんな状況なんだろう。


 詳しく調べたいけど、さすがに私だけだと店内に入れてもらえない。店員に外に追いやられてしまう。


 ――人間になりたいなあ。


 そうすれば、マロンに近づいて、だれがどのくらい好きか探れるし、言葉でイルとの仲を取り持つことだってできるだろう。逆に、ライバルたちの邪魔もできるはずだ。


 恨めしげに、窓辺に飾られているクロカンブッシュを見上げる。


 人間になったら、これもおいしく食べられるのにな。

 猫になってから、私はお菓子を食べられなくなった。猫は甘味を感じないらしく、お菓子を食べても、感動がない。

 おいしそうだと思うのは、あくまで人間だったころの思い出によるもの。

 今の私にとって、これは絵に描いた餅、よくできた食品サンプルだ。


 これじゃ生殺しだ。つらひ。

 神様仏様、来世は畜生どころか雑草でかまいませんから、人間にしてください。お願いします。


『なぜに人間なのだ。

 我ら猫ほど、ヒトらに愛され尽くされ尊ばれる存在などおるまいに』


 頭の中に、声がひびいた。

 いつの間にか、そばに黒猫がいた。金色の目が知的に光っている。

 え。何。化け猫?


『失礼な! おぬしは、奉っておった神の姿すら知らんのか』


 あ。そういや、うちのおじいちゃんたちが参ってた神社って、ちょっと変わっていて、猫が御神体だったな。

 すぐにピンと来なくて、失礼いたしました。

 わざわざ様子を見に来てくれたの?


『一ヶ月経ったからの。アフターフォローじゃ』


 どうもありがとうございます。大変楽しんでます。

 でも、できることなら、やっぱり人間になりたいです。欲張りなのは重々承知ですが、どうしても。


『なぜ、人間になりたいのだ?』


 とある人を幸せにしたいのです。

 そう念じると、黒猫は前片足で額を押さえた。これはダメなサインかな。


『……前世であんな目に遭いながら。人の幸せを願うとは。なんと殊勝な心がけ。雅夫とたま子がかわいがる孫だけはある』


 感動してたのか。

 いや、全然、殊勝じゃないけどな。己の欲望を満たしているだけだし。エゴ丸出し。


『よいであろ。その願い、叶えてやろう』


 本当ですか!? いいんですか!?

 神様は、ぴょんぴょん跳ねる私を、人気のない路地裏へ招いた。


『なりたい姿を想像せよ』


 姿、選べるの?


 好きに想像せよ、といわれて、悩んだ。

 ゲームに関連するキャラクターを思い浮かべていると、原作者のアイコンが頭に浮かんだ。飼い猫を擬人化してもらったというキャラクターが。


『良いか? ゆくぞ』


 身体の内と外がひっくり返るような感触があって、私の視界が一変した。

 地面が遠くなっている。手に五本の指がある。地面は二本足で立っている。


「人間に、なってます?」


 声も、出る。人間の声が。


『なっておるよ。ただ、そなたが眠っている時や、意識のない時は、その姿ではおれぬ。気をつけてな』


 なりたいときは、なりたいと念じ。

 もどりたいときは、もどりたいと念じればいいらしい。なんともお手軽だ。


 腕や足に、ぺたぺた触る。信じられない。これで思う存分、恋愛フラグ折りができる。やった。


『一つ言い忘れておったが。そなたの命は、この世界で一年しかもたぬ』

「一年ですか」


『少々、ムリをしてこの世界に存在させておる存在じゃ。いつまでもというわけにはいかぬ。もしそれ以上を望むのなら、それなりの犠牲が必要じゃ』


「大丈夫です。一年あれば十分ですから」


 ゲームの期間は、開店から一年だ。結末は見届けられる。犠牲なんてとんでもない。


『よき余生をな』

「ありがとうございます。今度は安らかに昇天できるように、がんばります!」


 神様と別れると、私は一歩二歩三歩と歩いてみた。四歩目からは、走り出す。

 助走をつけてジャンプをし、大通りに出る。

 通りすがりの老紳士が、びっくりして身を引いた。


「ごめんなさい!」


 言葉は通じた。うれしくって、私ははしゃいだ。


 店のショーウィンドウに、私の姿が映っている。

 動きにあわせて、ゆるくウェーブのかかった、たっぷりとした白い髪の毛がゆれる。

 十五、六歳ほどの少女だ。紫色の大きな目が印象的。


 とっさのチョイスを後悔する。

 あまりに見た目が良すぎる。前世とちがって、背は平均的だし、体つきは女の子らしい。

 年も若くて、まったく自分の姿に思えなかった。なじむのに時間がかかりそうだ。


 ローズ菓子店の前まで帰って来ると、私はクロカンブッシュのある窓に貼りついた。

 これもおいしく食べられるんだ、と思うと、口の中によだれがあふれた。

 おっと。お金がないや。稼がなくちゃ。


「こんにちは。よかったら、中にどう?」


 長いこと窓に貼りついていたら、マロンが出てきて、私を中に誘った。


「でも、お金がないので」

「試食してもらいたいものがあるの。よかったら、意見を聞かせて?」


 導かれるまま、私は店の奥、厨房に入った。

 作業台には焼き上がったばかりのビスケットがあった。

 勧められるまま、さっそく口に入れる。素朴な甘味にほっとする。


「とってもおいしいです。いくらでも食べられそう」

「どんどん食べてね。よかったら、これも。昨日の残り物だけど」


 白鳥の形のシュークリームや、口の中でしゅわしゅわ溶けるメレンゲ菓子、コンポートを載せたデニッシュ。

 ケーキの飾りに使ったハーブの残りで、お茶まで作って出してくれる。


「ところであなた、お名前は?」


 シュガー、といいかけて、留まる。それはまずい。


「――スノウです。スノウ=ボール」

「スノウちゃんね。靴は、どうしたの?」


 そういえば、はだしだ。どうりで足裏が痛かったわけだ。

 参考にしたキャラがそもそも素足だったので、そうなったらしい。

 着ているものは、Aラインの白いワンピース。シンプルすぎて、貧相にも見える。


「ご家族は? どこから来たの?」


 矢継ぎ早に、心配そうに聞かれる。

 だんだん、中に招かれたわけが分かった。

 靴も買えない貧しい少女、と誤解されているからだ。

 だから、こんなに食べる物を出してくれているのだ。


「私に何か力になれることはある?」


 心配されているうちに、ひらめいた。

 一石二鳥の案を。マロンと親しくなり、ライバルとの情報も得られる方法を。


「ここで働かせてください!」

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