6.がんばり屋な少年 ケイン=キャンディ

 橋を渡り終えると、川べりの市場に、私はまたも見覚えのある人物を発見した。

 買い物メモを片手に、人混みを歩く少年。


 ケイン=キャンディだ。

 ローズ菓子店の取引先に奉公している十歳の少年。


 彼も攻略キャラクターの一人で、めでたく両想いエンディングを迎えると、十数年後、美青年に成長したケイン君を拝むことができる仕様だ。


 私は年上一辺倒なので、ケイン君の魅力はいまいち理解できなかったけど、麦わら色の髪に、澄んだ緑色の目の美少年を、眼福だとは思った。

 他のゲームユーザーも、恋愛対象よりは観賞対象、バーチャル弟として楽しんでいる人がほとんどだったように記憶している。


「こんにちは、おばさん。今日はカモを一羽下さい。あの右端の。一番大きいの」

「重たそうだね。大丈夫?」

「平気です! 僕、結構、力持ちですから。これで最後ですし」


 ケインはすでに、右肩には大きな丸いチーズ、右手には酒瓶、左肩には野菜や果物の入ったバスケットを担いでいる。

 そこに今買った品物を抱えると、案の定、フラついた。


 でも、ケインは子ども扱いされるのが嫌いなキャラだ。

 大荷物を持って、気丈に帰路に着く。


 私は後を追った。

 ストーキングをしているわけじゃない。

 ただたんに、帰る方向が同じなだけだ。

 こけたりしないか、心配なのもある。塀の上から並走する。


「――っと、と」


 ケインは石畳のわずかな段差に足を取られた。

 思わず支えようと身を乗り出したが、猫の身で助けられるはずもなく。ケインは自力で立ち直った。

 でも、私に気がついて、にこっと笑った。


「ひょっとして、君。さっき、助けてくれようとした? ありがとう」


 うわっ! 天使の微笑、いただきました!

 ゲームでマロンがお菓子をあげたりすると、見せてくれる無邪気な笑顔だ。

 生で音声付きだと、ちがうなあ。生の威力はすごい。ありがたやありがたや。


「猫さん、ついてくるの?

 でも、何もあげられないよ?

 うちはすでにいっぱい猫が住み着いているから、これ以上増やさないよう、猫にエサはあげちゃダメっていわれているんだ」


 ケインは申し訳なさそうにいう。

 いや、いいんです。しばし同伴して、あなたを鑑賞したいだけです。気にしないでください。


「僕の生まれた家はね、農家なんだ。

 実家でも、ネズミを捕ってもらうために、猫を飼っていてね。

 一番上手だったのはスフレっていう名前の猫で、君みたいにふわふわだったんだよ。

 僕と仲がよくてね、冬場はよく一緒のベッドで寝たんだ」


 ケインは人前であまり子供っぽさを出さない。礼儀正しく、私語もつつしむ、できた奉公人だ。

 でも、猫相手だと、油断してしまうらしい。地の少年らしさが出て、他愛のないことを話して聞かせてくれる。

 自然な笑顔がかわいい。超かわいい。もう一人、弟ができた気分だ。


 イルのアパートの前で別れたものの、私はケインが気になって、こっそり後をつけた。

 途中で何か落としても気づかなさそうで心配なんだよね、あの子。


 ケインの奉公先は、製粉問屋だ。店舗のまわりにはレンガの倉庫が付随していた。

 店舗の裏口へ回ると、年配の女性がケインをねぎらっていた。


「早かったね、ケイン。助かったよ」

「ただいま戻りました、おかみさん。これ、お釣です。今週は野菜が安くて、お得でした」


「こんなに余ったの! じゃ、それはおまえのお駄賃ね」

「そんな。ちゃんとお給金頂いてますから」


「いいんだよ、とっときな。ごまかそうと思えばごまかせるのに。おまえは正直だね。

 買い物頼むと、いつまで経っても帰ってこない上に、お釣をちょろまかすどこかの誰かさんとは大違いだ」


 ケイン君への褒め言葉を聞きながら、私はがんばって鼻先でオレンジを転がしていた。やっぱりケイン君、落とした。


 鳴いて気づいてもらった方が早いか――と思った時、上から手が伸びてきて、オレンジを拾い上げた。


 ケインより少し年上だろうか。やせぎみで、そばかすの目立つ男の子だった。

 おもしろくなさそうに、ケインの後ろ姿をにらむ。


「あいつ。おかみさんにうまいこと取り入りやがって」


 たぶんこれが、おかみさんが酷評している奉公人だろう。

 ちっと舌打ちして、男の子はオレンジを上着の中に隠す。


「数も確認、お願いしますね」

「あんたなら、安心だと思うけど。一応、確認しておこうかね。ええと、オレンジが五個。一、二、三、四――あれ? 五個目がないね」

「えっ!?」


 ケインがうろたえた瞬間、私は男の子に飛びかかった。


「ぎゃっ、何すんだ、この猫!」


 私はすかさず、落ちたオレンジをケインたちの方へ転がした。


「五個目、落としてたんだ」


 ケインはほっとした表情で、オレンジを拾いあげる。

 おかみさんに見られると、男の子は何かいわれる前に口を開いた。


「俺はそいつが! その猫が! オレンジを持って行こうとしてたから、取りもどそうとしたんだよ!」


 なんだとう! 往生際の悪いやつ。

 私は全身の毛を逆立てた。威嚇する。


「なんだよ、猫のくせに。文句あるのか!」


 男の子が腹を立てて、ケリを繰り出してきた。


「危ない!」


 私の代わりに、ケインが蹴られる。

 そんな。かばってくれなくても、避けられたのに。ごめん。ありがとう。


「ケイン、おまえ、泥棒猫をかばうのか」

「ち、ちがうよ。そういうつもりじゃないけど。盗もうとしたなんて、きっと誤解だよ。猫はオレンジなんて食べないし」

「俺が嘘つきだっていいたいのかよ!」

「そういうつもりは……」


 温厚なケインが困っていると、おかみさんが怒鳴った。


「品物が全部そろってんなら、だれのしわざだろうがこだわりゃしないよ! 早く仕事にもどりな! 倉庫の掃除は終わったんだろうね?」


 おかみさんににらまれると、男の子は背中を丸めて、倉庫にもどって行った。


「ケイン、少し休んでいいよ。休んだら、午後の配達。今日はそれだけでいいから」

「わかりました、おかみさん」


 ケインは私を抱いて、軒下に座りこんだ。私の頭をなでる。


「ありがと。君、僕のオレンジ、拾ってくれたんだよね?」


 返事の代わりに、私は頭をすりつけた。


「さっきの、先輩なんだけど。僕のこと、気にいらないみたいで。何がいけないんだろ。先輩のいうこと聞いて、まじめに勤めているつもりなんだけど」


 うらやましいだけだよ、ケイン君。気にする事ないよ。

 後輩いびりは、こっちの世界でもあるらしい。せつないなあ。


「ふふ、なぐさめてくれてるの? ありがと。

 でも、大丈夫だよ。僕、夢があるんだ。いつか独立して自分のお店をもって、お金持ちになって、家族に楽をさせたいんだ。

 それから、故郷に学校を立てるの。お医者さんも呼ぶの。だから、めげてなんていられないんだ」


 ケインの目は輝いていた。

 ま、まぶしい。まぶしすぎる。まばゆいまでの純粋さ。

 ブラックな職場で働いて夢を失っていた私は、ケインのまっすぐ夢を語る姿に心を洗われた。


 そうか、これも年下キャラの魅力なのか。

 将来、メガネの似合うインテリジェンスな美青年になることは知っているけれど。

 無数に広がる未来への可能性と期待を、ともに楽しむ。

 成長を見守る醍醐味があるんだね。


 立派な大人に育つんだよ、ケイン君。応援しているからね。

 私はほっこりした気持ちで、夢を語るケイン君を見守った。

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