おぼえてないのは彼女だけ④

 私の名前は一ノ瀬あおい。

 いわゆる、ストーカーです。


 昔から、好きになったら一直線というか、好きなものの全てが知りたくなってしまうというか。


 本とか、アニメとか、ドラマとか、一回はまると何周も見ちゃうし、考察動画も見漁っちゃう。

 絵を描くのが好きなのも、好きなモノをずっと見ていたいって気持ちが強いからだと思う。


 村上くんのことを知ったのは、数ヶ月前。放課後の教室だった。


 電気のついていない教室から物音がしていたから、なんだろうと思って覗いてみたら、一人で床を雑巾で拭いている男の子がいた。


 なんで一人で掃除? 不思議に思ってしばらく見ていた。


 ひとつひとつの所作が丁寧で、なんだか儀式みたいだった。見てると吸い込まれそうだ。


 同時に、彼のまとっている雰囲気に惹きつけられた。


 なんていうか、誰もやりたがらないことを、見えないところでやってきた人だけが持ってる清々しさというか……。静かでひんやりしてるのに優しい雰囲気だった。


 恥ずかしながら、このとき既に村上くんのことが好きになっていたんだと思う。

 いわゆる、一目惚れだ。


 その後の部活中も、気がつくとキャンバスに彼の顔を描いてしまって、恭子ちゃんに爆笑された。そのとき「村上康介」って名前も知った。彼女と同じクラスであることも、大体どんな感じの子なのかも教えてもらった。


 それから、なんとなく彼が目につくようになり、姿を探すようになって。気づけば後をつけるようになってしまった。はい。完全に犯罪です。ごめんなさい。


 村上君は、知れば知るほど不思議な魅力を持っている人だと分かった。


 なんというか、すごく平然と「正しい」ことをする人だった。


 平然と道端のゴミを拾って、妊婦に席を譲って、お婆さんを背負って横断歩道を渡る。そうすべきと皆が思っていながら、実行するには勇気がいることを、彼は本当に流れるようにする。考える前に身体が動くみたいに。


 そして、「正しい」ことをしているとき、なぜかとても申し訳なさそうな顔をした。「正しい」ことを終えると、それを隠すように人混みに戻っていく。


 村上君は知っているんだ。

 見せつけられる正しさが、息苦しいことを。

 見せつけられる正しさが、人を傷つけることを。

「正しさ」と、「正しさを見せつけることの正しくなさ」を理解してる。

 その上で、申し訳なさそうに正しく生きている。


 すごく、優しい人だ。

 そう気づいてから、私は彼が本格的に好きになってしまった。



 ある日、村上君が車にひかれた。


 横断歩道に飛び出した子供の手を引っ張って、入れ替わるように車道に放り出された。軽自動車に吹っ飛ばされて、村上君は強く頭を打った。


 アスファルトにだらだら流れる血液をみて、身体が震えた。大泣きする子供の声と、鳴り続けるクラクションが耳から流れ込んできて、頭の中をかき乱す。


 私はすぐに、救急車を呼んだ。手術中、気が気じゃなかった。村上君が死んでしまうかもしれないと、考えるだけで身体中から冷たい汗が噴き出して、知らず涙が出てくる。固く両手を結んで、必死に祈り続けた。


 幸い、村上君は一命をとりとめた。術後、白いベッドに横たわる彼の姿。見ているだけで、どうしようもなく彼のことが好きだと自覚させられてしまう。


 強すぎて、自分でも抑え込めない感情が心の中でうごめく。


「んん……」


 彼がゆっくりと目を覚まし、私の顔をぼんやりと眺めている。状況が飲み込めていないらしい。


 その顔がみえた途端、彼への想いは最高潮に達した。


 だから、魔が差してしまった。


「……私、あなたの彼女だよ?」

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