第13話
「新! そっち言ったわよ」
懐かしい少女の声が聞こえる。燃え盛る市街地の屋上に新は立っていた。壁を這い上がってタンクが飛び出す。四足歩行の人型の怪物。背負った巨大な砲身を新の体に向けた。新は一瞬で自分がどうすべきか迷ったが、口は無意識に言葉を紡いだ。
「――【刻々凍結】」
右手に握っていた銃を災害に突きつける。切り詰めたライフルの銃身を持つ銀色の魔銃。タンクは恐怖を感じたのか新の銃を叩き落とそうと先制射撃。大気が振動。巨大な弾頭が新に飛翔。その瞬きの時間に、新は引き金を引いた。銃の先端に収束していた冷気が放出。小さな吹雪となって弾丸と衝突。あっさりと貫通してタンクの頭部を凍りつかせ破壊した。新は呆然と右手に持った銃を見る。懐かしいな。
一人の少女が新の居る屋上に飛んできて着陸。腰まで伸びた長い長髪。深い海のような瞳。トレードマークの黒い三角帽のつばを持ち上げた。
「どうしてぼーとしてるのかしら。新。今まさに市民が襲われている最中なのだけど」
「……あ、ああ――すまん。そうだな」
頭を横に振るい目を覚ます。その様子を見て少女がキョトンとしたあと、クスクスと笑う。
「それとも怖い?」
「馬鹿言え、この俺に怖いものがあるわけないだろ」
走って屋上から飛び降りる。眼下には無数のソルジャーの姿。新を見つけた瞬間、一気に銃弾の雨が上空に放たれる。新は魔力の膜を展開。水色の膜が弾丸の雨を直前で弾け飛ばし無効化。
「邪魔だ!」
銃を構え発砲。圧縮された冷気の線が次々とソルジャーを凍りつかせ黒い霧へと還す。着地。気づくとソルジャーの大群に囲まれていた。やべぇな。耳につけた通信機のマイクを起動。
「すまん、沙夜。囲まれた」
「……馬鹿なの?」
冷めきった声が通信機越しに聞こえる。新は苦笑。通信が途切れる。一斉にソルジャーがトリガーに指をかける。新は地面を蹴った。さっきまで居たところを弾丸の雨が貫く。アクロバティックに跳び上がり追従してくる銃撃を回避。空中で視界が反転。引き金を引く。次々とソルジャーが凍結。
「〈バタフライ・ボム〉」
当然、周囲が断続的に爆発。その軌道は一直線に新の目の前に接近――。
「っておい! 待て!」
咄嗟に転がりながら避ける。さっきまで居たところに小さな光が衝突。破裂して周囲に爆風を撒き散らす。手で風を防ぎながら元凶を見る。紗夜は新の目の前にスタスタと現れる。顔笑ってんぞこいつ。ニヤニヤとしたいらずらっ子の笑顔だ。無駄に顔だけは良いなこいつは。胸ねぇけど。
「何?」
紗夜が新の視線に気づいたのか冷めきった視線を向ける。
「いやー、助かったよ。ありがとなー」
「ええ、ええ。懺悔して感謝しなさい」
「死ね!」
持っていた銃を紗夜に向けて撃ち放った。
「きゃっ! こわい」
冗談っぽく悲鳴をあげてその場から浮き上がり回避。さっきまで居た地面に氷の柱ができていた。
「…………ねぇ、新。朗報よ、みんなの避難が終わったって」
「へぇー、そりゃ嬉しいね。俺も丁度、やりたいことがあったんぞ」
二人の間を張り詰めた空気が支配する。新と紗夜は同時に銃と杖を構えた。
「〈凍刻弾〉!」
「〈バタフライ・ボム〉」
無数の閃光と一発の弾丸が衝突した。
「で、ガキどもどういう落とし前つけるつもりだ」
筋骨隆々の黒スーツの男が眉間にシワを寄せながら新と紗夜を睨みつける。新は綺麗な敬礼を決めた。
「はっ! 申し訳ありません。すべてこいつが悪いんです!」
新は紗夜を指さして言う。
「仕方ないじゃないですか。災害よりも優先的に討伐すべき危険な魔術師がいました。私は間違った判断をしたとは思っていません」
男の顔に青筋が浮かんだ。
「いや! ぜってぇ間違ってるだろうが! なんだよなんで、災害出たのにお前ら喧嘩してんだ! 見ろよこれ!」
黒スーツはバシッと画面を指差す。そこでは新と紗夜が氷と爆発の応酬をしていた。紗夜は首を傾げる。
「あー、さっきの新の動きは良くないですね」
「はっ! 俺の頭脳に引っかかったな。あれはな、横から射撃する予定だから良いんだよ」
「なるほど、そういう意図で」
「お前ら…………謹慎だ!」
黒スーツの怒号が部屋中に響き渡った。
「うーむ、見事怒られたな」
新は真っ白で清潔な独房と言えない独房で寝転がって漫画雑誌を見ていた。
「貴方が馬鹿なことするからじゃない」
紗夜は楽しそうに言う。
「またやりましょう!」
満面の笑みを浮かべた。こいつ確信犯だ。
「やっても明日か明後日には解放されるけどな。魔術師はいつも足りないんだ」
「青春を奪われた若者の犯行にしては可愛らしいものでしょ?」
「そうだな」
俺たちは学生の身で戦った。政府や国民の望むがままに。
瞼を開く。瞳から涙が少しだけ溢れていた。ビニール袋が散らかった自室だ。
「夢か……だよな」
落胆し溜息を吐く。
「俺ってあんなクソガキだったか。いや紗夜のせいだ。だいたい紗夜のいたずらが原因だった…………。そうだよなぁ。俺もあいつらの邪魔ぐらいはしないようにしようかね」
大きくあくびをした。
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