第9話

 こころは奇妙な浮遊感を感じながら地上に出る。こころは渚と黒が付いて生きていることを確認。

「じゃあ、もっと飛ばすよ」

「どうぞ」

 相変わらず黒が憮然とした様子で返す。こころは一気に加速。空を切り裂きながら市街地の上空を移動する。眼下に逃げ惑う人々の姿が見えた。こころは不安を覚えて銃剣を握る。競技用のおもちゃじゃなく陽花お手製のマジックロッド【焔光】。植物の装飾が施された気品溢れる銃剣だ。

 街が業火に飲まれていた。トラックのタイヤがパンク。曲がり切れずにビルに衝突。爆発四散し周囲に火を撒き散らす。そこら中の家屋から炎が巻き上がる。断続的に銃声が聞こえる。こころは銃声のした方向に視線を向けた。

「居た!」

 焼け焦げた肌の人型の怪物が屋根の上から逃げ惑う人々に向けてアサルトライフルを発射してる。絶叫のコーラスがこころの未熟な精神を蝕む。

「黒!」

「分かってるわよ。私が先行する」

 黒は軽く上昇すると一気にソルジャーに向かって急降下。ソルジャーは驚異的な反応速度で黒の接近に反応。銃口を頭上に向けて発砲。黒はカッと目を見開く。蛇行し弾丸を回避。黒の反射神経と度胸には追いつける気がしないね。

 黒は砲弾の如く屋根の上に着地。こころはすぐさま周囲を見渡す。二体。黒の接近に気づいて別のソルジャーが黒に銃口を向けようとしていた。二発発砲。銃口から放射された熱線が武器を持った腕を貫く。

「捉えた!」

 黒は至近距離で二丁のサブマシンガン【双竜】を発砲。息もつかせぬ弾丸の雨がソルジャーの脆い肉体を打ち砕き。頭部を吹き飛ばす。

「黒! 北西一、南一」

「南は渚にやらせなさい」

「うーん、私。頑張る」

 渚はこくりと隣で頷く。背負っていた長銃を構えた。狙撃銃型の漆黒のマジックロッド【帳】。純白の天使のような見た目の渚がそれを持つとさながら死神のようだ。一切のブレなく銃を構え即座にトリガーを引く。空気を震動させる轟音。銃身から巨大な黒い光線が放たれていた市街地を走っていたソルジャーの肉体が蒸発して消失する。あとに残ったのは、僅かな衣服と凹んだ道路だけ。

「私も地上に降りるから渚ちゃん援護よろしく」

「うん、頑張る」

 渚はポワポワと嬉しそうな顔で言う。何か良いことでもあったのだろうか。こころは雑念を振り払い急降下。赤髪がはためく。右手で銃剣を一回転させて構え直す。視界に映ったソルジャーに次々と射撃。熱線がソルジャーの頭を精確に貫く。こころは屋根の上に降り立った。

「こころ、前方にソルジャーの大群が居る」

「……了解」

 新からの司令に戸惑いながらも大人しく従う。屋根から屋根に飛び移り下を見ると、ソルジャーの大群がこちらをぎょろりと見た。十人以上は居る。咄嗟に頭を下げた。頭上を銃声と共に弾丸が飛翔する。

「黒! 援護」

「少しは待ちなさい!」

 不満を述べながらも黒のサブマシンガンの銃声が聞こえる。注意がそちらに向いたのか銃声が減る。こころは突撃しようと手を屋根の上に置く。

「おい! 待てそれは駄目――」

 新からの通信を無視してこころは大勢のソルジャーの前に躍り出る。黒に気を取られていた視線がこちらに戻る。

「【焔光】」

 こころは銃身を指でなぞり、銃口を大群に向かって突きつけた。一瞬にして破壊の渦が銃口に生まれる。莫大な反動を感じながらも発砲。熱の光線はソルジャーを横薙ぎに一閃。爆炎が吹き出した。屋根の上から地上に飛び降りる。片腕が吹き飛んでいるソルジャーが拳を振りかぶってきた。銃剣の柄を握り剣として横に薙ぎ払う。ソルジャーの首を切断。黒い霧となって消え去る。銃声が鳴り響き四方八方から弾丸が飛翔。ゆっくりと息を吐いた。纏っていた紅い粒子が膜のように膨張。弾丸が触れた瞬間に閃光が散った。疾走。リロードしようとしたソルジャーの首を次々と切り飛ばす。背後に気配を感じ後ろを振り向く。巨大なロケットランチャーを背負ったソルジャーが引き金を引こうとしていた。無視して正面から迫っていたソルジャーの首を切り落とす。背後からロケット弾が飛翔する音の代わりに連続した銃声。黒い霧が前と後ろで爆散する。

「油断しすぎ」

「いやー。黒のこと信じてただけだよ」

「おいっ! お前らそこから速く逃げろ」

「何よ、うるさいわね。もう全部片付いて――」

「それは罠だ!!」

 叫び声はこころと黒にはもう聞こえていなかった。地上に降りたこころ達を囲むように巨大なガトリングガンを担いだソルジャー達が立っていた。奇しくも先程と立場が逆転している。上方から撃たれる側だ。こころと黒はそれぞれ逆方向に動いた。ガトリングガンの銃身が急回転。鼓膜が割れそうなほどの銃声が鳴り響く。こころは咄嗟に魔力を張る。弾丸が膜を破壊。紅い粒子が吹き飛んだ。衝撃で吹き飛ぶ。咄嗟に銃で一つのガトリングガンを撃ち抜くが如何せん数が多すぎる。再び息もつかせぬ弾丸の豪雨。その場から跳び上がる。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 こころの肩を三発の弾丸が撃ち抜いた。鮮血が舞い上がる。地面に叩き付けられ転がる。薄く瞼を開けると黒の黒い粒子はもう尽きており、肩を上下させながら息を上げている。

「――南東側、右に若干軌道修正。発射」

 通信機から声。轟音。膨大な漆黒の魔力の本流がこころの目の前にいたソルジャーの全身を貫き浄化。

「次。北西。銃身を上方に修正。発射」

 次々とこころの前でソルジャーが黒い霧となって消える。天を見上げると渚が正確無比な射撃でソルジャーを掃討していた。こころが貫かれた肩を抑えていると、一体のソルジャーが特攻してきていることに気づく。痛む体を持ち上げて銃を構え発射。ソルジャーは巨大なロケットランチャーを持っているにも関わらず軽やかに熱線を回避。弾頭を向けてトリガーを引いた。空気を震動させながらミサイルが飛来する。

「――撃て」

「うん!」

 渚の声。飛翔していたミサイルが宙で爆散。続いて、ミサイルを発射したソルジャーの頭が吹き飛んだ。ソルジャーはふらふらと蹌踉めき霧となって消えた。こころは呆然とその様子を見ていた。



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