第10話

「ふーふん、おけぇー。戦況は劣勢? それともまだ真の力の解放待ち?」

 上機嫌に少女は鼻歌を歌う。腰まで伸びた美しき金色の髪。ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべ茶色の瞳で眼下を見下ろした。首元の黒のチョーカーを指で愛おしそうに撫でる。大地震による大火災と言わんばかりの有様だ。そこら中から市民が悲鳴をあげている。少女の視線は一人の少女に惹きつけられていた。銀髪の天使のような幼い少女。さっきから黒い砲撃によって的確にソルジャーを射撃している。将来有望かも。

「けど……ま、私には敵いませんけどね!」

 手には身長と同じぐらいのサイズの巨大な白銀の弓が握られていた。魔法少女としては異端の弓型のマジックロッド。背負った矢筒から矢を取り出して構える。目標は都市を跋扈するはた迷惑な災害諸君。弓を引き絞り天に掲げる。

「〈流星雨〉」

 祝詞を紡いだ。矢は打ち上がり頭上で静止。熱を発して弾け飛んだ。炎は虹色の尾を描きながら地上へと落下する。それぞれが意思を持っているかのように蠢き逃げ惑うソルジャーを貫き霧へと還す。素早く弓を背負い直す。代わりに背から漆黒の細長い槍を抜き放った。

「いっきまーす! 【サバキ】!」

 槍を握ると一気に地上に降下。ふわりと羽のように地表に降り立つ。背後からソルジャーがアサルトライフルを掃射。少女は視線を向けることなく槍を回して尽く弾丸を叩き落とす。

「さっさと終わらせましょう!」

 一歩踏み込む。次の瞬間にはソルジャーの前に少女の姿。災害の腹に黒い槍が突き刺さっていた。ソルジャーは呻いた後、霧となって消える。

「大丈夫?」

 背後で息苦しそうに立っている黒とこころを一瞥する。

「烏丸……恋ちゃん?」

「勝手に助けないでよ」

 黒は不満そうに、こころは少女の顔を見て困惑している。どうやら片方は私のファンらしい。恋はその場から立ち去ろうとして止まり、こころ達の方を振り向いた。

「ちょっとそこで止まっていて、面倒なのが来たから」

 瞬間、眼前に砂が巻き上がった。鬱陶しそうに腕で砂埃を吹き飛ばす。そこには六本の腕にサブマシンガンを持った軍服の人間が居た。顔は真っ黒で表情は一切伺えない。

「…………コマンダー」

 背後でこころが震える声で言う。コマンダー、曰く災害の司令塔、曰く最強の兵士。

「殲滅殲滅殲滅、殲滅ゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

 コマンダーは吠える。

「うーん、そんなに怖がらなくてもいいよ」

 困ったようにこころの方を振り向いた。

「危ない!」

 こころは叫んだ。恋の背後にコマンダーが迫り至近距離から弾丸を掃射。恋は軽く息を吐く。弾丸はすべて、出現した虹色の膜で弾け飛んだ。コマンダーは一丁の銃を恋に放り投げる。恋は槍を一閃して銃を砕く。

「早いねー」

 背後にはコマンダー。持っているサブマシンガンに黒いオーラが収束。爆音と共に連射。恋は後ろに飛ぶ。弾丸が虹色の障壁に着弾。けたたましい音を立てて障壁が破裂。

「へぇー、結構強いのね」

 慌てた様子もなく着地。再びコマンダーは肉薄。機銃掃射。恋は笑みを浮かべると槍を縦横無尽に振るった。至近距離で放たれたはずの弾丸が地面に転がる。コマンダーの見えないはずの表情が恐怖に歪んだ気がした。コマンダーはすぐさま銃を放り捨てる。引き裂こうと六本の腕を振るった。一陣の風の後、コマンダーの六本の腕の半ばから鮮血が噴出していた。コマンダーは切り裂かれた自分の腕を呆然と見つめている。

「けど、駄目よ。〈虚突〉」

 漆黒の槍を虹色の光が包み込んだかと思うと、一瞬で色が消えて白色のぼんやりとした光を纏う。槍をコマンダーの顔面に高速で突き刺した。大気が震える音。コマンダーの肩から顔面まで、空間が抉らえたように消失していた。コマンダーはふらふらと蹌踉めいた後、倒れた。霧へと変わる。その場から飛翔。先程目をつけていた白い少女の元に向かう。渚は恋の接近に気づいて銃口を向ける。一瞬だけ動きが止まった気がした。匂いがする。雰囲気がする。愛しいあの人の気配がする。恋は体の奥底から火照る感覚がした。

「ねぇ、貴方。その行動は誰からの指示」

「……うーん、誰?」

 怪訝な顔して恋を見る。どうやら警戒されているらしい。

「日本魔法少女機構所属、烏丸恋。知ってる?」

「しらなーい」

 興味なさそうに返す。恋はがっくりと項垂れた。これでも私は結構有名なつもりだったのだけど。まあいいか。

「貴方の上司を教えてほしいのだけど」

「…………」

 渚は黙り込み。右耳につけているイヤーカフに指を当てる。ふむふむと頷いた。応えてくれるのかしら。

「……およびじゃないです。おひきとりください。かえれー」

 凄まじい棒読みだった。けれど恋はその言葉を聞いて頬を緩めた。

「はいはい、分かりましたよ。貴方だから特別にここでは詮索しないでいましょう。けど、待っていてくださいね。私が貴方を救ってみせますから。親愛なる弟子からの言葉です」

 可愛らしく唇に指を当てて言うと、地上に再び降りていった。

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