第6話
「で、何なのよ。あの無能教師は」
「不思議の国のシンデレラ」、地元の洋菓子店の席に座るなり黒は言い放った。眉間には青筋が浮かんでいる。周囲の家族達は小学生だけで集まっている三人組がよほど珍しいのか奇異の視線を向けている。
「陽花さんが連れてきたんだからそれなりに役に立つと考えてたけど、期待外れだわ」
「仕方ないよー、うちにはお金ないし。日本魔法少女機構みたいに優秀な先生は雇えないんだから」
こころが洋菓子店に似合わぬ羊羹をフォークで突き刺しながら言う。
「分かってるわよ。けど陽花さんならって期待しちゃうじゃない」
「まあ、そりゃ陽花さんは優秀だけど、マジックロッド作ったり、研究所作ったり、魔法少女の戦い方とかも知ってたりすごい人だけど。けど、できないことだってあるでしょ」
羊羹をモゴモゴと口に含む。
「彼氏……とか……」
「あんた、陽花さんに殺されるわよ。あの人、確かまだ初恋引きずってるでしょ。伝えおくわ。神鷹さんが言ってたって」
「ちょっと! やめてよ、本当にお仕置きされちゃうから」
狼狽して羊羹の欠片が落ちる。
「で、渚はどう思ってんのよ?」
「いい先生だと思う……」
渚は丸いアイスクリームを一口で口の中に放り込む。黒が渚の発言に眉を顰める。
「なんでよ?」
「格好いいからー」
満面の笑みを浮かべる。口の端から融けたアイスクリームが零れ落ちた。黒とこころの表情が一瞬で固まり、同時にため息を吐いた。
「先生に求めるのは顔……だけなの?」
二人の声が重なった。
「――魔法少女が魔力を扱うための補助デバイス。それがマジックロッドだ。古い言い方だと魔杖だな。エレライトという魔力を操る特殊な鉱石を埋め込んだ武器のことを言う。エレライトがなぜ、魔力の操作を補助できるのかは最新の科学でもはっきりしていない。エレライトには五つの属性があることが確認されている。炎、雷、氷、闇、光の五つだ。一般の魔術師や魔法少女が操作できる属性はその中の一つだが、稀に複数の属性を操られる魔術師も産まれる。二つを操るのがダブルと呼ばれている。これの人数が複数属性持ちの中では一番多い。誰か知ってる奴いるか?」
「烏丸恋ちゃんです。美少女です。可愛いです。そして強いです。しかも五属性持ちのクインですね」
「ああーアイツ。今でもぶいぶい言わせてんのか?」
「あっそういえば先生は元第二級魔術師ですもんね。めちゃくちゃ戦ってますよ。災害の討伐数は世界トップクラスです」
黒はこころが饒舌に語っている間、不満げに頬を膨らませていた。
「以上だ――」
講義を終わらせるとさっさと部屋から出ていく。黒も学校帰りのため持ってきていた漆黒のランドセルを背負って立ち上がる。
「あっ! 黒ちゃん、今日はシンデレラ行かないの?」
「止めとくわ。私やることがあるから」
黒はズカズカと教室の外に出た。
アイリス魔杖店を飛び出して軽く走る。家までの長い道のりを休むことなく走り続ける。高層ビルは消えはじめる。真新しい三階建てのアパートの前で急停止。陽花が与えてくれた住居だ。黒はアパートに直行して階段を飛び飛びで駆け上がる。慣れた動作でランドセルの隙間から家の鍵を取り出し、体当りしながら自分の部屋の扉を開け放った。
扉を勢いよく閉めると、風呂場に直行し洗濯籠に衣服を投擲する。タオルを持って浴室に入室。頭から冷水を被る。熱くなっていた体が急激に冷え、思考が安定する。あんな男の授業に苛立ちすぎよ。冷静さを欠いたら隙きが産まれるわ。考えながら真っ白な体を見つめる。昔のガリガリからはマシにはなったが、筋肉がついたとは言い難い。華奢な肉体。苛つくのよ。
シャワーを出ると、さっさと運動着に着替える。家から飛び出した。階段を飛び降りアパートから飛び出る。そのまま周りを走り出す。汗が風で冷えて心地が良い。息はゆっくりと吐く。鼓動は速くなっていく。近所の人たちには見慣れた光景なのか老人が黒に向かって向かって手を振っていた。一瞥すると軽く手を挙げた。
木々が立ち並び道を作っている。その中央を走る。木々がどんよりとした風で揺れた。動かしていた足を止め、目を瞑る。
「居た」
ボソリと呟く。その場から飛び出し、草むらを掻き分け進む。
「ひあ、あ、うわああああ、来ないで、来ないで」
黒と同じ年代ぐらいの女の子が公園の砂場で尻もちをついていた。ケタケタという笑い声が聞こえる。少女の目の前には黒い人間の子供ぐらいのサイズの影が口が裂けるほど豪快に笑っていた。
「……雑魚ね」
溜息。意識を集中させる。体中に線を伸ばす想像。肉体がわずかに熱を持つ。地面を踏み抜いた。靴の跡が刻まれる。次の瞬間にはパペットの眼前に躍り出る。パペットは咄嗟に鋭い爪の吐いた黒い腕を振るう。その前に、スニーカーがパペットの頭部に直撃した。
「ぎぃ!」
パペットは呻き声をあげる。怯んだ隙きに黒の蹴りが更に二撃、頭部を叩く。パペットは内側から爆発。黒い霧となって空に融ける。
「……魔法少女」
倒れた少女が黒を見上げて言う。一瞥すると少女に声をかけることなく歩いて行く。あんな雑魚殺して何になるのよ。
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