第5話

 新は小洒落た木製の扉を開いた。店内には色鮮やかな武器が飾られていた。その大半が銃。ハートマーク型や星型の装飾が施されておりどうにも子供っぽい。カウンターに灰色の髪の女性が座っていた。

「よぉ、ちゃんと約束通り来たぞ。陽花」

 陽花はこちらを見て微笑む。

「約束したんだもの来てくれないと困るわ。まあ、私は貴方は女の子との約束は守る男だと信じていたけど」

「俺は男との約束は守らないと思われてるのか。心外だ」

「ふふふ、冗談。それでざっくりと内容は見てくれた」

 無言でリュックサックから紙を取り出し一瞥する。

「魔法少女の教育ね。魔力のない俺にやれるとは思えないが」

「あら、それは言い訳にならないわね。魔法少女の教育係はだいたい元魔術師よ。なんたって……」

「全員子供だからか」

「ええ、その通り。天使様は未だ激怒しているらしいわね」

 両手を大げさにあげる。新は溜息。

「半年だけだ。契約だからな。それに金は欲しい」

「それじゃ、教室に案内するわ。もうあの子達は学校も終わってここに来てるから。いつもは訓練施設を使った自主練なんだけど、今日は特別講師が来るから楽しみにしておいてねと伝えてるわ」

「無駄にプレッシャーかけすぎだろ……」

 立ち上がった陽花の後をついていく。陽花はカウンターの裏の扉を開ける、その小部屋には地下室への階段が設置されていた。

「昨日も見たが、まるで秘密基地だな」

「どっかの大手の魔法少女組織みたいに力が無いから。これが最適なのよ。新人類組に襲われちゃたまらないし」

 どんどんと階段を降りる。新が追いつくと、上の階からは想像できないほど近代的な純白の廊下が広がっている。

「そういえば、これ建てたのお前か?」

「設計は私。金で建てさせたわ」

「どこまでハイスペックなんだよ。お前は?」

「優良物件でしょ」

 自慢気に鼻を鳴らしカツカツと廊下を歩いて行く。横開きの扉の前に立ち止まる。彼女を認証して扉が自動で開く。入らずに扉の横に立つ。

「じゃあ、後はよろしく頼んだわよ。新先生」

 陽花に背を押され、教室に入る。扉が自動で閉まった。頭をガシガシと掻いて教壇の上に立つ。陽花の趣味なのだろうかそこは学校の教室に類似していた。三つだけの席に三人の幼女が座っている。一人は黒髪の目つきの悪い幼女。一人は銀髪の眠たげな幼女。そして最後の一人は真紅のボブカット、顔面にドロップキックを決めた幼女。幼女達への本能的恐怖を押さえつけて顔をあげる。

「水無瀬新。今日から誠に残念ながらお前らの講師となった。半年間よろしく」

 ひらひらと手を振ると、絶対零度の二つの視線が新を射貫く。

「よろしくお願いします」

 赤の幼女が疑わしそうにお辞儀。

「ふんっ、よろしく。精々頑張ることね」

 黒の幼女は足を机の上にどかりと乗せて言い放つ。

「よろひくおねがいひまひゅー」

 銀の幼女が舌足らずに言う。教室を無言が包む。

「で、あんた強いの? こころに蹴られて捕まえられたって聞いてるんだけど」

 黒は指差し言い放つ。

「一応これでも、それなりに良い感じの魔術師だったよ」

「二級、三級?」

「…………二級だよ」

 さっと目をそらして言う。

「へぇー、結構やるのね。無能魔術師に教わるのはゴメンだけど、あんたがそうじゃないことを祈ってるわ」

 それっきり黒は黙り込む。新は大きく息を吸って精神を安定させる。

「じゃあ、今日は簡単なイントロダクションでもやるかー」

 チョークを取って黒板を見る。誰かに教えるなんて初めての体験だ。

「今からだいただい七十年前」

 先の言葉を続ける前に、こころがシュバッと手をあげる。

「具体的に七十四年前の1946年12月23日です。第二次世界対戦時中に起こりました」

「何の話かまだ言ってないのによく分かるな。たぶんそれで合ってる。今から七十四年前、【災害】は発生した。第二次世界大戦最中の出来事の、現地のアメリカ兵が『The disater』と言ったのがその由来。災害は人の姿をとり、人のならざるもの。幾つかその発生には説がある。やれ枢軸国の秘密兵器だとか、悪魔の使いだとか、そして人間の憎悪の塊だとも言われている。真実は分からないがな」

 喋りながらチョークで黒板に絵を描いていく。一つは三日月型の口をした不気味な黒い幼児型の怪物。二つは赤黒い焼けただれた皮膚をした兵士。手には御大層な銃を持っている。三つは砲塔を背負った四足歩行の人間。四つは顔だけが穴のように黒くなっている立派な軍服の司令官。

「左からパペット、ソルジャー、タンク、コマンダーだ。パペットは人間を見つけると笑いだしてソルジャーを呼ぶ。ソルジャーは人間を見つけた瞬間、銃を取り出して乱射する。タンクは四足歩行で壁を這い回って砲塔で辺りを吹き飛ばす。コマンダーは確認例が少ないが、どうやら他の災害に比べて高度な知能を持っているらしい」

「コマンダーが周囲のソルジャーに命令しているという調査結果があったはずよ。確実性はないけど」

 黒が不満そうに鼻を鳴らして言う。

「……えっ、あいつらなんかべらべら喋ってるなーって思ってらそういうことかよ」

 納得したように手を打つ。

「先生!」

「ん? なんだ?」

「先生は魔術師だったんですよね」

「ああ、そうだが」

「関東大災害のときには何をしてたんですか? というか、あそこで何があったんですか?」

 関東大災害。その単語を聞いて目を顰める。頭痛がする。息を吸って精神を落ち着かせる。

「分からない。何が起こったなんて分からなかった。瞬きした瞬間に、巨大な魔力の塊が上空に打ち上がっただけだ……」

「居たんですか! あそこに!?」

「あ……あぁ――遠目から見ただけだけどな。そうだ、その災害のせいで俺たち魔術師は力を失った。魔術師……災害の発生と共に出現した強力な力を持った人間。一節には天使の使いだとされている。天使に見限られたなんて当時は言われてたな。【災害】が悪魔の使いだから天使の使いか大したネーミングセンスだよ」

「で、それに役目押し付けられたのが私達ってことね?」

「そうなのかも知れないな……」

「魔術師が消失してから、すぐに魔法少女が誕生してたわ。年齢は全員十六歳までの少女。神様が大人に呆れたみたいね」

 黒が憮然とした表情で言う。

「次は――――」

 その後も、生徒たちに訂正されながら新は講義を進めていった。なんとか時間まで講義をやりきり、黒と渚はさっさと部屋から出ていってしまった。こころだけは黙りこくって席に座っている。新は黒板を消し終わった。

「どうしたんだ、神鷹」

 こころは悩ましそうにした後、口を開いた。

「悪魔や天使は本当に存在するんですか?」

「その真相は不明だ」

「それぐらい知ってますよ。先生はどう思うんですか!」

「居ると思う――少なくとも俺はあの場所であいつを見たつもりだ」

 感情のない瞳で遠くを見つめ言った。

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