第4話
都市は眠らない。日本の首都月京都ならば尚更だ。立ち並ぶ高層ビル。そこら中から聞こえる喧騒。ネオンの掲示板を見て新は眉を潜めた。結局、あの後、陽花にあれよこれよと契約書を書かされた。明日から早速勤務しなくてはならないだろう。生意気そうな魔法少女たちの顔を思い浮かべ溜息が溢れた。
「何するんですか……」
掠れて消えそうな女の声が耳に聞こえた。周りは何も反応せずにただただ前に進んでいく。目を顰めると、その場で地を蹴った。訛っていた体が悲鳴をあげる。一気に加速、雑踏を潜り抜ける。新は路地裏の前で急停止した。
一人の黒服の少女を囲うように三人の屈強な男たちが立っている。一人の筋骨隆々なスキンヘッドの男の手のひらが少女の肩を痛いほど掴んでいた。
「離して下さい!」
「…………」
「そいつに言っても無駄だぜ。ただの用心棒だからな。こんな奴のことなんて無視して俺と遊ぼうぜ」
ヘラヘラと笑いながらボサボサの黒髪の男が少女の頬を撫でる。少女はぎょっとした表情で男を見る。明らかな嫌悪の感情。
「フヒヒ、可愛いね君。もしかしてアイドル。まあ、何でもいいや。女はみんな平等に価値があるからね。生きてるだけで、勝ち組さ。いやー、君は本当に運が良いよ」
一番背後に立っている黒ローブの男が無言で床に座り込んでいる。新は右拳を強く握った。流石にこんな雑魚に負ける気はしないな。黒髪の男が、少女の肩に腕を回す。
「なあなあ、良いだろう。ちょっとぐらい減るもんでねぇぶ!!」
新の右ストレートが黒髪の男の顔面にクリーンヒット。男の顔面が変形し吹っ飛ぶ。軽く宙に浮いて、地面を転がった。静寂。スキンヘッドが鍛え上げられた剛腕を顔面に叩き込みにかかる。新は右手で男の丸太のような腕を掴んだ。スキンヘッドは体格差から止められないと思っていたのか、驚愕。陽花の所で飯食べてといて良かった。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
新は掴んでいた右手に力を込める。踏み込み、一気に男を投げ飛ばした。男の百キロはありそうな巨体が宙に浮き上がり地面に叩きつけられる。ホコリと払ってローブの男を一瞥。先程から一ミリも動いていない。目線を慎重に外し少女に顔を向ける。真っ黒な黒髪の下からおどおどとした紅い瞳が覗いている。
「えーと、大丈夫?」
心配そうに少女に聞くと、少女はぱあっと表情を明るくして、新の両手を掴んだ。柔らかいな。
「すごいです。すごいです。さっきのどうやってやったんですか?」
「あはは、まああれぐらいはやれないとな」
困ったように頭を掻く。少女はブンブンと掴んだ手を振る。困惑していることに気づいたのか、少女はハッとして手を離す。今度はブンブンと頭を振り始めた。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。今度から気をつけてください」
「はい……ごめんなさい。不注意でした」
少女はしょんぼりと項垂れる。けれどすぐに気を取り直して顔を上げる。
「本当にありがとうございましたーー!」
手をブンブンと振りながら背を向けて走っていった。少女が見えなくなるまで手を降った後、後ろのローブの男を睨めつけた。
「で、お前誰だ?」
油断なく拳を構えた。
「…………」
ローブの男は無言で立ち上がり、フードを取り払った。漆黒の髪。獣の如き獰猛さを持つ口元。ドクロのネックレスとピアスが特徴的な男。その顔を見て露骨に顔を顰めた。
「ああ……雷坂か。ナンパ師にでも転職したのか?」
「はっ! 馬鹿みたいな冗談だな。知能の程度が知れるぞ」
「うっせ。てめぇみたいな馬鹿には言われたくねぇな」
「馬鹿と言ったやつが馬鹿なのだ」
「じゃあ、お前も馬鹿だな」
「…………殺すか?」
雷坂は懐から銀色のナイフを取り出す。新は一歩下がり、拳を構えた。
「上等だ。ナイフなんぞに頼ってるしょうもない男に俺が負けるわけねぇよ」
一瞬即発の空気。頬を汗が流れる。龍司は舌打ちを一つして、ナイフを収めた。
「なんだ、ハッタリかよ」
「黙れ。心の底から殺してやりたい気分だが、今は別の要件だ」
「……はぁーそうかよ。で、何? 飯でも集りに来たのか?」
「水無瀬新、俺の仲間になれ」
「はっ? どういう意味だよ」
「分からないのか? いや、お前はもう察しがついているはずだ」
雷坂は目を細め新を睨みつける。新は面倒くさそうに頭を掻いた。
「あーはいはい、分かってますよ。なんたって俺だからね。――お前、噂の新人類組に入ったのか?」
低い声で唸るように言う。新人類組、魔法少女に対して高い不満を持つ魔術師達が集まって創設した犯罪組織。雷坂は眉一つ動かさずに新を見た。
「で、俺になんか用か?」
「……新、新人類組に入れ。金が稼げる。それにお前がぶっ殺してやりたい奴らも俺たちが殺す」
「何だ今日は俺のモテ期か。……数時間前だったら考えてやったんだが」
「駄目だから。新は絶対にあんな組織に入らないで」あの後、陽花に面と向かって寂しそうな声で言われた以上、もはやその気はなかった。
「割と良い仕事でも見つけて、平凡生活まっしぐらか?」
「あーそうだったら良かったんだが、人生うまくいかねぇもんだな。厄介な仕事だよ」
話は終わりだと、そのままひらひらと雷坂に手を振って路地裏を立ち去った。
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