第2話
新は瞼を開けた。ぼやけた視界には銀色に光り輝く鉄格子が見える。周囲を見渡す。乗ったら軋んで一発で壊れそうな脆いベッド。汚らしい便所。まるで……まるで。
「って! ここ牢屋じゃねぇぇぇぇぇッか!」
勢いよく立ち上がり、ふらついた。お腹が飯を食わせろと苦情を申し立てる。どういうことだ。何で俺がここに居る。まさかゲームとリアルを混同した人間に監禁されたのか。最悪の事態だ。
「うっさいわねー。犯罪者の癖に一丁前に雄叫び上げてんじゃないわよ。周りの迷惑ってもんを考えなさい」
少女の声。牢屋の外からカツカツと足音が聞こえる。ゴクリと息を呑んだ。拷問好きの狂人だ。そうに違いない。曲がり角から少女の容姿が見えて、固まった。コスプレでもしているのだろうか。子供には不釣り合いな黒い軍服を着た幼女だ。肩まで伸びた美しい黒髪を鬱陶しそうに払って、生意気そうな顔でこちらを睨みつけてくる。幼女……、どう高く見積もって小学生高学年ぐらいだぞ。
「えー……えーと、君が俺を閉じ込めたの?」
できる限り怒らせなないように穏やかに話しかける。その対応が気に入らなかったらしく黒髪幼女はギンっと目を不快そうに細めた。
「死ね、犯罪者」
「え、えー……」
冷たい声で幼女に罵られる。戦慄、いつ俺は犯罪者になったんだ。確かにお金がないのにヘルシー・メイトに手を伸ばしたが、別に何も盗んではないなかったはずだ。まだ。
「ふあーーーあ」
黒髪幼女の後ろから……また幼女が現れた。天然パーマの短髪。僅かな灯りでも銀色の髪が光り輝く。この牢屋と対極に位置している純白の病院服を着ている。寝起きなのか、むにゃむにゃと口を動かしながら目を擦っている。
「渚。シ・ゴ・トよ! 寝ぼけてんじゃない」
黒髪幼女は渚の頭をブンブンとシェイクする。
「ほぇーー、黒ちゃんもうあさー」
「とっくに朝になってるわよ!」
黒は大きくため息を付いた。何だ、これは俺は何を見せられているんだ。コンビニで出会った幼女にドロップキックを食らわされたと思ったら、目が覚めた瞬間には新たな幼女二人組に牢屋に監禁されている……だと。新は自分の体が恐怖で震えるのを感じた。
「ほら、渚。さっさと鍵開けてそいつを連行するわよ」
「ほーーい」
間の抜けた声で渚は了承すると、ふらふらと牢屋の前に来て、ガチャガチャと鍵穴と格闘する。ガチャガチャ。ガチャガチャ。鍵間違ってるんじゃね?
「あーもう、役に立たないわね」
黒は忌々しげに吐き捨てると、渚から鍵を引ったくる。渚は転けそうになりながら横に動く。黒は鍵穴に鍵を挿入し固まった。顔から表情という表情が消えている。
「…………どんまい」
どうしてもそう言わざるを得なかった。黒は死んだ目で新を見てから、スタスタと牢屋に背を向けて歩く。鍵を取りに行くのだろうか。突然、黒は軍服の内側から何かを引き抜いた。真っ黒な鉄の塊。グリップを強く握り銃口を新の居る牢屋に突きつける。
「はっ!?」
幼女が持っている物騒な物を見て困惑。すぐさまその場から跳び上がった。黒がトリガーを引く。閃光。銃口が唸った。金属と金属がぶつかる音。牢屋の鍵が地面に落ちてけたたましい音を響かせた。新は頭を抱えて黒の様子を伺う。黒はふんと鼻を鳴らすと、スタスタと牢屋から離れていく。
「おにーさん大丈夫ですかー」
ぽわぽわとした渚の声。渚はゆっくりと鍵が壊れた牢屋の扉を開ける。
「えー、えーと、これはどういう状況だ?」
聞いてくれ。幼女が銃を持っていた。俺よりよっぽど犯罪者じゃねぇかあの幼女。渚はむんずと新の首根っこを捕まえる。
「痛っ! 痛っ! えっ、力強くない? 幼女の力強くない!?」
叫ぶが、「うーん」と謎の声をあげるだけあげて、渚は抵抗する新を引こずりながら黒の後を追った。
そこは真っ白な机の置かれた個室だった。新の座ったパイプ椅子の対面にはさっきから不満そうにこちらを睨めつけている黒。机に突っ伏して眠りこけている渚の姿。机の上には御誂向きに電気スタンドが置かれていた。黒が溜息。勢いよく足を机の上に叩きつけた。
「でっ? あんたなんか言い訳はあるの?」
「言い訳も何も、俺は何もやっていない」
「へぇー、白を切るのね。面白い奴」
「おーおもしろそー」
渚がさっきから顔面に電気スタンドの灯りを直射している。無駄な明るさに目を細めた。
「先日の夕方にムーソンでヘルシー・メイトの万引きを図ったと聞いているわ。……今まで見た中でもサイッコーーウにしょうもない犯罪ね。それで、動機は何?」
冷や汗が伝うのを感じた。この幼女、話聞いてねぇ。
「はけー、はけー、はいたら楽になりましゅよ」
渚はもう既に舌が回っていない。
「……めんどくさいわね。渚、あれを出しなさい」
黒は顎で渚を指し示す。
「ほわーい」
渚は間の抜けた声をあげて、尋問室から出ていく。一体何が出てくるんだ。五分間の沈黙の後、驚愕した。目の前には暖かなカツ丼。出来立てなのかとろりと卵垂れる。ごくりと喉を鳴らす。まさか、飢餓状態の人間に食事を目の前でお預けするつもりか。確かにこれは拷問だ。思っていると、渚が箸でカツを掴んで、こちらの口元に差し出してきた。
「たべて、たべて……たべて?」
渚が首をかしげながら言ってくる。まさか毒でも盛られているのか。しかし空腹は既に限界。差し出された餌を放置するなどあり得ない。勇気を持って箸からカツをパクリと食べた。……なにこれ超美味い。
「かわいそうに……脂っこいもの食べて、たぶん寿命が減っちゃたよ。やっぱ、やめよ黒ちゃん」
「誰がカツ丼持ってこいって言ったのよ!」
先程まで黙っていた黒が悲鳴をあげる。流石に黒が望んでいたものとは違うらしい。新は考えながらカツ丼を食べていた。
「はぁー、もう良いわ」
黒は懐から一瞬で短機関銃を取り出して新に突きつけた。マジかよコイツ。困惑しながらも大人しく手を挙げる。
「話だけ聞いて元の生活に戻してあげようかと思ったけど。やめ、そのまま警察に突き出すわ」
やっぱここ警察じゃない無いのかよ。じゃあ何者だよこの幼女達。一瞬即発の空気の中、コンコンと扉がノックされ開く。灰色の髪をした年若い白衣の女性。眼鏡の裏から不機嫌そうな青色の目が新お見て、固まった。新も同時にカツ丼を食べていたスプーンを机の上に落とす。金属音が静寂を打ち破った。
「…………新、あんた何してるの?」
「陽花?」
愕然と女性の名前を呼んだ。
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