魔法少女結社アイリス

古海 心

第1話

 水無瀬新は薄暗い部屋の中で胡座をかいて座っていた。短い茶髪から覗く目には不健康な隈。手には使いすぎてゴムが擦り切れたコントローラ。目の前にはディスプレイ。画面の中では、滑稽なおかめの仮面を被った主人公が出来の悪いゾンビ兵士の頭を打ち砕く。壮大な効果音が鳴り響く。ガトリングガンを持った長身の軍服を着た人物が現れた。ボス戦だ。ボスは相手の呼吸の隙きを与える暇のないほどの弾丸をばら撒く。

「あぁ……めんどくさ」

 吐き捨てる。手元を一切視認せずにガチャガチャと乱雑にコントローラを使用する。画面上の仮面の男はひらりとひらりと弾丸の雨を危なげなく回避。発砲。ボスのHPバーが徐々に減っていき。

「ぐおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「相変わらずクソみたいな断末魔だな。本物はもうちっと人間味が在るぞ」

 ボスが倒れ、クリア画面が表示される。新は画面右上の名前を見てため息を付いた。

「……知らねえよ。もう俺は関係ねぇ」

 気だるげにため息をつくと仰向けになり後ろのソファに倒れ込む。手に持っていたコントローラが力を抜いたせいで顔面に直撃した。

「…………最悪だ」

 ボソリと呟き、手をもぞもぞと動かす。手がヘルシー・メイトと書かれた長方形の箱を掴んだ。新は箱の蓋を開けて口の上でブンブンと振る。しかし何も起こらなかった。落ちてきたのはヘルシー・メイトの破片だけだ。

「飯なくなった。……どうしよ。……出るしか無いか外」

 重たい腰を起こし、腕で床を押しながら立ち上がる。部屋中にはビニール袋と、長方形の箱の山。ゴミ屋敷だ。新はそこら辺に落ちていた財布を拾うと、ヨロヨロと歩き玄関の扉を開けた。

「あっつー」

 世界は未だ許してくれないらしい。春なのに熱すぎる太陽が新を照らす。三階建てのボロアパート。それが新の住居だった。

 うだるような日差しを手で防ぎながらアスファルトを進む。余りの自分の体力の無さのせいで電柱にぶつかった。周りの御婦人方が奇異の視線で彼を見つける。気にすることなく歩いた。

 ようやく目的地が見えた。ムーソン。全国展開しているコンビニエンストア。新の生命線である。近づくと自動ドアが認識し扉が開く。

「あ……金がねぇ」

 店員の定型文を無視し、財布を今更ながら確認して呻く。気を取り直してコンビニに設置されているATMに情報を入力する。残高が表示された。五十円。うまい棒が四本も買える大金だ。喜びの苦笑いを零した。猛暑と空腹のせいで意識が朦朧としてきた。そういえば、ここ二日ほどヘルシー・メイトしか食べていない。当然の結末だろう。飢餓の獣の視線に光り輝くヘルシー・メイトが見えてくる。ここが楽園か。涎が垂れる。手は宙で止まったままだ。値札には百九十円、新の所持金の三倍以上の値段が記載されている。しかも税抜きだ。

「う……あぁ、ヘ……ルシー…………メイト」

 先程ゲームで倒したばかりのゾンビの如き呻き声を零しながら、一歩一歩と進む。とうとうヘルシー・メイトに手を伸ばす。あと一歩、あと一手だ。美味しいヘルシー・メイトが新の物と成る。

「万引き犯発見!!」

 若く鋭い少女の声。そちらを見ると幼女が仁王立ちしていた。小学生高学年程度の身長。短いボブカットの赤髪からは正義感に燃える茶色の瞳が新を射貫く。

「え、いや、俺は別に」

 狼狽えて弁解するように手を振る。青色のフリルのついた白ローブをはためかせ幼女はその場から一気に走り出し加速、接近。幼女は両足を揃えて跳び上がった。

「正義の鉄槌。ドロップキィィィィィィィィック!!」

 呆然と迫りくる幼女の靴底を見ていた。意識が急激に覚醒し身体が反射的に避けようと動く。視界が歪んだ。やばい、腹が減りすぎて。次の瞬間には倒れそうになった新の顔面に幼女の足裏が直撃した。

「ぷげぇ!」

 情けない悲鳴をあげる。空中で錐揉み回転しながら商品棚に突っ込み気を失った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る