第3話
道路の真ん中に何かの生き物がいた。
何だ…あれは…
光太郎は思わず道を戻っていき、その生き物に近づいた。
(あれは....?タヌキなのか???!!)
そのもふもふの茶色い毛の生えた推定40㎝くらいの生き物は、道路の真ん中をよたよたと歩いていた。いや、それは目を凝らしてみてても進んでいるのか判別できないほどにヨボヨボだった。
光太郎がタヌキと誤認するのも仕方なかった。
その生き物は4本足ではなく二本足で立っている…。
ちょうど何年か前に、TVのニュースでレッサーパンダが立ち上がって人気!という報道があったが、そんな感じの珍しさと違和感だった。
歩道をゆっくり戻っていく光太郎の耳に女子生徒たちの会話が入ってきた。
「…やっぱり、猫なんじゃない?」
なるほど。光太郎のいる角度からは顔は見えないが、あれは猫なのか。そう珍しい生き物がいたわけじゃないんだと何故か腑に落ちた。
しかし、このまま放っておくわけにもいくまい…。そう光太郎は考えていた。
明らかに弱っているのか、ケガをしているのか、分からないが普通の猫の動きではないことは誰の目にも明らかだった。
やはり車通りが少ないとはいえ道の真ん中は危ない。せめて道の外まで出してあげるべきか…と考えていた時、1台のトラックが交差点を曲がってきた。
(あっ…)
その時速40キロほどで走ってるトラックは、このまま行けば猫とぶつかるコースを走っていたが、運転手が2秒ほどカーナビを操作し目を離したため猫を視認できていなかった。
そのトラックの挙動を見て光太郎はさらに歩道を戻った。嫌な予感しかしない。トラックは減速をすることもなく猫へ迫っていこうとしていた。
猫が真横に見えるとこまで来ていた光太郎は、無意識に車道へと飛び出していた。目の前の生き物を救いたい!ただ反射的に、体が勝手に動いていた…。
光太郎はやさしい青年だった。だがそれは鈍さとも言えなくもなかった。そういう体の大きさに見合った程よい鈍感さを光太郎は持っていた。
小学生になってからずっと背の順で並ばせると一番うしろだった。小学5年生の時ですでに身長が180㎝に到達していた。
上に伸びるばかりでなく、その立派に見える体躯から、彼を見た大人は「おっ!将来は何になるのかな?」と期待の目を向けた。
実際、野球部に入って早くから活躍をしていた。人より体の成長が早かった分、筋力も強かったし成功体験も多かった。
だがそれは中学に入るころから激変する…。つまり光太郎は体は大きく育ったが、運動神経は思ったほど伸びなかった。バットに当たらなくなり打撃成績は下降し続けた。そして中学3年の時は、ついに打率が1割にも満たなくなった。
光太郎に寄せる周囲の目や評価は、次第に「もったいない…」とか「見かけだけ」といったものに変わっていった。
そんな声を光太郎は務めて気にしないようにしながら、チームのために明るくふるまっていた。
光太郎が飛び出したのは、勇気とか正義感とか、そんなものではなかった。
何かに急かされるように飛ばされるように、ただ夢中で走り出していた。
猫を助けるため近づいた光太郎は、初めてこの猫の姿がよく見えた。
(は?)
よく見ると、片手に"木の杖"のようなものを持ってるのが見える。それにあごに生えてるのは…ヒゲ…?
何なんだ。もしかして…
「あれは…猫の神様なのか???」
トラックが迫る中、光太郎は猫を抱えようとラグビーのタックルのように飛びついた。これで反対側の歩道へとごろごろと転がって難を逃れるはずだったが、光太郎の体はトラックのすぐ目の前にいた。
ドオオオオオオオーーーン!
凄まじい衝撃音がして光太郎の意識はここで途切れた。
そして1秒後に光太郎の体は道路の上を転がった。
その数秒後に女子生徒たちから悲鳴があがる。救護に駆け寄る運転手。青ざめて通報する通行人のおばさん。あたりは騒然となった。
そして、10分後にけたたましくサイレンの音が、鳴り響くのだった…。
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