※※

「何なんですかあいつらっ!!」


 司令本部が置かれた警備室に内村うちむらの怒声が響き渡った。『各種電源が集中した操作盤に拳を叩き付けなかっただけ、コイツにしては偉いな』と思いながら、隣の椅子に座った白浜しらはまはボンヤリと画面のひとつを眺める。


『第三展示室』とラベリングされた画面には今、至近距離で向かい合って立つ一組の男女……白浜にとっては幼少の頃から見慣れたガキンチョ二人が映っている。


「イチャコライチャコラしてるだけじゃないですかっ!!」

「あれで二人揃って『付き合ってない』って真顔で答えてくるんだから意味分かんねぇよなぁ」

「そういう話じゃありませんっ!! ここ現場なんですよっ!? 色気づいたガキがイチャついてていい場所じゃないんですよっ!!」

「おーおー、うらやましいよなぁ」

「別にうらやましくなんかないですよっ!! 現場ナメてんのかって話でっ!!」


 キーッ!! と内村の絶叫は続く。狭い部屋の中ではあまり聞きたくない声だ。思わず反射的に白浜は両手で己の耳をふさぐ。


 ──こいっつ、本気であいつらのこと気に入らねぇのな。


 まだ罵詈雑言を叫び続けている内村をチラリと横目で眺めながら、白浜は小さく溜め息をつく。


 錬力犯罪対策室の中でも、冴仲さえなか杏奈アンナ稲妻いなづま雷斗ライトに対する印象は様々だ。好意的なものから否定的なものまで、温かいものから冷たいものまで、錬対はそこまで大きな組織でもないのによくぞここまで揃ったなと思うくらいに選り取り見取りだ。それらの感情が直接彼らに牙を剝かないように取り計らうのもまた、白浜の仕事の一環である。


 ただ、実際の所、その部分で白浜が苦労したことはあまりない。


 なぜならば、最終的に全員、枝葉は違えども根っこは同じ感情に帰結するからだ。


「内村ぁ」


『こいつはそこに至るまでどれだけかかるかねぇ』と内心だけで独りごちながら、白浜はいつも通り無気力に声を上げた。先輩格である白浜には敬意を抱いてくれているのか、内村はあれだけうるさく声を上げていたというのに、白浜の一声を受けてピタリと押し黙る。


「あいつらのことが気に入らなくても、あいつら……特にアンナのご機嫌だけは損ねないように気ぃつけろよぉ。アンナに嫌われた瞬間、お前のやっすいクビなんざ簡単に飛ぶんだからよぉ」

「はぁっ!? あんなぽよっぽよな、大人に対して礼儀のひとつもわきまえてないクソガキが何だって」

「内村ぁ」


 今度の声には、自然と圧がこもった。そのプレッシャーに反応したかのように、椅子に立てかけるようにして置かれた白浜のもう一振りひとりの相棒……『仁王』の武の象徴である日本刀が微かに音を鳴らす。


「お前、俺が渡した資料、目ぇ通してねぇのか?」


 その冷たさに気付いた内村がビクリと体を震わせる。白浜を見つめたまま固まった内村は、殺気に驚いて固まったというよりも己の主張が通らなかったことに衝撃を受けて固まっているようだった。親に頬を張られた幼子のような顔で内村は固まっている。


 ──ったく。あいつらよりコイツの方がよっぽどガキかよ。


 もしくは『大人』であるからこそ、あの二人の存在が認められないのか。


 ──あるいは……


 白浜はチラリとモニターに映し出される二人に視線を向ける。監視モニターは音声を拾ってこないから、今現場で二人が何を話しているのかは分からない。


 だが二人と付き合いが長い白浜には、何となく今二人が何を話しているのか、推測することくらいはできる。


 ──アンナのやつは、恐らく気付いてる。


 杏奈のあの重度のド天然ドジっ子モードは、本質の鋭さを隠すための鞘だ。どう振る舞っていようとも、杏奈の本質が触れたモノ全てを切り裂く抜き身の刃であることに変わりはない。


 何にも気付いていないように振る舞っているだけで、その実杏奈は白浜の行動の不自然さに真っ先に気付いたはずだ。そしてこちらが音声を拾えず、確実に傍からも離れるこのタイミングを杏奈は決して逃さない。


 ──まぁ、あいつらのこった。上手くやってくれるだろうよ。


 白浜は頼りになる協力者達に内心だけで笑みを送ると、隣に座る当座の問題に意識を切り替えた。白浜から監視モニターへ視線を移した内村はいまだにギリギリと歯を食いしばっている。


「『錬力学殺しの天才』と、そのお目付け役。あの二人の実力はガセでもなけりゃ盛られたもんでもねぇ。最近の錬対が解決してきた大きな事件の裏には必ず冴仲杏奈がいて、冴仲杏奈が動く時にはセットで稲妻雷斗がいる。もはや二人の存在なくして錬対は立ち行かねぇんだよ」


『業務的にも、、ちょっと叩いておくか』と判断した白浜は、資料に目を通せばおのずと分かるはずであることをあえて口に出した。


 口調はたしなめるものだが、込められた内心は『そんな当たり前のことも分からねぇのか』という叱責に近い。プライドが高い内村にならばこれで通じるはずだ。


「現場経験数から言っても、事件解決数から言っても、あの二人はお前よかよほど『先輩』だ。お前があいつらに『大人に対する敬意』を求めるなら、お前はその前に『先輩に対する敬意』をきちんと持て」

「な……っ!?」

「まぁ、今からのことをしっかり己の目で見て、歪みなく認識ができりゃあ、俺が言いたいことも、錬対上層部の認識も分かるはずだ」

『あー、あー、あー、オッケー?』


 案の定プライドに障ったのか、内村の表情が変わった。


 だが内村が何かを口にするよりも、警備室の音響機器にノイズが入り、次いで杏奈の声が響き渡る方が早い。杏奈が作戦開始に臨んで手元の通信機器の電源を入れたのだろう。


 杏奈に続き、答える雷斗の声も警備室に響いた。


『左、襟、右、全て良好』

『こちらの受信も良好だ』


 二人の通話音声はこうして警備室や錬対のメンバーが装着したインカムへも飛ばされている。だが二人は白浜が詰める司令本部へ受信状況の確認をしてこない。これはいつものことなのだが、白浜はいまだにこれが『最悪の場合、司令本部と不通状態でも作戦決行に支障はない』という意味なのか、はたまた『白浜達ならば不備など起こしようがない』という信頼の裏返しなのかを測りかねている。


「……本当に、こんなに早い時間に目標ホシは来るんでしょうか? いくら他の現場の犯行時刻が早めって言ったって、遅い時刻の事例だってないわけじゃ」

「内村ぁ?」

「……すみません」


 まだブツクサと文句を呟く内村を封殺し、白浜は椅子にもたれかかったまま二人が映り込むモニターを見上げる。


 ──まぁ、内村が言いたいことも分かるけどよ。


 現在時間は20時過ぎ。現代人の感覚において、20時というのはまだまだ夜の始めだ。夜闇に紛れて悪事を成そうというにはいささか時間が早すぎる。


 おまけにこの美術館はそこそこ大きく、目玉の展示品も何ヶ所かに分けて展示されているというのに、二人は迷いなく第三展示室を自分達の持ち場と定めた。これはあまりにもヤマを張りすぎていると白浜でさえ思う。


 犯人グループは今まで絵画でも、宝飾品でも、古美術品でも、貨幣でも、世間一般に価値があるとされる物なら何でも見境なく強奪してきた。


 この深見台ふかみだい美術館では、第一展示室に絵画、第二展示室に壺や書画といった古美術品、第三展示室に歴史的な宝飾品を展示しており、それぞれ企画展のテーマに沿って品の入れ替えを行っている。


 今の企画展のテーマは中世に活躍した画家がメインに据えられており、目玉展示は第一展示室にかけられた絵画で、第二、第三展示室では絵のモチーフになった小物の紹介や、当時の風俗に関する品が紹介されている程度だ。


 第三展示室に展示されている物は確かに宝飾品と言えば宝飾品だが、小ぶりな首飾りや髪飾りばかりで、強盗グループが狙うような派手な品は特にない。今表に出されている品ならば第一展示室の絵画が一番値打ちがあるだろうし、宝飾品の強奪が目的であるならば収蔵庫を襲撃した方がよっぽど利益は高い。


 ──それでも、この配置を決めた。


 ならば自分ごときが疑問を抱く余地はない。『冴仲杏奈』がこうしろと言ったのだから、この配置が最善なのだ。


 白浜は、すでにそのを嫌になるほど知っている。だから全ての疑問を噛み潰して、目をこらし、耳を澄ます。


 ──さぁて、もどう転がるかね?


 そんなことを独りごちる白浜の視線の先で、画面の中にいる杏奈がスッとメガネを外した。


 たったそれだけで、画面越しでも分かるくらい鮮やかに、杏奈が纏う空気が変わる。


只今ただいまより『電撃の直観ライトニング・インサイト』を執行する』


 凍てついた冬の朝のように澄んだ声が、凛と聞くもの全てを切り裂くような鋭さとともに作戦の開始を告げる。


 その瞬間、バツンッと視界の全てが闇に包まれた。


「な……っ!?」

『来たぞ、イト』

『あいよっ!!』


 隣の内村が息を呑んだ瞬間、最初の指示は飛んでいた。それに威勢のいい声が答えた瞬間、パッと視界は明るさを取り戻す。


 視界が闇に潰されていた間も迷いなくモニターを見上げていた白浜の目には、錬力を行使して全館の電気系統を回復させた雷斗の姿が見えていた。


『各種出入口警備の者へ。侵入者は今の隙をついて中に入る手筈てはずだったはずだ。初動を叩かれた犯人が暴力に訴えて侵入をこころみる可能性は高い。各々おのおの警戒を続けろ。非常用電源周辺の警備を担当している者へ。敵はこの復旧が非常用電源を使って執り行われたと勘違いしているはずだ。襲撃は必至と考え、決して警戒を緩めるな』


 そしてその後ろに立った杏奈は、メインの展示物が展示されたガラスケースを背にする形で立ち、真っ直ぐに前を見据え、右中指にはめられた指輪マイクを口元にかざして指示を飛ばす。


『イト』


 そんな杏奈が、鋭すぎる瞳にスッと険を上乗せした。


だ』


 その言葉が響いた瞬間、雷斗は微かなスパークを残して画面の中から消えていた。


「な……っ!?」


 もう一度隣から驚愕を押し殺した声が響く。


 その瞬間、建物を通して伝わる衝撃が白浜の体を貫いていった。

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