第66話・終「一緒に歳を」


「あたしを人にして下さい」


 、そう母様に願ったあたしは、あたしのげきの全てを母様にお返ししたんです。


 けっこうなんて事なくあっという間にあたしのお尻から全ての尾っぽは無くなって、なんだか拍子抜けしちまったもんだよ。


 その場にいたみっちゃんも、お尻に居たしーちゃんもごっちゃんも、せんせの家で留守番してる筈のなっちゃんも。

 産まれた時から一緒だった最初の二本の尾っぽも。


 みんな居なくなっちまったんだ。


『妹ちゃん、アンタは人になった。アタシらより断然早く死ぬだろう。けど、死んだとしてもアンタはずっとアタシの子だから。、良庵ちゃんと仲良く暮らしなね』

「……はい、母様」


 母様は最後に、なんかあったらまたおいで、それだけ付け加えてヨルと腕組んで一緒に消えてったんです。




「お葉さん……本当に良かったんですか……?」

「しーちゃんたちも分かってくれますよ。みんなあたしなんですから」


 そうは言ったものの――、実際しーちゃんたちは分かってくれるの間違いないんですけど、二人してなんだか気落ちしちゃってねぇ。


 賢哲さんもさすがに一度は家に帰らなきゃだ、ってんで姉さんも一緒に四人でとぼとぼ歩いて帰ったんです。

 けどその道中、旅籠はたごに泊まっても、お風呂に入っても、なんだか二人してちっとも湧かなくってね。


 隣の部屋から姉さんたちがいつも通りにもつれこんでる声が聞こえても。


 二つ並べた布団からお互い手だけ出して繋いでさ、朝までまんじり、布団が乱れることもなくってね。


 なんだかんだで数日、つやつやお肌の姉さんたちと違って重たい足と気持ちをただただ前に運んだんだ。


「あ、うっかりしてた」

「何をです? せんせ」


 にこっとあたしに微笑んで、自慢の矢立てから筆を出し、まっさらな紙にさらさらすらりん筆を走らせる良庵せんせ。


「これ、履き物に貼りましょう。賢哲も、ほら」


 甚兵衛オススメの呪符その一……


「はぁ……二人揃ってそんな事にも気付かないなんてね。駄目ですねぇこんなんじゃ。みっちゃん達に笑われちまいますねぇ」

「ははは、ほんとそうです。一緒に前向いて、明るく進まなくっちゃですね」


「うぉっ! なんこれめっちゃ楽! 走ったってちっとも疲れねえ! もっと早く出せよ良人よしひとぉ〜〜〜!」

「待ってよ賢哲さん! 菜々緒置いてかないでー!」


 勢いよく走り去ってく二人の背を目で追って、せんせと並んで苦笑いしたもんさ。



 けど、その後もまぁ、旅籠に泊まったってやっぱりそんな事にはならなくってねぇ。


 ちょいとあたし……まずっちまったかねぇ……

 このままずぅっとせんせとこんな……

 なんの為にあたしは……


 一念発起! そんなこっちゃ元六尾の妖狐の名が廃る!


 ってなもんでさ、隣の布団に潜り込んでうとうとしてるせんせの腕に抱かれてみて、そっと口付けしようと顔近付けてみりゃ……


 ぱちっとせんせの目蓋が開いて目と目が合って……


「ふふ」「あはは」


 どちらからともなく笑っちまったんだ。


「お葉さん、無理しないで平気ですよ」

「ですね、良庵せんせ」


 そのまませんせの腕に抱かれて眠ったもんさ。




「じゃあな! 近いうち里に戻るがその前にまた顔出すからな! お疲れさん!」

「またねー! お葉ちゃんと良庵せんせー!」


 二人とは賢安寺門前で別れ――


「賢哲さん、お寺どうすんだろうねぇ」

「お父上もまだまだ元気、なんとかなる……かな?」


 ――二人で手ぇ繋いで帰ったのさ。


 特になんでもない話をさ、二人が出逢った日の事とか、せんせが野巫医者の方を本業だと思ってたって知って驚いた事とか、ほんとにとりとめない話をしながらね。


 でもさ、やっぱり家に近づくにつれ、言葉少なくなってってさ……


 時間も夕暮れ時、町も割りと静かになってくもんだから……


 我が家の門屋の前に立ってもさ、誰もいない我が家の静けさが辛くて暫く二人で立ちすくんじゃったのさ。


「……こうしててもしょうがありません。入りましょ――」


 ………………きゅー。


 ばっ! とお互い顔を寄せ――


「今っ――いまの声――っ!」

「せんせも聞こえたかい!?」


 ――ちょっ、なっちゃんダメだってば――


 門屋の向こう、そんな筈ありゃしないのに……


 せんせと並んでごくりと唾を飲み、そぉっと門を押してみりゃ……


「あ、かんぬき掛かっていませ――」


「きゅー!」「きゅきゅー!」


「わっ!」「なっちゃん!? ごっちゃん!?」


 あたしになっちゃん、せんせにごっちゃん、二人それぞれ飛び掛かられて、二人並んで尻餅ついちまったんだ。


「もう! 二人とも駄目だって言ったのに〜」

「しーちゃんも!」「しーちゃんさんも!」


「おかえり! お葉ちゃんに良庵せんせ! 待ってたよ!」


「なんでみんないるのさ!? しーちゃん達とはバイバイだって――母様が……」


 なっちゃん胸に抱えたまま、両掌で顔を覆って泣くあたしの頭をしーちゃんがポンポン優しく叩いて言ったんだよね。


「バイバイしたってさ、また集まって遊べば良いんじゃない?」


 あたしその言葉でばっと顔上げてさ、いつもの小さな女の子なしーちゃんが笑顔で続けたんだ。


「お葉ちゃんとせんせが一緒に歳とるの、わっちらも一緒に見ててもいい?」

「もちろんだよ!」


 ――あん時ゃもう目ん玉しわしわになるかってぇくらいに泣いちまったよねぇ。



 しーちゃんが作ってくれてたお稲荷さんを摘みながらさ、色々と話を聞いたんだ。


「あ、ほんとだ。なっちゃんの尾っぽ……二本に増えてる」

「ごっちゃんさんは三本」

「わっちは四本、みっちゃんなんて五本だもんね」


 しーちゃん達はみんなそれぞれ、独立した一人の妖狐になったんだって。


 なっちゃんは生えて百年に少し届かない尾っぽだったから百歳手前の二尾の妖狐。

 みっちゃんなんてもうすぐ四百年だったから、もうすでに五尾の妖狐になったんだって。


「って、みっちゃんが言ってた」


「……しーちゃんさぁ。あたしね、思うんだけど……」

「いやぁ、わっちも思うよ」


 だよねぇ。


「やけにあたしの背中押すなと思ったらみっちゃんってば、前に転生失敗したもんだからさ、今度こそ尾っぽじゃなくて妖狐になろうってつもりだったんじゃないかい?」

「だろうと思うよ。きっとこうなるの分かってたと思うなぁ」


 で、当のみっちゃんは早くも諸国漫遊に出たんだってさ。


「みっちゃんらしいねぇ」




 そんでさ、しーちゃんが作ってくれてた沢山のお稲荷さんで晩御飯にしながらさ、留守番してくれてたなっちゃんと戦いの途中で寝ちまったしーちゃんに、、ごっちゃんとあたしで事細かく説明してやったんだ。


 颯爽と現れてあたしを救ってくれたせんせ。

 ごっちゃんに化けてたあたしをすぐに見破ったせんせ。

 強過ぎるヨルと一進一退の戦い繰り広げたせんせ。

 そんな中あたしにずぅっと笑顔で微笑みかけてくれたせんせ。


 どの場面を区切って思い出しても、せんせがカッコ良すぎてさ――あたし、ほっぺと目頭と……へその下がアツくなっちまう。


 なんだかさ、湿……


 照れてぽりぽり頬を掻いてたせんせの耳にそっと耳打ちしたんだよね。


「せんせ――今日こそ……しましょっか」


 ってねぇ。






◇◆◇◆◇◆


「なんだってこんな――今日は急患ばっかなんだい!」

で医者なんだ、商売繁盛で良いことじゃねぇかお葉ちゃん」


 ちっとも良かありませんよ。

 医者は暇くらいが丁度良いんですから。


「せんせ! 熊五郎棟梁もお待ちですよ! のことはしーちゃんに任せてこっち頼むよ!」


 うちのやぶ医者さまはさ、もうすっかりじゃない、一人前のさま。


 けどここんとこどうも子供たちにでれでれでねぇ。


「ごめんお葉さん、あんまり子供たちが可愛いもんだから――棟梁、今日はどうしたんだ――?」



 ――今日も門のところであの札が揺れてます。


『痛みや病いに効くまじない、有ります








◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

以上で本編完結となります。

引き続き番外編3つを上げますので、そちらへもお越し頂ければ幸いでございます!

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