第49話「ごっちゃんの言う通り」


『賢哲さまー? 着てた服にゴミみてえなの紛れてただけど、捨てて良いだか?』


 出発直後になっちゃん越しに覗いてみたら、与太郎ちゃんが焦げた紙切れを賢哲さんに手渡してたとこだったんだ。


『ん? お、それ良人よしひとがくれたお守りじゃねえか』

『お守り? ゴミじゃねえだか?』


『たぶんもうゴミだ。効き目はって話だからな』

『なら捨てるだ』


 ……ははぁ〜ん。わっちようやく分かっちゃっ――


 って三郎太ちゃん速いよ! 覗き見してる余裕なんかないじゃん!



 

◇ ◇ ◇


 ここに連れて来られて三度目の夜、それさえももう少しで終わっちまうよ。

 数日だけ待つ、なんてヨルは言ってたけど、いい加減なんか返事した方が無難だろうね。


 まぁもうどうだって良いんだけどさ。

 姉さんのお陰で良庵せんせとも縁が……縁が切れた……筈なんだ、から、さ。


 だからって黙って手籠にされるのも癪だけどね!

 それに加えてもう一つ、腹の立つことあるんだよ。

 ヨルの奴があたしの野巫やぶのこと本気でだと思って舐めてやがるってことさ!


「ごっちゃん、出ておいで」

「きゅー」


 ほらね。

 結界の外のしーちゃん達との繋がりは切れてるけど、ごっちゃんをあたしから切り離せるって事は、この里を覆う結界はあたしの巫戟を縛るものじゃないってこと。


 姉さんの尾っぽたちと違ってあたしの尾っぽが切り離せるの、あれって別に妖狐の力じゃなくって野巫三才図絵『だからね。


 なんでかヨルも尾っぽ切り離せるし、どうやらあいつもあたしの野巫によく似た術を使えるらしいけど、術自体はそう負けてない筈なんだ。


 だからこそ腹が立つってなもんだよね。


 ただあたしが出られない様にするためだけの結界なんて…………舐めんじゃないっての!


「そう思うだろごっちゃん!?」

「きゅーー!」


「おや、珍しいね。臆病ごっちゃんがそんなに怒るなんてさ」

「きゅきゅー! きゅ! きゅー!」


「そりゃ確かにそうだけどね……それじゃごっちゃんが――」

「わきゅっきゅきゅっきゅきゅっきゅきゅっきゅー!」


「……ま、確かにそうだね。じゃ、ぎゃふんと言わせてやる?」

「きゅきゅー!」


 珍しくごっちゃんが乗り気だね。いつも引っ込み思案のごっちゃんがさ。


 …………


 こんな一等起きて欲しい時に起きて来ないのもいるってのに、ごっちゃんたら泣かせるねぇ。あの子もちったぁごっちゃんを見習ってくれっての。


 ま、言っても始まらないね。

 夜も明けたみたいだし、とりあえず腹ごしらえでもしてごっちゃんに従ってみようかねぇ。


 切り離したごっちゃんをそのままにして、充てがわれた家から一人ふらりと外へ出て、昨日のうちに目星をつけといた畑へまっしぐらに駆けました。


 確かここいらに……あったあった。

 黒狐のお婆さん――と言ってもあたしよりゃずいぶんと歳下だろうけど――が丹精込めて作った大根畑。


 収穫目前の大根盗んじまうのはホント気が引けるんだけど、ヨルが手配した食事はやっぱりちょいと不安だからね。


 なんてのが盛られてないとも限んないからさ。


「悪いねお婆さん。文句ならヨルに言っとくれね」


 でっぷり丸々太った大根引っこ抜いて、勢い余って尻餅ついちまったけどさ、まぁなんなら都合が良いってなもんだね。


 そのまま転げ回って畑の土で顔も体も汚してさ、そんでそのまま大根に齧り付いてやったんだ。


「あら、こりゃ思った以上に美味しいよ。お婆さん、盗んじまってゴメンよほんと」


 妖狐のあたしは数日喰わないぐらいなんともないけどさ、そうは言っても喉も乾くし腹も減る。やっぱり何かしら口に入れなきゃ元気出ないさ。


 がつがつ喰らって二本目の大根も引っこ抜き、さらにがつがつ喰らい終わって膨れたお腹をさすってると、畑の世話しにお婆さんがやってきちまった。


 姿見られちゃ面倒だけど、誰が食べたか分かんなきゃ平気だろ。食い散らかした大根はそのままにして、見つからない様ぺこりと頭下げて謝ってから畑をあとにしたんだよ。


 さ、ごっちゃんの言う通りにやっちまうよ。上手くいくと面白いんだけどねぇ。




◆ ◆ ◆


「――ふぅ、ひぃ、も、もう駄目……もう走れない――」


 前にお葉ちゃんが睦美蓉子で暮らしてた町よりさらにふた山越えた山裾、黒狐の里まであと半里のところで待ってる筈の三郎太ちゃんまであと少し、ってとこまで来たけどもう限界。


「……ごめんねせんせ。なんとかせんせだけでも下ろ――わっ、わわわ!」


 大きくしてた体が最後のひと駆けとともに縮んじゃって、良庵せんせ諸共もろとも墜落しちゃった――


「しーちゃんさん!」


 墜落しながらひと声叫んだせんせがわっちを胸に抱え込み、素早くたもとから取り出した一枚の呪符を足裏と雪駄の間にギュッ。


 そしてくるんと縦に回って呪符を仕込んだ右足だけで、ドスン! と大きな音たてて着地してみせたんだ。


 ……いやぁ、さすがに呪符の一枚くらいじゃどうにもならない高さだったと思うんだけど……


「……ちょ……ちょ、っと高過ぎましたけど、なんとかなりましたね」


 額に少しの脂汗と、ちょっとズレちゃったメガネ。

 それでもせんせ、わっちの無事を確認するとニコリと微笑んだんだ。


 良庵せんせー! ちょっとカッコ良すぎるよ!

 この人、お葉ちゃんの――つまりはわっちの――旦那さまなんだよ!


 ぽーっとせんせを見つめるわっちをそっと降ろしたせんせはどさりと腰を下ろして額の汗を拭って、どうやら痺れちゃったらしい右足を自分でつついちゃ身悶えしてます。


「上手くいって良かったです。冷や汗かきましたね」

「ごめんね、せんせ。わっちの戟、空っぽ近くになっちゃったもんだから」


 さっきの呪符、たぶん甚兵衛おすすめそのいちだね。使い込んだ道具に力を借りる、せんせが素振り刀に使ってたあれ。

 その一は攻撃用の呪符だと思い込んでたけど色々使えそうだね。


 咄嗟の機転であんな事できるなんて――……って事でもないみたい。せんせの表情、『考えてた事が上手くいったぞヘヘヘ』って顔してるもん。

 お葉ちゃんのために寝ないで必死に色々考えてくれたんだよね。


 少し先で待ってた三郎太ちゃんもこっちやって来ました。


「おい、何やってんだしーちゃんよ。大丈夫か?」

「三郎太ちゃんが速すぎるんだもん。菜々緒ちゃん本 体と一緒の三郎太ちゃんと違ってわっちの戟には限りがあるんだからね!」


「そうは言うけどなかなか速かったじゃねえか」

「必死だったんだから! もう三郎太ちゃんの背中しか見てなかったから賢哲さんの浮気見張ってないもん!」


 わっちの声に反応したのはもちろん、にゅっとお腹から顔出した菜々緒ちゃん。


「ダメじゃんしーちゃん! 早速覗いてみてよ!」

「ごめん無理。視界の共有だって戟使うんだもん。無駄遣いしちゃわっち消えちゃうよ」


 さすがに納得してくれたらしいけど、下唇つき出して不満そうな顔。気持ちは分かるけど、賢哲さんを信用してあげたら良いんじゃないの、知らないけど。


「よぉ。無駄口はそれまでだ。良庵を見やがれお前ら」


 目的地の方をジッと真剣な顔で見つめる良庵せんせの視線の先。

 木々より少し高い位置、ヨルが張った薄赤い戟の色した半球状の結界の頂上が見えてたんだ。

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