第37話「菜々緒ちゃんだけ」


「なにをメソメソ泣いてやがるのさ! 殴っちまうよ良庵せんせー!」

「はい! ごめんなさい!」


「賢哲さんも! 楽しそうに素見ひやかしてんじゃないよ!」

「お、おぅ! 反省してる!」


 菜々緒ちゃんの喋り方、お葉ちゃんみたいな言いざまが小気味よくって小粋だね。

 震えあがってるこのダメ男どもにもっと言ってやってよ。


「良庵せんせー」

「はい!」


「せんせーの選んだお葉ちゃんは、理由もなしにこんな書き置きひとつで出てくような子だったかい?」

「…………お葉さんなら……嫌なら嫌と……はっきり言って出て行くと……」


「分かってんなら良し! だったらでーんと構えてお葉ちゃんの帰りを待つ! 良いね!?」

「……はい!」


 あのアホそ――昔っからアホだった菜々緒ちゃんが……。

 なんだかわっち、有り難いやら感心したやらで泣いちゃいそう。でも三郎太ちゃんが耳打ちしてるんだと思うけどね。


「賢哲さんも! いま何しなきゃいけないか分かってんでしょう?」

「……え、何を?」


 なんにも考えないで楽しそうにしてたんですね。賢哲さんぽいね。


「夜回りの打ち合わせに来たんでしょ!」

「お、おぅ! そうだった!」


「分かったらちゃっちゃとする!」


「「はいー!」」


 アホそうに見えてこの、七尾の妖狐だもん。ちゃんとやってれば凄い迫力なんだよ。


「それで良庵せんせー」

「はい! なんでしょう!?」


「ちょっとソレ、菜々緒に貸して?」


 菜々緒ちゃんがそう言って指さしたのは、良庵せんせの腰にぶら下がるわっち。


「これ……妖魔の足ですか? 一体なにに使うんです?」

「なにって……。えっと……なにに?」


 おかしな間が少し。

 でもきっと大丈夫。三郎太ちゃんがついてるもんね。


「……ね、猫……キツネじゃらし!」

「「ネコ? キツネジャラシ?」」


「打ち合わせの邪魔になっちゃうから! 菜々緒、なっちゃんと遊んでくるの! だからソレ貸して!」


 男二人がを見て、次になっちゃんへと視線を遣ります。

 心得たものでなっちゃん、急にわっちへ向かって興味津々、その可愛いらしい手を伸ばしてわっちをタシタシ。


「……なるほど。そういう事ならお貸しします。けれどお葉さんに貰った大事な御守り、汚したりしないで下さいね」


 良庵せんせ、そっと帯からわっちをほどき、慈しむようにひと撫でしてから菜々緒ちゃんに手渡します。


 わっちだってお葉ちゃんだからね、せんせの事は元々大好き。でもさっきの、そんな優しく撫でられたりしたらもっと好きになっちゃうよ。


 お葉ちゃんから頼まれてるのもあるけど、わっちが絶対、せんせのこと守ってあげるからね。





「なんだキツネジャラシってよ。アホそのままじゃないか」

「だって思いつかなかったし! 三郎太もなんかあうあう言って助けてくれなかったし!」


 男二人は書斎に置いといて道場です。

 くつろがせた胸元からにゅっと髭面を出した三郎太ちゃんと、そのすぐ上の菜々緒ちゃんが言い合ってます。あうあう言ってたんだね三郎太ちゃん。

 おかしな見た目だけど、仲良さそうで微笑ましい。


「そんでよ。一体何があった?」


「きゅ! きゅー!」


 兎の姿じゃ面倒です。これじゃ伝えるのに手間取っちゃうし、兎は本来鳴かないしね。

 わっちの人の姿、なんでかずっと子供で嫌なんだけどそうも言ってられません。


 戟の力を身に纏い、久しぶりに人の姿に化けました。


「しーちゃん可愛い! この髭面と入れ替えでウチの子になんない?」


 ぺたぺた自分の頭や顔を触ってみても、どうやら背丈も変わってないし、相変わらずの童女髪。服だってずっと一緒の薄水色の童水干わらべすいかん

 これでもわっち、お葉ちゃんのお尻にえて三百年近いのに。納得いかないなぁ。


 と、そんな事より。


「お葉ちゃん、ヨルに連れてかれちゃった」

「やっぱりか」

「え? そうなの? なんで? 嘘? ほんと?」


 やっぱり菜々緒ちゃんは菜々緒ちゃんだね。なんかもう逆に安心しちゃうね。

 甚兵衛がここを発った後の、ヨルとお葉ちゃんのやり取りを二人に説明しました。


「どどどどうすんの!? そんなのお葉ちゃん可哀想じゃない! 聞いてんの三郎太!?」

「すぐ上で怒鳴るな。聞こえてるに決まってるだろ」


 髭面をしかめた三郎太ちゃんが続けて言います。


「しかしそうは言ってもな……。相手はあのヨルだ。これまでみたいに隠れてりゃ良いのとは訳が違う」

「だったらなに!?」


「正面からぶち当たるのは当然無理だが、こっそり取り返すにしたって無理がある」

「ばか三郎太!」


 ぼかん! と菜々緒ちゃんが三郎太ちゃんの顔を殴りました。そしてさらに続けます。


「それをどうにか考えるのがあんたの仕事でしょうが! 無駄にヒゲなんか生やしてる癖にー!」


 顔の真ん中へこました三郎太ちゃんの髭を、むんずと掴んで引っ張る菜々緒ちゃん。

 ……わっち、お葉ちゃんの尾っぽでほんと良かったなぁ……


「いてえ! バカやめろ! 髭が抜けちまうだろが! それにお前だってちったあ考えろ!」

「菜々緒に思い付くと思ってんの!? このバカ三郎太! 思い付く訳ないでしょ!」


 ……結局三郎太ちゃんの髭、ぶちぃって音を立てて抜けちゃいました。


「もういい! ヨルにビビってる三郎太になんか聞かない!」

「……ビビってなんかねえ」

「うるさい黙れ! とにかくお葉ちゃんとこ行くから! はい決定!」


「待て慌てんな。連れてかれた理由が理由だ、お葉が傷つけられる事はねえ。それに、相手はあのヨルなんだぞ」

「相手なんて関係ない! 連れてかれたのはお葉ちゃんなの! 菜々緒の! 可愛い妹なの! 三郎太のバカ!」


 菜々緒ちゃんとは長いことぎくしゃくしてたけど、さらに間違いなくアホだけど、やっぱりお葉ちゃんのお姉ちゃんなんだなぁ。


 頼りにしてるよ菜々緒ちゃん。

 良庵せんせがかんなぎつかえる様になったからってヨルに敵うわけもない。

 わっち、お葉ちゃんが感じられないんだもん。もう菜々緒ちゃんだけが頼りなんだ。


 


※童水干……千と千尋のあの服

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る